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パートナー


第一章リミット パート1

「絆」


1話 ──その物語は唐突に動き出す


『すごい、すごいぞ! 日本代表、小鳥遊 翔選手!

 見事に相手を圧倒している! 初の決勝進出、初の国際舞台でここまでの圧倒劇!

 

 未だ優勝を成し遂げたことのない我々日本代表は! 果たして! 今日! 優勝に届くのか!

 王印を瞳に宿したアテナが今、彼の命を受け煌びやかな神光を放つ!』


 アナウンサーが息を荒げながら、興奮気味に熱の籠った実況をスラスラと口から出している。

 

 カメラは一瞬だけ観客席の日本サポーターを写し、彼らの目に誰もが祈りを捧げ、必死に応援を叫んでいることを画面の向こうにも認識させた。


 そんな中、椅子に腰をかけたままメモ帳を手に抱え、考え事を繰り返す少年が一人。


「成程……アテナに視界を集めた隙に罠の準備をしてたのか。ああ……凄いなぁ」


 彼が今パソコンに映しているのは、かなり古いビデオのリプレイである。何せ今から20年前、2040年の映像だ。画質が多少荒くとも仕方がないだろう。



 何度も見返した映像だった。



 それなのに、未だこの試合を見る度上がった口角を手で覆い隠さねばならない。見返すほど新たな気付きを得れるこのスターの凄さを感じながら、ただただ焦がれるばかりだった。


 

 メモ帳を書き終え、少年は頬の歪みを治してノートを粗雑に放り捨てた。



 綺麗に整えられた彼の自室である部屋はしかし、カーテンで閉められて薄暗い。それが彼の孤独さを象徴しているようだった。


 


 探索者と呼ばれる職業が出来た四十年前より、人は害獣であるはずの異種、モンスターを支配下に置きモンスターを駆逐して来た。

 


 彼の隣に置かれているカードは、支配下にあるモンスターを呼び出す為の装置である。

 人はこの装置に頼り、これに縋り、これによって発展してきた。



 そのカードには『インプ』と呼ばれる悪魔が描かれている。




 ……ああ、楽しみだなぁ。ねえ、インプ。今日、十五歳になったんだ。ようやく、君に会えるよ。でも自分に従順な使い魔が現れるなんて、不思議な気分だな……。




 孤独を紛らわすように、独り言のように考えを浮かばせながら、そのカードを手に取り見る事もせずに撫でる。

 暇が、退屈が紛れるようだった。



 ……って、聞こえる訳ないか……。ところで、君はどんな性格かな、ねぇ……相棒?



 側から見れば変な光景だと認識しながらも、それでもカードを愛でるように撫でる事をやめない。



 回転椅子により深くもたれ掛かると、合わせるようにギギギと音を鳴らしながら椅子は優しく背中を受け止めた。



「……まあ、モンスターに性格なんてないんだけどね」


 

 そして、俺は自嘲するように吐き捨てた。




**



 マスターは危険が蔓延るダンジョン探索において、支配下にあるモンスターらの指揮を任される。そこには絶対的な主従関係が存在し、通常マスターが気安くモンスターと接することはない。



 それはマスターとしてもモンスターに舐められる行為であり、命令という呪縛はあるものの上座に座るマスターとしては配下のモンスターに反抗されるなどあってはならない行為だ。


 平和な社会、日常が蔓延する地上から来た一人の人間。


 それは時に怯え、時に無茶苦茶な命令を下す。


 とあるマスターの妄言がある。

 モンスターの育成に必要な物は、愛情なのだと。



 何という戯言だろうか。

 機械的な彼らに心などと言うものがあるらしい。



 犬猫ではないのだ。その存在は、人間に従順なロボット。愛情の影響力など十数年も前に検証されている。そもそも人間が愛した所で、彼らは何の興味も持たないだろう。


 互いに異種族。そこに立ちはだかるのは大きな大きな、種族の壁なのだから。



 しかし。

 もし、『愛』ではなく『恋』と言う繋がりがあったなら?



 もしそうなら。



 何かが、変わるのだろうか。



**



「寒ぅ」


 俺たちは雪原の雪地を一歩ずつ、ズポズポと足音を立てながら歩いていた。一歩一歩踏み進めるごとに踏み締めている雪の冷たさが伝わる。


 気温は-5度程度だろうか。せめてブーツくらいは履いてくれば良かったと後悔しても遅い。既に全身が冷え切った後だ。


 完全に服装の選択を間違えたと言わんばかりのダウンジャケット一枚。パラパラと雪が降る中では圧倒的に心許ない状況の元、体力は奪われ続けている。


 コートに覆われていない顔は多分真っ赤に腫れているように赤くなっているだろう。


 その証拠に、フードで隠しきれず、雪を薄く積もらせた鼻先はとても赤い。しかし、鼻を拭う手もまた冷たいのだから仕方ない。


 薄い手袋が弾く冷気は微々たるもので、手の感覚が薄れつつあるのを俺は自覚する。現在のコンディションは最悪と言って良かった。



 念の為と最初は構えながら歩いていた剣も寒さには勝てず、鞘に納めて両手はポケットの中に入れて温めている。



 チラッと腕に巻いた電子時計を見る。午後四時半。酷い時間帯だ、と我ながら思う。四時半は決して余裕のある時間帯ではない。夜になればより一層冷え込んでしまうからだ。



「随分と運が悪いですね、マスター。相当特殊なフィールドですけど、この迷宮、しっかり情報を集めてから来たんですよね?」

「……いやぁ、ははは、確認不足だったなぁ」

「マスター、命掛かってるんですから流石にそこはきちんとしましょうよ」

「うーん、申し訳ない……」


 雪に足跡を付けているのは、軽装の俺と少し後方で隣を進むナイフを持ち合わせた少女だ。彼女は身長の高さの割に顔がやや幼なげに見え、肩に積もった雪をパパッと振り落としていた。


 容姿を一言で言うなら可愛い、と評せる彼女は俺と同じダウンジャケットを纏っている。髪は黒みのかかった紫色だ。染めているのかと疑われるかもしれないが、紛れも無い地毛である。


 この世の物とは思えぬほどの整った顔を持つ彼女は別世界の人種にさえ見え、並んで歩いていなければ二人の間に関わりがあるとは全く思わないだろう。


 俺と比べれば、彼女の顔立ちは相当違う。パッと見で俺たちを同じ国籍の人間だと思う人はいない筈だ。


 まあ実際に彼女は人間ではない訳だし、しょうがないだろう。


「異様な寒さですね。大した量の雪ではないですが、これが吹雪だったらやばかったですよ」

「そうだね。この外套(コート)、防御性能は良いんだけど防寒性能は薄いし。うっ、言ってたら余計に寒い。……どう? そっちは寒くない?」

「はぁ……、軟弱なマスターですね。私は大丈夫です」

「それは良かった。ところで提案なんだけど、そのダウンジャケット貸してくれない? 実はもう一枚欲しくて」

「無理ですね(断言)」

「そう言わずにさ。五分だけでも良いんだよ。……寒くて死にそうなんだけどなぁ(チラッ)」

「無理ですって。流石の私も、このコートが無かったらあっという間に低体温症でお陀仏ですよ」

「(チラッチラッチラッチラッ)」

「しつこいですよ!?」


 彼女の服装は戦闘服なだけあって、肩を露出させている。動きやすさに特化する為、薄着だ。しかしながら、動き易いとはいえこの寒さでは流石に堪えるだろう。


 それに彼女の種族はインプなので寒さに耐性があるという話も聞かない。


 いくら人間ではない彼女といえど、低体温症にはなってしまうので仕方がないかと俺は結局諦めた。


「じゃあ、せめて敵が来るまでは一緒にダウンジャッケットに入らせてくれよ。それ、ぶかぶかだろ?」

「いえ、お断りです。歩きにくい訳ではなく、マスターとは密着したくないので。下心がなくてもセクハラですよ、セクハラ。いやモンハラかも」

「……新しい概念だな。てかそれより、俺のライフポイントがゴリゴリ削れる音がしたぞ……?」


 やめて、俺のライフポイントはもうゼロよ! とでも叫ぶべきだろうかと考える。


 しかしよく考えればネタの分からない彼女相手には虚しいだけだ。俺はため息を呑み込み、もう一度彼女に視線を向けた。


「……何と言われても駄目です。私も一応女性だという事を忘れてはいませんか」

「意外な発言だなぁ……。まあ、気を悪くしたなら謝るよ。

 ただ、確かに俺は自分から会話を始めようともしてくれない君に呆れて、もっと大袈裟くらいに感情豊かな演技をすれば普通になるからそうしてろとは言ったけどさ。


 あんまり正直に嫌そうな顔をされると、冗談かどうか見分けが付かないし傷つくぞ?」

「加減が難しいもので。ああ、この嫌そうな顔は五割は本気です。デリカシーを持ってください」

「すみませんでしたぁ!」

「……謝れると逆に困りますね」


 意外、と俺は言う。が、もし彼女が人間であったなら違和感のないセリフとして受け取っていただろう。


 しかし、そもそも人間ですらない彼女自身の存在を鑑みると違和感のあるセリフである。


 勿論、俺も彼女の性別がメス……もとい女性であることは重々承知ではある。なので、彼女が嫌というなら俺ももう強くはいうまい。


 が、悪戯っぽい衝動に駆られた俺は、遊び心のまま少し揶揄ってみようと思ってしまう。あまりにも従順すぎて、怒るところが見てみたくなったからだ。


「一つ疑問なんだけど、インプは女性ってよりは少女じゃないか?

 女性って年齢ではないなー」


 少し冗談めかして、俺は彼女の若々しい顔立ちに触れた。


 モンスターに年齢という概念が存在したならば、見た目的に年齢は俺と歳はそう変わらないだろう。数で言えば精々16か17程度だ。


 まあ勿論実年齢は本人にすら把握できないので、彼女としてはいくらでも自称出来る年齢の話題は無意味なのだが。


 しかしそれでも俺の物言いにイラッと来たのか、彼女は怒りを見せながら俺に言い返した。


「なっ。その発言、撤回して頂きましょうか。モンスターは誰も年齢なんて分からないんですから、私が女性といえば女性です! それにマスター、私より身長低いですよね? ねぇ!?」

「うわ、痛い所つかないでよ。謝るから」 

「……むぅ……んっ。……不満はありますが、謝るならよろしいです。許しましょう」


 許すもなにも、君は俺がマスターである以上許すしかないだろう、という言葉は飲み込んだ。

 だって君はモンスターだし、なんて野暮な空気の読めない事を言うのは違うと思ったからだ。


 それに彼女は今のロールを楽しんでいるような気がする。


 なら、もう少し泳がせてあげてもいいだろう。


 そう考え、俺は彼女に合わせて心を切り替えた。

 

「あれ、俺マスターなのに……」


 俺の威厳どこだよ、と心の中で突っ込んでみる。


「はいはい、そうでしたね」

「というかインプが170ちょいくらいあるだけで、俺別に小さくないんだけど……?

 てか成長期だしすぐ追い抜けるから!!」


 そう文句を垂れながらしながら、自分のモンスターに言い負かされるとは素直に情けないと思う。


「マスターって、あんまりマスターらしい威厳がないですよね」

「なっ、失礼な。そんな事ないだろ!」

「ならもっと威厳を持って下さい。こんなに馴れ馴れしいマスターは初めてですよ?」

「えっ……? 普通だが……?」

「何でそんな心底疑問みたいな表情なんですか!? こんなマスターが普通な訳無いじゃ無いですか!」

「ええ!?」

 

 威厳が無いと言う点は如何せん、不服な話である。


 まるで俺が変なマスターみたいじゃないか。



 どことなく、インプに呆れた目で見られているような気もするし。彼女の表情に若干、むっ、と思うがどうしてかあまり怒る気にはなれない。彼女の呆れた顔が様になっているせいだろうか。



 しかし、こんな調子だともしかしたら戦闘指示とかも拒否られたりするかもしれない。


 そうなると困る。

 やはり早いところ、威厳を取り戻さねば。

 

「あ、マスター。先に行っておきますが私、こうしてマスターに命令されてフランクに話してはいますが、戦闘指示はちゃんと聞きます。


 だから敵が来ても心配は入りません。それに最悪、戦闘になればマスターも特に制限があるわけではないのですから命令を使えば良いんですよ」


 心を読んでくるように、彼女が話しかけてきた。


 偶然だったのだろうけど、彼女の言葉のせいか心が楽になるのを自覚した。彼女が心を読めていたのだとすれば、それはそれで末恐ろしいが。



「そっか。助かるよ。でも、命令って何のこと?」


 感謝を素直に伝え、少し真剣っぽかった空気を払拭するついでに、俺は先ほどの言葉の中で疑問に思った点について尋ねた。


「はい?」


 彼女は俺の質問の意図が分からず、足を止めてそう聞き返してきた。


「え、確かに率直にしてろとはいったけど命令はしてないよ?」

「……なら、やめても良いんですか?」

「うん。けど今の君は何ていうか、凄く人間っぽくて良いと思うからやめないで欲しいかな」

「人間っぽい、ってそれ褒め言葉なんでしょうか……?」


 彼女にそう突っ込まれ、俺は確かに、と思う。

 自然とそう思ったから行ってしまっただけなのだが、彼女からは怪訝な目で見られた。


「……確かに変だったか。今の方がもっと表情豊かで可愛いって意味だったんだけど」


 俺は素直に感じていた事を言葉にした。


 瞬間、何故か気恥ずかしさを覚える。

 

(……あ、違う。そういう意味で可愛いって言ったんじゃなくて

 犬猫的な可愛い、って意味で言うつもりだったのに)


 実はそう言う意味で可愛いと思ったなんて、ただの勘違いだ、と切り捨てた。

 そんな訳がないと思っているから。


「はあ!?……へ、変なこと言わないで下さい。紛らわしい……で、ですが、仕方ないので、マスターが別に今のままでも良いっていうなら、変えないでおきます!」


 彼女は言われた瞬間、顔を少し赤らめて驚いた声を出したが、すぐに変な意味は無いはずと思い至ったのか落ち着きを取り戻した。



 そんな仕草もまた、たまらなく可愛いと思う。

 モンスター相手なのに。これが、どういう意味での感情なのかさえ断言できないまま、俺はいう。



「うん、よろしく頼むよ。インプ」



 何故だろうか。

 俺が思ってたモンスターの在り方と、だいぶ違う気がする。


 

 まあ、でも。

 こう言うのも悪くないか。




 


 それから、俺は再び彼女と足並みを揃えて歩き出した。

 彼女の顔が近づき、やや後方にいる彼女の顔に視線が奪われる。


 髪が掛かった耳の先は尖っていって、悪魔らしく瞳の色は赤い。


 改めて、客観的に見ると凄く整った容姿だと思う。


 人間だったら持て囃されたんだろうな、と思わなくもないが……どう足掻いても彼女はただのモンスターだ。それに彼女の場合、会話しているだけで楽しい。顔の良し悪しなんて俺も良く分からないし、別に気にする必要はないと思っている。なら、それで良いのだろう。



 彼女の良いところを見つけている自分がいたことに、自分でさえ気付かずにいた。



 そんな感情を誤魔化すように、再び口をひらく。


「いやしかし寒いなぁ。インプは割と俺と同じ様な格好でも平気って言ってたけど、寒さの感じ方が違うのか?」

「馬鹿なこと言わないでください。当たり前じゃないですか、マスター。私も一応モンスターなんですよ?」

「なるほどな。……改めてみると、確かに見た目とかは普通の可愛い女の子にしか見えない」


 やっぱりこれだけ人間に近しいといえど、彼女と俺では寒さへの耐性も違うのだろう。


「やっぱり、褒めてるんですか? それ」


 先ほどのこともあってか、彼女は悪い気はしないものの半信半疑、といった表情で見つめてくる。


「ああ」


 俺が肯定すると、そうですか、と彼女は言ってから話を続けた。


「まあ寒さに強いモンスターもいれば、寒さに弱いモンスターもいる訳ですから。正直インプである私の寒さへの耐性は貴方と比べれば高い方です。でもやっぱり、それってほんのちょっとですよ。個体差もありますし」


 成程、個体差がある所は人間と変わらないのか。


「それは知らなかったな。教えてくれて助かったよ」

「いやいや、気にしないで下さい。ただ私は多分マスターが考えてるほど耐性がある訳じゃないってのと、誤解があるとマスターの指揮にも影響が出てしまうと思ったので、覚えてもらえてよかったです」


 俺はなんとなく寒さに強いモンスターと弱いモンスターを覚えてはいたけど、その中間を一括りにして、基本的にみんなこのくらいの耐性はあるだろって曖昧に思っていたのかもしれない。新しい学びをくれた彼女に感謝したい。


 作戦的な観点から見ても限界のラインを引く時の重要情報になるから、考えを正しておいて良かったと思う。


「ところでさ、インプ。俺の年齢知らないだろ? 何歳に見える」

「何ですか急に。……そうですね、十六くらいですか?」


 ふむ、と俺は思う。当たらずといえども遠からずだが、素直に認めてしまうのはつまらない。

 そう思い少し冗談を言ってみようと考えた。


「いや実は三十二歳なんだ」

「え、嘘ですよね?!」

「若く見えるだろぉー?」

「マスターの見た目的に、人間の歳で当て嵌めると十六歳くらいかと思ってたんですが、当てになりませんね……。勉強になりました……」

「ちなみにこれ冗談ね」

「はい?!」

「実は十五歳なんだ」

「どっちが本当なんですか! もう!」


 十五歳の方が本当である。

 彼女も口では怒りっぽくそういうが、俺が小さく笑うと彼女も釣られて笑っていた。


 しかし、ちょろすぎて心配だ。契約中のモンスターが従順なのは知っているのだが、ここまで純粋で騙されやすいのは彼女だけだったりするのだろうか。


 身長は彼女の方が上である筈なのだが、どうにも大人っぽさを感じない。

 

 そう考えると、やはり彼女もただの少女にしか見えない。

 少し硬い雰囲気があるとはいえ、ただの可愛いらしい奴だ。



 まあ可愛いと言っても相手はモンスターである。

 性的対象という意味は含まないのだが。



 雑談を切り上げ、歩いていると踏んでいる地面の感触に違和感を覚えた。

 すぐに足元を確認し、その物体の上にあった雪を足で掻き分ける。


「あー、石か」


 話しながら、雪に埋もれた石を見つける。

 そこそこのサイズだ。だがこんなのでも、ダンジョン産だけあって持って帰れば金に変えられる。


「持って帰れるんですか?」

「いや流石にメリットも少ないし持って帰りはしないよ」


 まず持ち上げるのが重いというのが一つと、金額に変えられると言っても数円程度だ。

 

 マジックバッグで重量の心配はないとは言え、大きいので戦闘時に取り出したいものが取り出せないくらい邪魔だと意味がない。こういうのは資源回収に特化した業者がやるものだ。



 そう考え、少しばかり後ろを振り返る。

 もう随分と森林の中に入ってきた。そろそろモンスターと遭遇しても不思議はない。


 やるべき事をいくつか考え、俺はインプに話しかけた。


「ていうか、今更過ぎるけど俺たち、今日が初対面だった訳だろ? 馴染みすぎてて気づかなかったけど。ひとまず君がどういう能力を持ってるのか把握させてくれないか?」

「そういえば、そうでしたね」


 彼女はその言葉に共感したのか、クスッと笑う。

 今更だが、会話が自然すぎて、つい先程まで初対面だと忘れていた。



 さて。

 少し状況を思い出す必要があるだろう。 



 今、俺たちは探索者として迷宮に潜っている。

 本日が初の探索である俺にとって、迷宮は何もかもが新鮮であった。



 迷宮。それは40年前、2020年の日本に突如として現代日本に現れた異界へと繋がる迷宮への門。


 迷宮は危険な化け物と同時に未知の宝物が存在するRPGゲームのような世界観だ。


 それを人々が完全に受け入れるのには長い長い年月が存在した訳だが、最先端技術用の資源の採掘場としての地位を確立した迷宮は、今や生活に欠かせないものになっている。



 テレビ番組や大会でも引っ張りだこの探索者と言う職業は、何かと人気が高い。


 これによって、探索者ライセンスを取得できるようになる十五歳が近くなった一部の中学生らは何かとソワソワしている物だ。 

 

 俺は登録時に必要となるFランクモンスター1体の条件を満たす為、ギルドが販売するFランクMMカードの内の一つ(MMはミステリーモンスターの略である。尚ネットではたまにミスモカードと呼ばれることも)、悪魔種のFランクMMカードを購入した。



 モンスターカードで呼び出したモンスターはマスターに服従する。人間はほぼほぼ戦力にならないので、所持しているモンスターカードがそのまま戦闘力になる。なので所持は必須だ。



 話を戻そう。ミステリーと名のつく通り、ケースの中に入っているカードは分からない。

 


 つまり購入するまで謎のガチャ仕様だ。いや、どちらかというとくじ仕様かもしれない。本当に運が良ければDランクのモンスターが手に入ったりするだろう。実際、1等はD+ランクモンスターだ。が、逆にハズレを引くとFランクモンスターの中でも人気のないのが手元に残るだけだ。



 勿論通常はギルドが販売しているものの中から選ぶのが普通なのだが、かといってパックを購入する事は珍しくはない。


 理由としてはギャンブル性と、日本最大の成功者である小鳥遊 翔が駆け出しの頃、パックでキャリア終了まで相棒となる天使見習い(後のアテナ)を当てた、と言う逸話があるからである。



 淡い憧れから探索者登録をした俺も彼にバリバリに影響を受けている訳で、パックを手に取ったのも彼が理由の一つである。



 当然安くはないし、ある程度の覚悟はしていたのだが……。



 結果としてそのパックから出てきたのがこの隣を歩くインプである。



「何か?」

「……いや、なんでもないよ」



 Fランクモンスター。それがインプのランクである。

 正直なことをいえば、当初は喜びと悲しい気持ちが混ざった複雑な感情だった。



 種族別Fランクモンスターパックはお値七万円。

 対して、女インプの販売値段は六万円。



 はっきり言うなれば、ちょいハズレくらいである。



 勿論、承知はしていた。


 Fランクパックからは基本的にFランクしか出ない、なんてそんな事は常識である。ギャンブルに負けてグタグタ文句を言うのはお門違いだ。



 稀にEランクのモンスターが出るのは事実だし、動画配信サイトで検索すれば死ぬほど動画が出て来るだろう。けれどそれらは全部試行回数の上に成り立っているのだ。



 そう自分を慰めたが、何度見ても結果が変わることはなかった。



 通常、戻ってくる値段が平均三万と考えれば一応当たりの部類ではあるのだろうけど。



 が、インプといえば、悪魔種の中の基本ベース基本ベース



 文化的に日本で悪魔といえば鬼なのだし、俺個人としても鬼のイメージが強い。日本で主に流通しているのも鬼種だ。その他で目についたとしても、精々海外でも人気のリリートゥやらアルダト・リリーやらエストリエとかだろうか。



 加えてFランクで言っても悪魔種にはインプ以外にサキュバスやリリス等が存在する。

 夢魔サキュバスは睡眠能力やドレインが使えるし、夜魔女リリスは夜の時間帯であれば大幅に能力が向上する能力が有る。


 しかしインプは特に何もない。

 何故なら、彼ら彼女らはただの悪魔(インプ)だからである。


 小さなコウモリの翼を持っているが、飛べるわけでもなく。

 小さな角も何かの能力を持っている訳ではなく。



 インプは総じて一般的にハズレと呼ばれるモンスターだった。

 しかもインプの男なんて女インプと違って顔が美形じゃない上、肝心の魔法能力がメスより低いが故に、需要が低すぎて二万円でも中々売れないレベルである。同じ種族なのに三倍の値段差とはこれいかに。



 インプと分かってがっかりしたのは間違いないが、何にせよ登録料とカード用、初期装備料で財布はすっからかん。

 これで行く他なく、すぐに気持ちを切り替えて俺は迷宮へと来ていたのだった。



「あのですね。私は確かにインプですが、弱いと思われるのは心外です。後天技だって二つ持ってるでしょう?」



 インプは再び心を読んでいたかの如く話してくる。


 もしかして、俺の心は読みやすかったりするのだろうか。いや、彼女の読みが上手いだけと言う事にしておこう。うん。

 

「ああ、確か初級雷魔法と短刀術だったっけ。あ、でも悪魔インプって先が三本ある、あの槍みたいなのが種族武器なんじゃ?」


 彼女の文句に言葉をかえす。


 メイジタイプじゃないインプの魔力量がどのくらいなのかは気になるが。スキルは随分良いものを持っている、という事に関しては間違いない。


 それに関しては素直に喜ぼう。

 

「ああ、三叉の槍の事ですか? 私は扱えませんね。代わりにほら、ナイフがあるじゃないですか。私の場合、ナイフの方が得意なので」


 そう言って、彼女は手の上でくるくるとナイフを回転させ手捌きを見せる。

 素人目でもナイフの扱いに慣れていると言う事は感じ取れた。


  種族武器にはある程度の恩恵があるとはいえ、モンスター自身が使い難いと言うなら使う必要はないだろう。


「そういう事なら分かった。で、初級雷魔法はどういう物なんだ?」

「『感電』を習得しています。痺れでの痛みによる行動阻害や皮膚の火傷によるダメージが可能なものです。ただ初級とだけあって、威力が低いのは難点ですが」

「おぉ……! 『感電』って、めっちゃ優秀なスキルじゃないか! なるほど流石、言うだけはあるな!」

「でしょう?」

「流石! 最高! ドヤ顔も可愛いよ!」


 隠し切れず少しドヤ顔をするインプを可愛いと感じながら、彼女をよそ目に作戦を組み始める。


 感電という手札は大きい。

 戦術の幅が大きく広がるからだ。


「そんなに喜ばなくても……あとドヤ顔はしてません!」


 有用な手札が手に入った喜びを隠しもせず顔がニヤけていたが、インプはドヤ顔から一点、俺の態度に少し照れ始めていた。


 ……すまない、一旦落ち着こう。



 インプ自体の戦闘力も低い訳ではないのだが、感電と短剣だけでは少し心許ない。俺もダメージバリアがあるうちは戦闘に参加するべきだろう。


「ま。緊張せずに行こう。頼りにしてるぞ。

 改めてよろしくな、インプ」

 

 俺は微笑んで、彼女に拳を差し出す。


 彼女はそんな俺を見て、一瞬呆気に取られた顔をした。

 俺は再び、早くと急かすように拳を微かに揺ラス。


 雰囲気に呑まれながら、彼女の拳は確かに上がりかけてた。


 けれど、その瞬間。

 彼女の顔に曇りが見えた。



 そのまま、彼女は口を開く。


「いえ、すみませんマスター。変に、私なんかを頼らないで下さい。信頼されているのは光栄ですが、マスターはまだ私の戦いぶりを見てないでしょう?


 ……それにやはり、馴れ馴れしいのは困ります」


 彼女は腰付近まで上げていた拳を下ろした。


「そっか。ごめん」


 俺はまだ相手が心を開いていてくれない事を肌に感じながら、謝った。


 それにインプが申し訳なさそうな表情をする。

 焦るように、彼女はもう一度口を開いた。

 

「……で、ですが」



 彼女が何かを続けて言おうとした。

 その瞬間。

 


──ミツ、ケタ



 ぞくっ、と既に凍っている背筋が寒気で震える。

 声の方向へ振り返り、そして薄暗くなった光の中、目を凝らした。


「マスター、敵です!」 


 インプの声と主に、ズンッズンッと雪を踏みつける大きな音が聞こえた。

 その足音の大きさから脳内でイメージが作り上げられ、姿を見た瞬間、敵の正体が確信に変わる。


「……雪男イエティか!!」


 体長は2.5メートルほどだろうか。けむくじゃらの大男は、雪を踏み付けるたびその足音の大きさから相当な重量である事が推察出来た。



──まずい!!


 Fランク迷宮という事で、ゴブリンやスライムを想定していた。

 だが、雪男はF+に分類されるランクだ。想定外の一言で済めばいいが、最悪は戦力差で返り討ちに合う事だろう。



 迷宮では偶に運悪くレベルが高めの迷宮に放り込まれる事がある。昇格迷宮と言うやつだ。どうでも良いが昇格なら迷宮ではなくパックで出て欲しかった。随分と傍迷惑だ。



「撤退しますか?!」

「いや、そんな余裕はない!」

「ならば、戦いますか?!」


 隣のインプは判断を仰ぐ。

 最早撤退を考えるような距離ではないだろう。


 ランク自体は一つ上がってはいるものの、勝てない敵では無いことに間違いない。


 一か八かの勝負だ。

 慣れた壁を、今度は安全綱無しで登るような、そんな感覚。


 一歩間違えれば死んでしまう。


 そんな緊張と恐怖の狭間に揺れながら俺はそれでも口を開いた。


「悩んでる時間はない! 戦うぞ! 用意は良いな?!」

「はい、勿論です!!」


 力強い返事に、頼もしさを覚える。


 ナイフを構える彼女は実に様になっていた。

 安物の剣を特に型なども分からず、一応の護身のために構えているような俺とは違うのだと分かる。



 その姿に、心が楽になった。



 大丈夫。大丈夫。大丈夫。

 そう自分に念じながら、頭を回す。


 息を吐き、考え続ける。



 幸い、相手は拳で戦うタイプの雪男。

 一撃くらいなら喰らっても死にはしないだろうから、序盤で相手の体力を削るまでは俺も戦いに参加すべきだろう。


 初の実戦で足を引っ張るのは間違いなく俺のほうだ。

 それでも援護をしない訳には行かない。


 骨折なら手持ちの回復薬で治せる。


 大丈夫。


 気を引き締め、俺は口を開いて精一杯の声で己と相棒を鼓舞しながら言い放つ。



「──行くぞォ!!!!」

「はいっ!!!」



『感電』ッ──!!



 先手必勝。

 事前に伝えた通り、遠距離からインプの魔法が打ち込まれる。



──グォア!?



 電撃に膝を突く雪男。感電により相当な痛みが襲ったのだろう。無理に立て直そうとして、逆に体勢を崩していた。

 俺はすぐさま走り出し、体重を乗せた剣を両手で振るう。


 ブスッと、その皮をすり抜け真っ二つに切ろうかと思われた剣だったが、骨に阻まれる。


 硬いッ!!

 

 無理だ、そう判断したと同時に俺は剣を引っこ抜いた。


 距離を取って離れた後に振り返って様子を見た雪男は痛がってはいたが、俺の中には悔しさがあった。



 クソ、ダメだったか。



 いや、分かっていた事だ。


 ギルドの訓練場で叩いていた丸太とは訳がちがう。その何倍も固く、イメージのようにスパッとはいかなかった。

 剣に付着した赤色の液体はドロッとしながらも、液体のようにポタポタと滴り落ちている。



 血だ。



 手に伝った感触を今更実感する。

 正真正銘、本物の肉の感触だった。あまりの生々しさに吐き気さえした。


 かなりのグロさに、今すぐにでも俺がつけたイエティの生々しい傷跡から目を逸らして、血で汚れた手を洗いたくなる。


 しかし、そんな余裕はない。

 

 手に残る感触を気にしている時間など無意味。探索者の常識だ。

 脳を弄るようにして、頭を切り替える。



 目の前の戦闘へ思考を沈め、集中を深める。

 ボーッとする暇など一切なく、俺は迫る来る雪男の腕を構え直した剣で迎え撃った。



「ぐっ、重っ!」

「助けに入ります、マスター!」

「──いや、踏ん張れる! お前は攻撃に回れ!」

「は、はい!」


 接触と共に大きな衝撃が剣に伝わっている。


 雪が足場のせいか、踏ん張りが弱い。

 それでも俺は、後退しながら受け流すように切りつける。

 

 バカみたいな重さだ。

 膝をついた状態で腕を振り下ろしたと言うことは、恐らく肩だけの力であの馬鹿力を出したのだろうか。


 剣を使いながら押し返そうとしているが、完全に力負けしている。

 このままではまずい。


 そう思いながらもどんどん、体勢が崩されていくのを感じる。


「マスター!!」


 インプの声が聞こえた。


 同時に赤い血飛沫が舞い、腕をざっくりとインプのナイフで切り付けられたイエティの悶絶の声が響き渡る。


 イエティは俺の剣と競り合っていた拳を離して、その隙に俺は後ろへと下がる。


「助かった!」

「いえ、気を抜かな──」


 彼女が気を抜くな、と言いかけた瞬間、すぐにイエティが下がった俺に距離を詰め痛めている右腕とは反対の左腕で俺へと殴りかかってきた。


 インプがすぐに左腕を切りつけて、イエティの正面に立つ。


 モンスターは、マスターを最優先に守る事が普通だ。

 それでも、今彼女が俺を庇うためイエティと正面で斬り合うのは悪手だった。


 両拳にナイフで立ち向かうインプは、素早い剣戟を繰り出しているが、一撃一撃が重いイエティに完全に負けている。


 そもそもイエティはF+ランク。

 Fランクの……ましてや耐久性とパワーが低いインプではどう足掻いても正面から勝てる相手じゃない。



 そうだ。

 彼女は『感電』といった補助スキルこそ優秀だが、間違いなく強いとはいえなかった。



 イエティが足でインプを蹴ると、受け止めようとしたインプがかなり後退していた俺の元まで吹っ飛ばされる。


「インプっ! おい、大丈夫か!?」

「大丈夫です!」


 幸いにも雪のクッション性に助けられ見た目ほど大きなダメージは負っていないだろう。

 しかしかなりのダメージが蓄積されているはずだ。



 回復ポーションを飲ませたいが、そんな余裕はない。



 それはイエティを倒してからだ。



 彼女は賢い。なのに自分で動こうとするのを躊躇っている。

 

「ッ──聞け、インプ! 俺の命令なんて待つな! 俺を庇う必要なんてない! 俺だって勝てるなら囮にくらいなってやる!


 だから自由に動けるなら、動け! 空に羽ばたけなくても、自由に舞え! 出来るだろ!! お前なら!! その、翼でも!!」

「っ、良いんですか──?」

「──良いに決まってるだろ!!」


 怒鳴り返すように、命令を下した。


 普通、マスターがモンスターを好きに動かせることはない。

 何故ならモンスターは自分で動くのが苦手だから。


 でも彼女なら大丈夫だと思った。彼女が、自分で動きたがっている様に感じた。


 だから、ただひたすら自由に──!



 彼女が俺から離れた瞬間、一瞬のうちにイエティが俺との距離を詰め拳で殴ってきた。

 それを今しかない、と全力で受け止める。

 

 剣が折れてしまわないことを祈りながら、とんでもない馬鹿力に負けじと耐える。


「行きます!!」


 そして。


──均衡した戦場の中、高く美しい音色が奏でられた。

 

 それは救いにも等しい、彼女の声だった。


 背後から猛スピードで向かってくるのは、コートを脱ぎ捨てコウモリの羽を曝け出したインプだった。


 まるで自身の体が羽毛のような軽さだと言わんばかりに、彼女は跳躍する。

 彼女の右手の先にあるナイフが素早く振るわれ、雪男の顔を切りつけた。


 的確に目を損傷させている。

 雪男は悲鳴を上げ、血を流す片目を抑え、もう片方の目で憎き敵を睨みつけた。


「ッ、な。危ない──避けろ!!!!」


 止まっていたかのような時が動き出し、重力が彼女を降ろす。


 途端、彼女は顔を踏み付け再び跳躍する。怒り狂った雪男の我武者羅に振り回された腕を軽々と跳んで躱わし、受け流す。自由に。空を飛ぶ蝶のように。


 

 なんでもないかのように、ふわりと着地するインプは、



──美しく、誰をも魅了する悪魔に見えた。



 目を奪われる。

 だが、思考とは裏腹に体は足を蹴り出していた。



(最高だ、相棒ッ──!!)



 吐き出した白い息を置き去りにして、冷たい風が頬を撫でる。雪を駆け抜け雪男の背後へと回った俺は、落ち着いて狙いを定めて、そして無防備な首へ向けて剣を突き立てた。



 ガンッ、と骨に弾かれる感触が手に伝わる。



「ッ──」



 大きなダメージは与えられなかっただろう。

 

 すぐに気づく。失策だ。


 ヒットアンドアウェーで行くつもりだったのに。

 無理をしすぎて、懐に飛び込みすぎた。


 そこか、と言わんばかりに、振り向き手を伸ばして来る雪男に、まずい、と構え、



──ザシュッ。

 


 死角から現れたインプによって、雪男は首にざっくりとナイフを突き刺され大量の血を流す。

 そして内部から首を切断された雪男は間違いなく絶命したと言ってよかった。



 その光景に目を取られ、危なかったと考えるのも束の間。

 雪男は力尽きたのか俺の方へ倒れ込んで来た。


「っわ!?」


 ヤバい。


 倒れ込む雪男に身構えるも、その重量はやって来ない。

 光を放ち、倒れる前に消えた雪男は、自身の魔石と毛皮だけを残したようだ。


「ふぅ。……お疲れ様ですマスター」


 そう微笑んだ後、倒れている俺に彼女は手を差し出そうとして、血濡れていたことに気付いたのか手を引こうとする。


 しかし俺は直ぐに察知して逃すものか、と彼女の手を取り、抜けた腰を立ち上がらせた。



 彼女はどこか、しょうがないな、と諦めたような表情でいた。



「死ぬかと思ったよ。ていうか、これ、俺必要だった??」


 自嘲で自分の不甲斐なさを呪う俺に、彼女はさもなく当然のように答える。


「当たり前でしょう? 一対一と、二体一じゃ状況は天と地ほど違いますよ」

「……なら良かったけど」

 

 正直一ミリも役に立って無かった気がする。

 安いからと言って、武器をゴブリンソードなんかにしたのが仇になったのかもしれない。


 武器に八つ当たりをしながら、俺は剣を鞘に収める。


「雪男のモンスターカードはドロップしなかったようですね」


 魔石の代わりに低確率でドロップするモンスターカードを期待したが、彼女の逆の手にはしっかりと魔石が握られていた。


「マジかぁ、命の危険感じたんだけどな。割が合わなすぎだろ」

「マスター、どうします? とっとと帰還ゲートに帰りますか? F+ランク迷宮のボスは恐らくE-ランクモンスターですよ?」


 引き返す。


 それも確かに選択肢のうちの一つだろう。と言うより、普通であれば、昇格迷宮を引き当てた時点で大抵の人間は撤退の判断を選ぶ。



 出現するモンスターのレベルは上がっている。

 


 だが、無理ではない。それはさっきの闘いぶりを見て分かった。

エリアが吹雪とかの不可能状態ならともかく、一ランク上がる程度なら少々無理を出来る筈だ。



 ……だからこそ


「悪い。それは、したくないかな」

「これが初回迷宮だから、ですか?」

「ああ」

 


 初回迷宮。

 駆け出し冒険者の中で常識、と呼ばれるものは当然幾つか存在する。


 そしてそのうちの一つ。

 初回迷宮の重要性についてだ。



 初めて潜ったダンジョンに限り、そこのボスを倒せばボスは100%の確率でモンスターカードを落としてくれる。



 言わば、迷宮の救済措置である。

 普通にボスを倒してもドロップ確率は一番高いFランクでも10%が良いところ。Eランクボスならドロップ率は5%辺りだろう。


 そう考えるならこの初回迷宮、それもEランクのボスであれば、多少の危険を考えても逃す手はないと見て良い。



 ボスモンスター。別称、特殊モンスターとも呼ばれるそのモンスターは、特定のエリアに存在し、探索者らが次の階層に進むことを阻むモンスターである。


 ボスモンスターはその階層で出るモンスターらの一つ上のランクであることが多い。が、通常の野生に出現する個体よりも制限が付くのだ。


 つまりは、通常より遥かに倒しやすい。勿論、カード化すれば戦闘力は元通り。これがボスモンスターを狙う理由である。


 ランクが高いモンスターを倒すのは難しいが、ボスモンスターであれば比較的に倒しやすい為狙われやすいのだ。


 が、勿論そう美味い話はない。



 欠点として、ボスモンスターはドロップ率も通常のモンスターと比べて格段に低いのだ。



 なので、確実に今の戦力よりランクの高いモンスターを手に入れられる初回迷宮は重要なのだ。



 このボスモンスターを取り逃がせば、高い確率で攻略のペースは相当遅れることになる。今後の難易度に大きく関わる要素だ。

 スタートダッシュで遅れるのは望ましくない。



 それが例えリスクを負う結果だとしても。



「悪いけど、君には俺と一緒にリスクを背負って欲しい」

「……本当にやるんですか? 己の力を過信して死んじゃう初心者が少なくないのは知っているでしょう?」

「大丈夫さ、君を信頼してる。死ぬつもりはない」


 俺の発言に、彼女はやはり呆れた顔で言葉を返す。


「……信頼ですか。インプに信頼を置くなんて、全く本当に随分と変わったマスターですね」

「そんなことはないさ。君は信頼に値するだろ。それは俺が一番側で見せてもらって来た」


 そう言い切る俺に、彼女は更なる呆れを顔に出していた。


「マスターが私を信じても、私が信じられませんね。だって、どうせインプなんて新しく強いカードが入ったらすぐ捨てるつもりなんでしょ?」


 縋るように、彼女は理由を探していた。


 その顔には焦りが見られた。

 

 まるで、自分が信じてもらえるなんておかしいとでも思っているかのように。

 

 だから俺は彼女を否定する。


「違う。君は強いカードだ。そんなの自分で証明している癖に、目を背けるなよ。

 強いカードが手に入ったとしても、構わない。俺は決めたよ。お前を使い続ける。だって、君は俺の最初のパートナーだから。……それに──」

「……それに?」


 前を向きながらも、目線だけをこちらに向けるその目を見つめ返す。

 少しばかり期待を含ませた少女に、俺は告げた。



「君が格好良かったから、かな。インプ、君が嘘だと思うならそれでも構わない。俺の目が節穴だって思うなら、笑ってくれても良い。


 でも君は俺が見た中で、誰よりも輝く唯一無二の最高の相棒だ。テレビの向こうの英雄に、あのアテナにだって匹敵する俺の原石なんだ。それを、あの一瞬、君が自由に空を駆ける姿を見て確信した。


 ──だから確証を持って言う。お前に全てを賭けてみたい」



 戦闘で見せた彼女の光に呑まれるように、俺は虜にさせられていたから。


 この才能を俺が輝かせる。

 誰にも渡さない。こいつは俺へと与えられたチャンスだ。


 彼女は誰よりも凄くなるだろう。

 そして、その横に立つのは俺でありたい。俺でなければならない。


 

 俺が最初に手にした相棒。


──インプ、お前が弱いと言うなら、誰よりも強くしてやる。その才能を開花させてやる。

 


 それが俺の、探索者としての役目だ。



「言いながら相当照れてるじゃないですか。全く、都合の良い人ですね。自覚してます? 貴方、相当変なマスターですよ?」

「そうか?」


 皮肉めいた彼女の言葉に、俺は笑顔で返事をする。

 インプは皮肉が通じて無いと分かったのか、大きなため息をついた。


「はぁ。そうですよ。全く、……そこまで言うなら、大切に扱ってください。私、安くないので」

「ははっ、まあ六万円だしな」


 俺とインプは友人のような軽口を叩き合う。

 彼女も釣られて、少しばかり笑みを浮かべていたように見えた。



 でも、ごめんインプ。

 きっと、今俺は嘘をついた。


 だって、どこまで言っても俺たちは主従関係で。

 君が絶対に僕を裏切れないからこそ、俺は今君の感情を理解しながらも、こう言ったほうが利益になるっていう考えが少しだけ頭をよぎったんだから。


 俺の濁った感情は、全部彼女の為にもなる。


 だから、俺は同情を持つ自分の心さえも俺と君の為に利用してみせる。


 それでも、きっと許してくれるだろう?


 

 俺の考えなど彼女は知らぬまま、落ち着いた声で彼女は黙っていた口を開いた。


「……でも、それならマスター。尚のこと現実的に言えばやはり撤退するべきでしょう?

 全て命あってのこと。しっかりと準備をして確実性を高めるべきで、無理することはない筈です」


 そうだな。

 その通りだ、でも。

 

「いや、無理をさせてくれ。俺はトップを目指してるんだ」

「トップ、ですか? それは何故」

「何でかって聞かれると難しいけど、一つは小鳥遊 翔と同じようにトップになりたいから。それに、きっと憧れてるんだ──」


 

 きっかけは憧れだった。

 かつてテレビで見た、あの熱狂と感動があったから。


 迷宮という空想世界は俺が生まれる前からずっと存在していた。


 俺は、というより人類は毎日のように、この現実世界で生きて来た。

 俺の人生の中で辛いことはたくさんあったし、死にたいと思ったこともたくさんあった。


 でも、逃げる場所があった。

 拠り所があった。ある人間に取って、それはゲームの中かもしれないし、小説の中かもしれない。はたまたは配信者とコメント欄だったり、アニメの中なのかもしれない。


 人は空想を求める。

 そこでは自分の持っていない物が叶うような錯覚に陥るから。


 俺の場合、それが迷宮だったというだけだ。


 勿論。俺も大抵の人間のように、大人になるにつれ迷宮の現実を知ったし、厳しさも理解し始めた。


 でも。

 それでも、それを受け入れて尚、挑みたいと思ってしまった。


 脳裏に焼きついた、あの探索者の姿を見て。


 俺は焦がれ、惹かれ、取り憑かれたのだ。


「──探索者という夢に」


 俺は彼女を見る。

 彼女はジッと俺の話を聞いていただけだった。


 続けるように、告げる。


「インプ。俺は君が何を欲しいのかは知らない。けれど、約束しよう。どんな願いでも必ず叶えて見せる。だから、着いて来てくれないか?」


 月並みで、俺が考えた末に出せた一番の条件だった。


 俺の我儘を、きっと彼女は許してくれると思いながら。

 口先だけの対価を約束した。


 そして彼女はゆっくりと口を開く。


「……そうですか」


 相槌を打った彼女の顔は、体が前を向いているせいか見えない。

 そして突然、彼女は振り返り、誰に視線を向けるでもなく言った。

 

「私、死ぬのは嫌いなんです。例え生き返れるとしても」


 そう言い放つ彼女の顔は、隠しきれない感情を、薄く、露わにしていた。

 会話の意図を理解出来ないまま、彼女の話が一言一言耳に入り込む。



 ……彼女は記憶を持たない。



 マスターを失ったモンスターが死んだ時、そのモンスターは迷宮へと吸い込まれる。そして、新たに別の迷宮でカードとなり、人間をマスターとするまで生まれ続けるのだ。


 肉体と性格は同じだが、自身を形作る記憶は消える。

 モンスターの死は、人間の死とは異なる。故に、人はモンスターを使い捨てに殺す事も厭わない。


 だが。

 モンスターだって、死にたくないと、自分を失いたくないと、思う事だってある。


 もしかしたら、彼女も……。


「だから」


 声のトーンが変わる。

 表情が戻り、彼女の目がこちらを捉えた。


 考えが途切れ、有無を言わせず彼女の言葉に神経が傾いてしまう。


 所詮は道具。所詮は従順で感情的にならない配下。


 そう思っていた俺の『心』が溶かされていく。

 燃え上がるような彼女の『心』を、静かな激情を、緊張で頬に滴る汗の雫と共に俺は耳を傾けた。



「これだけは言っておきましょうか。マスター」



 甘美な声で、悪魔たる彼女は囁く。

 その目が捉える主には、信頼と絆を捧げよ、と彼女は楽しげな顔で語って。



──釘付けにされた視線の先で、鋭い悪魔の犬歯が牙を剥いた。



 彼女が拳を差し出す。



「私に任せてください」



 共にこの世界に抗おう。

 


 そう語るような彼女の顔は獰猛で、惚れ込みそうなほど美しかった。

 


悪魔をデビルとルビ振るかインプとルビ振るかめちゃくちゃ悩みました。




TIPS

『感電』

使用者の魔力によって威力が変わる。

インプの魔力だと威力はスタンガンレベル。勿論遠距離から撃てるので一概に比較は出来ない。厳密な威力は測定できないが、流れる電流は20mAくらいの目安で考えて欲しい。軽く調べた所、人が死ぬレベルに到達するにはこの五倍の100mAが必要だそうだ。




*放電が魔力によって操れるのは常識である模様


高評価ブクマお願いします。


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