4 満ち欠けの先は
「なにしてるの?まさか、彼女でも出来ちゃった感じ?」
幼馴染の望美の足音だと思われる・・・いや、幼馴染の足音から、近づいてきているのが、分かった。
俺は、ささっと朝倉紗里さんとのメッセージ画面を閉じてスマホをカバンに突っ込んだ。
だがそれがまずかったようだ。相手の興味を煽る形になってしまった。だから、慌てて言い訳をした。
「あっあの、これは友達とのメッセージで、教師の愚痴とかあるから、違う学校とはいえ、望美に見せるわけにはいかなくて!」
我ながら、いい言い訳になった気がする。
それに、友達と教師の愚痴を言ってるのは、本当だ。
紛れもない事実で、ちなみに友達というのは俺の大親友の草壁滝のこと。滝には申し訳ないが親友にしかできない暴露だと言えば許してもらえるだろうか。
「ふうん。そうなんだ」
肝心の相手は、半信半疑という感じだ。いや、「半信」もないか。
俺はこれ以上この事を引きずるのは、よろしくないと判断し、「そ、それよりっ」とこの話を無理やり引きちぎった。
「どうして、こんなところに望美がいるんだ?こっちの道、通らないだろ」
望美は、俺の通う三代宮高校とは離れた女子高だ。
確か、昨日行った総合病院の近くだった気がする。
「あぁ、親に頼まれて買い物。あそこのスーパーに行ってたから。」
望美は、俺の後ろの方を指差した。俺は、あそこかと納得し、少し安心した。この前の隠し事がバレて偵察に来たわけではなさそうだ。望美は、昔から勘が鋭く、洞察力が有り余っているから、バレてるのではないかと気にしていたのだ。
ちなみに、この前の隠し事というのは、俺が毎日神社に行っているところを望美に目撃された事件のことだ。
最近、少しついてない気がして神頼みと思い神社に毎朝寄って、学校に行くのがルーティーンになっているのだが、流石に高校になって神様に縋り付いてることがバレたら、どう言われるかわからないから、望美に目撃された時、咄嗟に「じ、神社の方に綺麗な蝶が入っていって。気になったから見に行っただけだから」と嘘をついてしまったのだ。その時、望美は「へぇ」と興味なさそうにしていたが、内心ビクビクしていたのだ。
だって、望美は元から感情のコントロールがとても上手くて、興味なさそうだと思っていたのが、実は演技だったというのはよくある話だったから。
でも、今の感じだとそこまで気にしている素振りはないし、何より手に持っている買い物袋から本当に買い物していて偶然ということがわかる。
「それにしても、左腕、痛そう。骨折なんだっけ。お大事にね。」
ほっとして、俺は「うん。ありがと。ごめん、この後用事があって。じゃあな」と逃げるように走って家まで戻った。「う、うん。バイバイ?」という困惑した声が背後からしたような気がした。
帰ってから、ささっと今日の課題を終わらせて、俺はスマホの世界へと吸い込まれるように入っていった。
メッセージをささーと読み返して、はあと息を吐いた。
俺の返事がぐちゃぐちゃすぎて、これじゃまるで情緒不安定の人だ。
そして、俺のあの誤魔化しメッセージの下にまた返事が来ていた。
『はい、お願いします。明後日の一時、病院のエントランスホールに来てください。待合室に行ってしまうと受付になってしまうので、注意です』
『了解です。じゃあ明後日』
そう打つと俺は、ベッドに寝転がった。まさか、俺が自ら病院に行く日が来るなんてなぁ。
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あっという間に、約束の日になってしまった。
私は、朝からしばらくしまっていた可愛い真っ白なワンピースを担当看護師の加口さんに手伝ってもらって着替えた。そして、その上から秋っぽいクリーム色のカーディガンを羽織った。
そして、長い茶髪の髪を丁寧にとかして、編み込みハーフアップにした。
ハーフアップの自分を見るのは久しぶりだ。ずっと病服を来て、髪は下ろしたままだった。
そういえば、入院したての頃は、一人で暇すぎて、ずっと自分の髪をヘアアレンジして遊んでいた気がする。
・・・その横には、そんな自分に微笑む母親の姿がいた。
ヘアゴムは、ワンピースにとても合う花柄のシュシュだ。
「どうかな?可愛いかな」
「とっても似合ってると思うよ。紗里ちゃんは、元からとっても整った顔立ちをしているし、体型も大人っぽいからそういう服を着ると本当に美人な大人の女性のようね。」
加口さんは、私を友達のように接してくれる。それが看護師の普通なのかもしれないが、私にとってはとても嬉しくて仕方がないことだった。
「ありがと。でもちょっと大袈裟じゃない?」
「心の底からの感想よ。それより、急におしゃれしたいって言い出して、どうしたの?誰かと遊びにでも行くの?」
加口さんは、心配そうに言った。それは、当たり前だ。
病院の先生にも「少しの外出でも命に関わる」と言われているくらい、今私の体は、余命半年の窮地に陥っている。
でも、私は今日は外出するわけじゃない。ただ病室にお客さんが来るだけだ。
「大丈夫。外じゃなくて、病室の中での話なの。この間、ある子に病院で出会ってね。メッセージを交換したの。私の中ではもう友達だから。で、その子が今日ここに来てくれるの」
「そう。何かあったらすぐに呼び出しベルを押してね。じゃあ私は、お茶とかお菓子とか用意しましょうかね。」
加口さんは、ベットの上にいる私の代わりに色々片付けてくれた。
これから、どんどん私は体が動かせなくなるらしい。今は、多少ふらつくくらいで、普通に歩けるから、その時の自分がどうしても想像できない。
「色々、ありがとうございます。」
「いえいえ、それより存分に楽しんでね」
加口さんは、嬉しそうに笑い病室から出ていった。
時計を見ると今は、十二時だった。そろそろ昼食が来る頃合いだ。
私は、机の上に出したままの鏡を見て、前髪を整えたりしてうずうずと昼食が来るのを待っていた。
昼食を食べて、歯磨きをして、最終チェックをして・・・・。
そうこうしている間に一時になろうとしていた。
私は、深呼吸をしてベッドから降り、点滴棒を持ってエントランスホールへ向かった。
エントランスホールは、総合病院ならではの莫大な広さで、グランドピアノが置かれている。
そのグランドピアノの横で、ソワソワとしている男の子がいた。
あれだなと私はすぐに確信した。高島くんは、どういうわけか私の中でいつもソワソワしてるイメージがあるのだ。
それは、本当で本人自身は、強気な口調だけれどもそれは言葉だけで、表面はいつも気が気じゃないという感じだ。
「あの、高島くんですか?」
私は、一応その男の子が本当に高島くんなのか確かめておいた。
実のところ、私は長年ずっと看護師さんや病院の先生などの人たちにしか接していないせいで、少し人の顔や名前を覚えることが苦手だ。だから、今まで何回か見ず知らずの人に声をかけてしまったことがある。
相手は、ビクッと肩を揺らすと恐々という感じでこっちに顔を向けた。
その顔は、最近見た知っているものだった。彼の顔には、決定的な特徴がある。
それは、目の下のほくろだ。印象深くて、人覚えにピッタリの特徴である。
「は、はい。えっと・・・朝倉さんですか」
案の定、思った通りの答えが返ってきた。私は、こくりと頷くと同時に社交的な笑みを見せた。
これは、この日のために鍛えたものだ。普段、人と関わることは少ない私は、少しでも手慣れた感じで、今日は終わりたいと思ってネットで、たくさん調べた。時には、加口さんに聞くこともあった。
こうして、得た情報の中で一番しっくりきたのが「社交的な笑み」だ。
いわゆる愛想笑い。ネットには、どんなに怒っていても、悲しくてもその笑みで、誤魔化すことが大事と書いてあった。加口さんいわく、いい人って相手に思われたら、上出来だそうだ。
「この間は、すみません。そして、メッセージも・・・なんか変な感じで返してしまって、返答に困ったと思います。すみません」
彼は、頭を下げて、謝った。謝るほどのことではないような気もしたが、私は学んだのだ。
むやみやたらに相手の考えて、考えて行動に移ったものを注意したら、相手に罪悪感が残るだけと。
だから、私はさっきの笑顔で、「気にしないでください。誰でも失敗はいくらでもしますよ。むしろしなさすぎると近寄りずらくて困ります。」とそっと言葉をかけた。
そして、追い討ちのような形で、ずっと胸に秘めていた私の失敗話をしてあげた。
「小さい頃、私、検査はもう命を断つための手段だと思っていたんです。要するに検査をしたら、死ぬと。だから、お医者さんに『明日、検査します』と言われた時、もうこの世の終わりだと思ってギャン泣きして、騒いで、しかも何がやばいってちょうどその日に、友達から『死ぬ時はね、いしょっていう手紙を家族に書くんだって。ありがとうってやるんだよ。』と教わっていて。だからその日の夜、一人で手紙を書いてリビングのテーブルに置いたんです。でも、結局死ぬ気で挑んだ検査はあっけなく終わって。家族にその遺書は見つかちゃって。そしたら、家族はもう大混乱。私が自殺しようとしていると思い込んで、幼稚園にも連れていってもらえなかったんですからね」
私は、少しくすくすと笑いながら、自分の失敗話を話した。これは、本当は小学校でできた友達に話そうと密かにずっと前から書いていた台本を参考にしている。最近、病室の棚を整理していたら出てきたのだ。
我ながらすごい失敗だ。今でもすごく恥ずかしい。でもこうして、人に話すことで失敗話から笑い話へと移り変わってくれると思うとちょっと嬉しかった。もう、天国にでもこの話を持っていってやろうかと思っていたくらいだ。
話しているうちに彼は、徐々に顔を上げていき、目を合わせて話を聞いてくれた。
「それに比べると、今回の失敗なんてこれっぽっちもないものです。だから、私は別に気にしてなんかいないし、むしろ忘れていたレベルです。それより、早く行きましょう。こっちです」
私は、彼の反応がちょっぴり怖くて、足早に自分の病室へ案内した。
これから、私の叶うはずのない夢を全部見せる。ひかれるかもしれないし、やっぱり無理と言われるかもしれない。
その覚悟を胸に私は、エントランスホールを出ていったのだったーーー。
今回、この物語に目を向けてくださり、本当にありがとうございます。
もし少しでも心を動かされたり「面白い」と思ったら、評価やいいねをやってくださるととっっっても嬉しいです。
さてさて、やっともう一度、紗里と結留が会ったわけですが、この後どうなるんでしょうか。
それにしても、二人の特徴がちょっとずつ芽生えてきていて、皆さんも想像しやすくなったのではと思っています。
これからも、どんどん頑張りたいです!
皆さんの思いが私の支えになりますので、応援よろしくお願いします!