3 女子との初めてのメッセージ
今からはや3年。今でもまだ覚えている。母さんの最期を。
『結留、いい大人になるんだぞぉ〜』
いつもより、暗く感じた病室で弱々しげな母さんの手が俺の頭を撫でた。
母さんの体は骨が見えそうなくらい痩せ細っていて、見ていてとても辛かった。それは、父さんも同じようだった。
父さんはすっかり引きこもるようになり、この病室に顔を出すことがなくなった。そのことを母さんは、すごく心配していて最近は、もう挨拶のように『父さん、大丈夫かな?』と何度も呟いていた。
その度に俺は、大丈夫だよと母さんを安心させるように頷いた。
『はぁもう短い人生だったなぁ。母さんね、死ぬ前に家族揃って海外旅行に行きたかったの。でも叶いそうにないから、父さんと二人で私の分まで楽しんで欲しいんだぁ』
それが、母さんの最後の言葉だった。母さんは、いつも夢をたくさん持っていた。
でも、それが叶ったことは、一つもない。もしかしたら、俺が覚えていないのかもしれないが、少なくとも母さんの口癖は『したい』だった。『する』という言葉を聞いたことがないほどだ。
なのに、父さんはそのことを何も言わない。気づいているはずなのに無理とその一言で、母さんのささやかな夢を全て丸め込んでいた。だから、母さんの最後の言葉である海外旅行も行けてない。
それがずっと気掛かりで、今でも遥か遠くに行ってしまった母さんに謝りたいという気持ちで、胸がいっぱいだ。
もちろん、それが一生届くことがないことも分かっている。
「ただいま」
結局、最終電車にギリギリのところで、乗り込むことができたので、そのまま一人で家に帰ってきた。
「おかえり、結留くん」
リビングから華やかなエプロンを着た父さんの職場の同僚のみなみさんが、出てきた。
このみなみさんは、いわば母さんの代わり状態で、家事を色々してくれている。
元はといえば、父さんのおせっかいが始まりだ。「結留は母さんがいないから寂しいだろう」と。
俺は別に寂しくはない。平日は高校や部活で家にいる時間は短いし、休日も友達と遊ぶことが多いのだ。
それに、代わりってなんだという話だ。俺が、母さんの代わりということで、その人と母さんのように接する事ができると父さんは本当に思ったのだろうか。
「じゃあ、ご飯は準備しておいたから。高島さんは、今お風呂に入られているわ」
「あ、いつも遅くまですみません。あとは自分でやるので、みなみさんは帰って良いですよ」
俺は、心配かけないように笑うと「ありがとうございました」とお礼を言いながら、若干追い出すような形で、みなみさんに帰らせた。
本当は、いつも片付けや家事をしてくれているみなみさんには感謝でいっぱいだが、あまり見たくはなかった。
だって、母さんの面影を感じられるから。家事をしている面からもそうだが、さすが母さんのことを心から愛していたはずの父さんであって職場から連れてきたみなみさんは、すごく母さんに顔立ちや体型、背などがそっくりだった。
「ふぅ、いただきます」
俺は、カバンを置くとみなみさんが用意してくれたご飯を食べた。
みなみさんのご飯はとても美味しい。聞けば料理の専門学校に通っていた時期があったそうだ。
俺はたくさんご飯を食べながら、母さんに会いたいと心の底から願ってみた。お星様が叶えてくれるなんて、幼稚園児くらいの発想かもしれないけど。
その夜、早速「朝倉紗里」のメールを開いて、メッセージを送ってみた。
最初なんて送ればいいか迷った。敬語を使うべきなのかどうかとか。馴れ馴れしすぎるのも引かれるだろうし、かといってかしこまりすぎると相手も返事をしにくいだろう。
そして、出来上がったのは『夜分にすみません。今日の内容をもとにまた今度話したいんですが、いつならいけますか?ちなみに俺はいつでも大丈夫!』という文字だった。
これなら大丈夫な気がした。なぜだかわからないが、自信があったのだ。
俺は、スマホを握りしめて、返事をじっと待った。だが、一向に返事はない。まあ、そんな急ぎのことではないが。
そういえば、病院なら消灯時間があるはずだ。ってことは、もう彼女は寝ているのかも・・・?
そう思うと途端に恥ずかしくなった。最悪だ。罪悪感が半端ない。
相手の反応がどんどん想像できてしまう。相手は、きっと申し訳なさでいっぱいか、逆にこんな時間に連絡してきて迷惑と怒っているか、あるいは・・・。
頭の中が、相手の反応で詰め込まれていく。今すぐにでもメッセージを消そうと思って、送ったものをみたその瞬間、俺の時は止まった。頭が真っ白になり、寒気がした。
さっき送ったメッセージに既読がついたのだ。
『すみません、返事は明日でも良いですか?』という返事もいつの間にかあった。
メッセージがとても簡潔なことから、きっとさっき想像したように消灯時間を過ぎているのかもしれない。
俺は、申し訳なさでメッセージを打つ欄にひたすら『すみません、すみません、すみません・・・』と打ち続けたのだった。もちろん、送ることは断じてしない。
次の日は普通に学校に行った。
教室に入った瞬間、サッカー部のメンバーがダーッと来て、口々に「大丈夫か!?」「骨折だった?」とうるさいくらいに騒いだ。そのせいで、本を読んでいた物静かな生徒たちが、はぁっとため息をつきながら、どこかへ行ったのが視界に映った。
「お前らうるさいって。大丈夫、大丈夫だから」
俺は必死に何度もそう言いながら、自分の席へ移動する。
そして、机の上に紙が一枚セロテープで貼ってあることに気がついた。
「ん?なんだこれ」
「あぁ、それな。井上先輩だよ、井上先輩。昨日、お前が帰った後もずっと気にしてるっぽくて、縮こまってたんだぜ。俺ら一年生もなんて声をかければいいかマジで迷ったんだからな!」
俺の一番の親友ー草壁滝は、足早に事情を説明してくれた。
井上先輩とは、昨日俺の左腕に当たってしまったボールを蹴った先輩だ。
とっても面倒見の良い優しい先輩で、後輩から頼りにされている。
でもその分、気弱な人で縮こまっている様子は安易に想像ついた。
今度の部活で謝っとかなきゃなとぼんやり、思いながら机の紙をとって、そのままカバンの中に入れる。
「えー入れちゃうのかー?先輩からのメッセージだぞ。それをすぐに見るのが常識ってもんじゃん」
「そうだ、そうだっ」
周りの奴らがただ単に興味があるだけの口ぶりで、見ろ、見ろっと急かす。
これはまたうるさくなりそうだから、仕方なく読んであげることにした。
それから、普通に授業があってその後、先輩が謝りに来たからそれを対処して・・・とやっているうちにもう一日の半分が終わろうとしていた。
帰り道を一人で歩きながら、俺はふと気になって、スマホのメッセージを開いた。そこには、昨日の呪いのように打たれた「すみません」がつらつらと残っていた。俺は自分がやったことなのに、何やってんだと思ってしまった。
そして、昨日と一つ違っていることを発見した。彼女からのメッセージが追加されていたのだ。
『明後日の日曜日なら、何時でも大丈夫です』
文面上なのに、それでも彼女の美しさが出ているのはなぜだろう。
俺は、慌てて返事を返した。『大丈夫です!』と。
そして、後から読み返してうわっと思った。
「大丈夫です」の返事で「大丈夫です」って・・・。幼稚園児のような笑えるミスをしてしまった。
まさか・・・な?恐ろしいことを予想しながら、今送ったメッセージの横を見た。
そこには、予想した通りの既読という文字があった。
「お、終わったーーー!」
人生で初めての女子との会話なのに、色々しでかした。今日は、本当に運がないらしい。
俺は、『OKです。俺もその日はいけます。午後一時で良いですか?』と先ほどのメッセージの存在をひっそりと隠して、何にもなかったかのように平然そうに打って、今度はちゃんと見直してから送った。
「なにしてるの?まさか、彼女でも出来ちゃった感じ?」
後ろから声がした。それは、俺の見知った幼馴染の望美の声だったーーー。
「の、望美・・・!?」
体が硬く動かなくなるのを自覚した。
今回、この物語に目を向けてくださり、本当にありがとうございます。
もし少しでも心を動かされたり「面白い」と思ったら、評価やいいねをやってくださるととっっっても嬉しいです。
皆さんは、メッセージのやり取り内で失敗したなぁっと思った経験はありますか?
ぜひ教えてください!
よし、これからも身を引き締めて、頑張っていきますので応援よろしくお願いします!!