日常と非日常
道玄坂にあるファミリーレストランは、ちょうど昼時なせいか、満席だった。
新しい客が店内に足を踏み入れる度に、店員が頭を下げている。
友人との待ち合わせに、ファミリーレストランへ来ていた柚月は、ぼんやりとそんな店員を眺めていた。
(…大変そうだな)
店内の何処を見ても、店員が一人しか見当たらないのだ。
この一番忙しいのではないかと思える時間帯に、店員が一人では心もとない。
飲み物を頼もうと、さっきからずっと注文の為の呼び出し音を鳴らし続けているが、店員が来る気配は全くなかった。
柚月は諦めたように、最初に貰ったお冷やに口を付ける。
グラスの中の氷が、カランと小気味良い音をたてた。
待ち合わせ相手の友人が来るまで、どうにも手持ちぶさたである。
店内の時計を見ると、約束の時間はとっくに過ぎていた。
(…つーか、遅くね?何してんのアイツ…)
今何処にいるのか連絡をしようと、スマホを探してポケットの中に手を入れる。
すると、いつも肌身離さずに持ち歩いている簪が指先に触れた。
「……」
スマホの代わりに簪を取り出すと、何とはなしに眺めてしまう。
(政宗…)
この世界へ戻ってきた時、柚月が持っていた物は簪だけだった。
元々、それ以外は指輪しか持っていなかったのだが、その指輪がない以上、簪だけが自分と政宗を繋ぐ、最後の絆のような気がし、手離せないのだ。
(これだけが…政宗のいる世界の物)
簪まで無くしてしまったら、いよいよ異世界など夢物語になってしまう。
あの戦国で暮らした時間は、確かに現実なのだと思うには、この簪だけが頼りだった。
実際、この世界へ戻ってきてから一年が経つが、指輪はおろか露店商にも会えていない。
簪以外は、最初から何もなかったかのように、平凡な日々が過ぎていた。
戦国での日々も政宗への気持ちも、全てが過去になり、忘れていくのが怖い。
だがいくら会いたいと願っても、指輪がなければ会うことが出来ないのだ。
常に持ち歩いているせいか、色褪せてしまった簪を撫でると、手元が薄暗くなった。
顔を上げると、待ち合わせをしていた友人が立っている。
「ごめんね柚月、事故で電車が止まっちゃって…待ったでしょ」
両手を合わせ、申し訳なさそうに眉を寄せている友人に笑顔を返すと、柚月は簪をポケットに戻した。
「そうだったんだ、キレる寸前だった」
「いやいやいや、いつもはアンタが待たせる立場だから」
たまには待つのもいいでしょ?と笑いながら席に着くと、友人にメニューを手に取った。
「頼むの決まってる?」
「パスタ」
「じゃあ私もパスタにしようかな、あ…アサリのパスタが美味そう」
店員が来るかは分からないが、改めて呼び出し音を鳴らして店内を見回す。
忙しさは相変わらずの様だが、友人は気付かずにメニューを閉じた。
「昼飯終わったらどうする?服でも見に行く?それともストレス発散にカラオケでも行く?」
「んー…そうだなぁ…」
特に行きたい場所があるわけでも、欲しい物があるわけでもなく言葉を濁すと、友人はふと、柚月の手元に視線を向けた。
「そのストラップ…渋いね」
「え?…あぁ、竜のこと?」
スマホを持ち上げて、竜モチーフのストラップを揺らす。
可愛らしくデフォルメされた竜ではなく、リアルなデザインの竜だった。
「柚月って最近、竜のデザイン好きだよね。ちょっとゴツくない?」
「…そう?」
「そうだよ。そんなゴツい竜のデザイン使うのなんて男の人みたい」
「あはは、そうかも。でもさぁ、最近好きなんだよね」
「ゴツいデザインが?」
「…竜が」
政宗の通り名が竜に因んだ物だったから好きなだけで、特に竜が好きな訳ではないが、それを言っても意味はないだろう。
苦笑しながら話を終えると、柚月は小さく息を吐きながら、窓の外を見た。
何処を見ても、相変わらずの忙しない都会風景だ。
どんなに見渡しても、地平線は見えないし、畑も緑もない。
…自分が生まれ、そして育った東京だ。
だがそれは地上だけで、視線を上に上げると、政宗と一緒に見た空と変わらない青が広がっている。
この同じ空の下で生きてはいないが、政宗も同じような青空を見ているかも知れないと思うと、少しだけ心が近付いた気がする。
思わず微笑みながら友人に視線を戻すと、友人はニヤニヤしながら柚月を眺めていた。
「な…なに?気持ち悪いんだけど」
眉をひそめて聞くと、友人はニヤニヤ笑いを止めずに口を開いた。
「柚月さぁ、新しい男出来たんじゃない?」
「は…はぁ!?」
「恋してる目だったよ、今の顔」
「なな…なにそれ、馬鹿じゃないの」
そう吃りながら答えると、友人は「照れるな照れるな」と肩を竦める。
そんな様子を見た柚月は、堪えきれずに吹き出すと、胸のつかえがとれたように笑い出した。




