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死闘、決着

吐血が予想外だったのか、茫然と自分の血で濡れた身体を見下ろす道真は、攻撃を避けようともしなかった。


罠かとも思えたが、政宗は敢えて全身全霊を込めた一撃を、道真の身体に叩き込む。


平正眼の構えから、真横に切り裂く様に振るった刀は、深々と道真の腹を切り裂き、はっきりと竜の爪痕を残した。


肉を斬る感覚に手応えを感じた直後。

力任せに刀を引き抜き、逆側から再び袈裟懸けさがけに斬り掛かる。


もう自分は助からないと、悟っているのだろうか。

道真は相変わらず避けようとはせず、虚ろな目で政宗を見つめている。


妙な違和感を感じながらも、攻撃体勢に入った刀は止められない。

そのまま道真の腕を叩き斬ると、斬り落とした片腕が宙を舞った。


痛みに声をあげる事も、顔を歪める事もなく、道真はただ斬り落とされた腕を眺めている。


その視線が政宗の元へと戻った時。

何か言おうとしたのか、その小さく唇が動く。


だが政宗は、それを聞く事はせず、両手に持った刀を、道真の頭上に振り下ろした。


聞く必要はない。

死神の言い残す言葉など、あるとすれば呪いの言葉だけだ。


だが刀が道真に届く、ほんの僅かな一瞬。

道真は微かに、再び唇を動かした。


「羅……」


「?」


何を呟いたのか、はっきりと聞き取れぬまま、政宗は道真の頭上に刀を振り下ろした。


頭蓋ずがいが砕ける、不快な音が耳に届き、道真の額に赤い線が入る。


一瞬の間をおいて、その赤い亀裂から血が噴き出し、道真は首を傾げて顔に手をあてた。


すると、道真の顔面が斜めにずれる。


べしゃり。と顔面の半分が床に落ち、残った口元は、魚の様にぱくぱくと、声にならない声をあげている。


その口の動きは、攻撃の直前に聞いた言葉と同じようだ。


だがやはりその声は、言葉としては聞こえてこず、唇もやがて動かなくなった。


「…菅原…道真…」


あの最期の瞬間、一体何と言ったのかが気になり、政宗は二度と動かないはずの道真の口元を見つめた。


何故かその言葉が、道真の最初で最後の、人間としての言葉だったような気がしたからだ。


だが当然の如く、その唇は動かない。


潰れた額に残った眼球だけが、まるで意志が残っているかの様に、じっと政宗を見つめている。


政宗は不快を隠すことなく、倒れずに直立したままの道真の身体を片手で軽く押した。


「地獄で魔王と仲良くやりな」


ずしゃっ…と、自分の一部だった額の上に倒れ込んだ身体は、まだ生きているかの様に、しばらく痙攣し続けていた。











政宗と道真の戦いを、柚月はただじっと見つめていた。

既に事切れている道真に対し、何の感情も抱かない自分に驚く。


まるで実感がないのだ。


目を背けたくなる血の海や、顔の半分が潰れている姿を見ても、あの菅原道真が死んだ。という実感が湧かない。


今にも起き上がり、癪に触る笑い声をあげそうな…そんな気がしてしまうのだ。


だがそれは頭で死を理解していないだけで、胸は破裂しそうなほどに早鐘を打っている。


目の前で死闘が行われ、そして人が死んでいるのだから当たり前だ。


そんな茫然としていた柚月を現実に戻したのは、ふらつく政宗の姿だった。


「…政宗!」


政宗は刀を腰に戻すと、体力を使い果たした様に、その場に膝をついた。

慌てて駆け寄り、身体を支えるように政宗の腕に手をかける。


「政宗…大丈夫?」


「…あぁ」


よろめく身体を支えながら政宗を立たせると、柚月は足元に横たわる道真の亡骸を見下ろした。


顔の半分は潰れ、腹部からは内臓が出ており、おびただしい血が溢れて床を真っ赤に染めている。

見るも無惨な最期だ。


ぼんやりと床に広がる血を見つめていると、政宗が「死神の最期か…」と呟いた。


「自分で斬っておいて何だが…、哀れな最期だな」


「自業自得だよ」


そう言うと、柚月はもう一度道真を見下ろした。


今まで何の罪もない人間を、自分の愉しみの為だけに殺してきた男だ。

哀れむ必要も価値もない。


「人として死ねただけ…いいと思う、この人は…"魔"に近付き過ぎてた。そう…思うから」


「…人として…か、…ッ!?」


「政宗!?」


急に呻いた政宗の身体を支え直した柚月は、はっと息を飲んだ。

痛みに顔を歪めた政宗の胸元に手をあてると、深い傷があるのが分かる。


よく見ると、生きているのが不思議なほどの重傷だ。


「酷い傷…!!」


手当てをしようにも、ここには何もない。


止まらない血を何とかしようと、柚月は政宗の腹にある一番深い傷を手で押さえた。


それでも血は止まらず、指の間から溢れていく。


「血が止まらない…!」


悲鳴にも似た声をあげると、政宗は苦笑しながら頭を叩いてくる。


「心配すんな、大した傷じゃねぇ」


「でもこのままじゃ…」


何かないかと辺りを見回した柚月は、自分の足を見て「あっ」と声を漏らした。


「そうだ、止血…せめて傷口を縛って…」


自分の足を手当てしてくれた政宗を思い出し、柚月は着ていた着物の袖口を引きちぎり、帯を解く。


ちぎった着物の切れ端を政宗の腹の傷に添えると、上から帯で強く縛りつけた。


「応急措置にしかならないけど…」


こんな時、元の世界なら、いくらでも手当ての方法があるのに…と歯痒さを感じてしまう。


「痛みは…?」


「ない…つったら嘘になるな、だが今は苦痛に呻いてる場合じゃねえだろう」


「それは…」


政宗の言葉を否定出来ずに、柚月は目を伏せる。


確かに今は、火焔城から出る事が最優先だ。

今はまだここまで火が回っていないが、それも時間の問題だろう。


のんびりしていては、火の海に飲まれる事になる。


「…急いで出るぞ」


「で…でも…」


政宗の傷が気になる。

無理をして動いているが、本来ならば動けるような傷ではない事は、一目瞭然だった。


「このままここで、焼け死ぬのを待つ訳にもいかねえからな」


そう言った政宗は、出口を探す様に辺りを見回し、一瞬だけ驚いた様に目を見開き、そして笑った。


「…政宗?」


この状況で何がおかしいのだと、政宗の視線を追い掛ける様に顔を上げた柚月は「まさか…」と目を瞬かせた。


見覚えのある姿がそこにあったからだ。


「全く…、いい所を持っていく男だぜ」


そう呟く政宗に、思わず笑ってしまう。


「無事…だったんだね」


いつもなら、なるべく会いたくはない。

だが有事には誰よりも頼りになる男が、そこに立っていた。

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