殺戮と狂気の調べ
明らかに道真のまとう雰囲気が変わった。
どうやら、触れて欲しくなかった部分に触れた様だ。
政宗はにやッと口角を上げると、わざとらしく首を鳴らす。
すると道真は、手元に残っていた一本の長刀を振り上げた。
「俺の心配をしている余裕があんのか?こんな怪我くらいで、優位に立ったと思ったんなら…」
「…痩せ我慢か?致命傷のはずだ、斬った感覚で分かる」
「致命傷だろうとなかろうと、俺には関係ねぇんだよ。もともと…痛みなんざ感じてねーんだからな」
実際、苦痛を感じてはいない様子ではあったが、例え脳が痛みを感じずとも、身体は悲鳴をあげているはずだ。
斬り付けた時の感覚で、深い傷を負わせたと、政宗もわかっているはず。
内臓や骨も、決して無事ではないはずだ。
だからこそ、苦しむ事もなく平然としている道真が、痛ましく思えて仕方ない。
人を切り刻む事だけが生き甲斐の様な、この男のどこに、こんな意地があるのか。
痛みを堪え、感情を隠す事に秀でた道真が、今までどんな痛みに堪えてきたのか。
そしてどんな感情を隠してきたのか。
それが気になってしまう。
この男の過去に、一体どんな事があったのだろうか。
そしてそれは、ここまで歪む程に、隠さねばならない事だったのだろうか。
政宗は隠すことなく、強い殺気を向けてくる道真に、刀の切っ先を突き付けた。
「…なら続きといこうじゃねぇか。てめえのつまらねぇ人生をここで終わらせてやる」
「なめた口きくんじゃねぇよ、クソ野郎が…!!」
「珍しく目の色が変わったな。突っ込まれたくねぇ事に突っ込まれたから、余裕を無くしたか?」
そう挑発しながら言うと、道真は一瞬だけ目を見開き、俯いて肩を揺らして笑い始めた。
「くくく…ぎゃははは…!!」
堰が壊れた様に笑う道真の様子は、狂っている様に見える。
まるで状況を忘れたかの様に笑っていた道真を、政宗は(もぅ終わりだな…)と冷静に見つめる。
すると道真は、思う存分笑った後、ぴたりと笑うのを止め、政宗に視線を向けてきた。
「死ね」
向けられる殺気に、ぞくぞくと背中が反応する。
…そうだ。
感情を隠すことなく、痛い程の殺気を直接向けてくる、こんな相手と戦いたかった。
政宗は長刀を振り上げて駆け寄って来る道真を見つめ、どんな攻撃にも即座に反応出来るように構えをとった。
普段の、のらりくらりとした動きが偽りだったのかと思えるほど、道真の動きは素早かった。
攻撃を受けられるよう、道真の肩の動きや視線、足の向きに集中していた政宗だったが、気が付けば、道真の長刀が頭上にある。
(…ンなッ!?)
間一髪、刀を使って長刀を受け止めるが、まるで全体重を掛けたかの様な一撃に腕が痺れる。
「…ぐ…クソ、この馬鹿力が…!!」
長刀を弾き、反撃を試みるものの、間を置かずに襲ってくる次の攻撃に、またしても防御に回ってしまう。
「どうしたよ独眼竜!手加減なんぞいらねぇぞ!?」
右から左からと鈍い光を放って襲い掛かってくる、長刀の軌道が読みづらい。
上半身かと思えば足元、足元かと思えば首を。
両手に持っていた長刀が一本に減ったせいか、今までの攻撃とは比べ物にならないくらいに早い。
「まさかそれが全力じゃねえよな?失望させんなよ…!」
「…ッ、調子にのんじゃねぇ!!」
負けじと刀を振るうが、相変わらず視界が悪く、急所へ当たらない。
腕や足、顔や腹など斬り付けてはいるが、致命傷にはならず、道真は浅い傷など気にもならないように、怒濤の攻撃を続けて来る。
「アハハハハ!!死ね!!死ね!!」
(おいおい…!!目がヤバいぜ…)
こちらも同様に致命傷はないものの、気力で押されている事は明らかだった。
道真の動きはもともと変幻自在であり、そしてそれは、動作が緩慢だからこそ脅威にならなかった。
それに速さまで加わった攻撃だ。
傷付いた目で動きを見切る事は、最早不可能に近い。
政宗は目で動きを追う事を諦めると、防御に徹したまま目を閉じた。
目は使い物にならない。
落ち着いて、反撃の好機を探るのだ。
(冷静になれ。ここで下手に動いて隙を見せれば、奴の思うつぼだ)
嵐のような攻撃が続く中。
政宗は目を閉じたまま、空気の流れや道真の呼吸に集中する。
少しだけ冷静さが取り戻せたのか、見えないはずの道真の動きが分かる様になったようだ。
(そうだ、こいつは冷静さを失っている。この攻撃は何も考えず、ただ振り回しているだけだ)
先ほどからの攻撃は今までとは違い、急所を狙っている訳ではない。
今の道真には、ただ"殺したい"と言う、至極単純な事しか頭にないだろう。
ただ滅茶苦茶なだけの動きなら、攻撃の軌道を読む事は必要ない。
そう気付き、目を開けた刹那。
視界が赤に染まった。
その赤が何なのかが理解出来ず、一瞬だけ思考が止まってしまう。
そして次の瞬間。
道真の身体がゆらりと崩れた。
常に厭らしい笑みを浮かべていた口元と、赤い髪がさらに真っ赤に染まり、先ほどの赤が、自分ではなく道真の血だったのだと理解する。
こちらから攻撃した訳ではない。
やはり、本人が思う以上に、身体は限界に近付いていたらしい。
勝手に"吐血"したのだ
思えば、道真は深傷を負いながら、有り得ないほどの速さで攻撃を続けていた。
道真が己の身体の異変に気付くより、身体の限界の方が早かったのだ。
「…?」
何故吐血したのか理解出来ないのか、道真の目が動揺に揺れる。
その隙を見逃さず、政宗は即座に攻撃を仕掛けた。




