常世の月
ずっと言えずにいた事を道真に言われた柚月は、心臓がばくんと跳ね上がるのを感じる。
指輪を手に入れようと必死になっていた理由が、元の世界へ帰る為だと、政宗に知られてしまった。
それも、自分から伝えたのではなく、最悪な形でだ。
政宗の顔が見られず、俯くと、指輪が視界に入る。
(…私は…、どうしたいんだろう…)
死ぬまで政宗の傍で、同じ時間を過ごしたい。
これは願いでもあり、本音でもある。
だが元の世界で、自分の帰りを待つ家族の元へ帰りたい気持ちを、捨てきれていない事も事実だった。
例え行方不明になり、何年経とうとも、世間的に死んだ事になろうとも、遺体が見付からない限り、家族は自分の無事を信じて待っているだろう。
このゲームの世界から、元の世界へ、無事である事を伝えられたら良いのにと、柚月は家族の顔を思い浮かべた。
心から愛する人が出来て、その人の元で暮らしている。だから帰れないのだと、家族に伝えられたら。
そうしたら、迷わず政宗の元で過ごせるのに…と、何度思った事だろう。
だがその方法はない。
家族を忘れるか、政宗を忘れるか。
それしか選択肢はないのだ。
だったら…と、柚月は政宗を見た。
今はっきりと伝えるのだ、元の世界へ戻るつもりは…ないのだと。
家族も大切だが、簡単に捨てられる恋ではない。
自分を生み、育て、慈しんでくれた家族を捨てるのではなく、心の中に大切にしまうのだ。
例え離ればなれになろうとも、家族の絆が無くなる訳ではない。
諦めきれずに指輪を探したが、政宗の元を離れるつもりはないのだと、伝えなければ。
だが口を開こうとした柚月は、政宗の姿を見て、出し掛けた言葉を止めた。
「…政宗?」
見間違いだろうか、政宗の様子は笑っている様に見える。
まさかとは思ったが、見間違いではない事は、道真の言葉で分かった。
「何笑ってんだよ?」
そう、確かに政宗は笑っていたのだ。
柚月は政宗の考えを推し測る様に見つめた。
何を言うのかと、政宗の唇を凝視していると、政宗はちらりと柚月を見て、道真に視線を戻した。
「お前がつまらねぇ事を言うからさ」
「あん?俺が?」
「お前の考えなんざ、お見通しだ。大方、俺の動揺を誘おうとでも思ったんだろう」
「ひでーなー、親切に教えてやったっていうのに…」
「柚月が元の世界へ帰る?…上等じゃねぇか」
政宗はそう言うと、下ろしていた刀を構えた。
その目に迷いはない様に見える。
「関係ねぇな、元の世界へ帰ると言うなら、元の世界から取り戻すだけだ」
「おぉ…さすがに衝撃だったか?現実が見えてねーんだな」
そう馬鹿にする道真の言葉に、政宗は豪快に笑っている。
だが柚月は政宗の言葉に、胸がつまる思いだった。
ずっと黙っていた事を責める訳でも、帰さないと身勝手な事を言う訳でもなく、政宗は自分を"取り戻す"と言ったのだ。
たった一度でいいから、家族の元へ帰りたいという、自分の本心を分かっていてくれた様に思える。
同じ事を考えていたのか、道真は「元の世へ帰る事は認めるのか」と、言葉にならない柚月の代わりに、政宗に問い掛けている。
「全く理解出来ねぇよ。もっと人間らしい…、醜い感情を吐露してくれると思ったのによ」
「醜い感情を暴露するのが人間らしいだと…?哀れだな、お前…今までどんな奴等と出会ってきた」
政宗の声色は、からかうと言うよりも、まるで哀れむ様に聞こえる。
それを聞いた道真は、ゆらりと政宗に歩み寄りながら、感情を抑えた声を出した。
「なに?」
「お前…今まで、他人と真っ向から接した事があるのか?」
「何をつまんねぇ事を…」
無理に笑っている様な道真に「答えたくないなら、答えなくても構わねぇ」と言い捨てると、政宗はちらりと魔王を見た。
「…お前がそうまで歪んだ理由は、人間関係にあると思ったんでな…」
そんな政宗の言葉に、柚月はハッと息を飲んだ。
この男がこうまで歪んだのは、決して今まで出会ってきた人物達のせいだけではないだろう。
だがそれでも、もう少し人間味のある人物が傍にいて、心配し、親身になっていたら、道真も少しは違っていたのだろうか。
柚月は初めて、道真に対して嫌悪感ではない感情を抱いた。
政宗のように哀れむ事は出来ないが、この男が過ごしてきた道が、一体どんな人生だったのか。
そんな思いで見ると、道真は苛ついた様に、今まで浮かべていた冷笑をひきつらせた。
その顔に笑みはなく、道真の真顔を初めて見た柚月は、ゾッと背筋が凍るのを感じる。
思えば道真は、やたらと他人を不快にさせる、張り付いた様な笑みを浮かべていた。
だが今はその瞳に、すぐにそれと分かる怒りの色が見えていた。
柚月は、羅刹女に会った時の事を思い出す。
そう言えば、道真が明らかな不快の感情を見せたのは、あの女に会った時だ。
道真があんなにも歪んだのは、あの女に理由があるのではないかと、柚月は羅刹女の顔を思い浮かべた。




