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呼吸すらも忘れ、二人の攻防を見ていた柚月は、何を思ったのか、道真から離れた政宗を目で追った。
「…脇構え…?」
政宗の脇構えは初めて見る。
脇構えとは、刀を敵から見えないように、足を引き、刀の先を背中に隠して脇下にとる構えの事だ。
武道自体は未経験でも、剣道の試合などで見た事がある。
(…?)
だが、解せない。
間合いが分からない脇構えは、一見確かに良い手ではあるが、道真の武器は長刀である。
道真にとって、間合いが分からない事など、大した問題ではないのではないか。
長刀が届く範囲から攻撃を仕掛け、ただ懐に飛び込まなければ良いだけの話だ。
不安で胸を押さえながら道真を見ると、案の定、道真は呆れた様に肩を揺らして笑っている。
「何のつもりだよ?」
「…あん?何の事だ」
「その構えの事だよ、普通の刀相手ならいざ知らず、俺の長刀を相手に脇構えが通用するとでも思ってんのか?」
「やってみなけりゃ分からねぇだろ?」
「火を見るより明らかだろ、馬鹿なのか?…ま、俺も少し飽きてきたし、そろそろ終わらせるか」
いい加減、付き合う事に飽きたと、道真は緩やかに長刀を回した。
ひゅうん、ひゅうん。と空を斬る音は笛の音の様に聞こえ、三半規管が麻痺しそうになる。
何故か耳にこびり付いて離れない音を聞いていると、道真がゆらりと動いた。
次の瞬間、政宗に攻撃を仕掛けたはずの道真の長刀が、弧を描く様に宙に舞った。
「…?」
何が起きたのか分からなかったらしく、道真はゆっくりと床に落ちてくる自分の長刀を、不思議そうに眺めている。
その状況は、少し離れた場所で戦いを見ていた柚月に、かろうじて見えていた。
(…政宗)
道真が攻撃を仕掛けた瞬間、政宗は脇下に構えていた刀を素早く繰り出し、道真の長刀を弾いていた。
だがそのあまりの速さに、近くにいた道真は、何が起こったのか分からなかったようだ。
あと数秒でも反応が遅れていたら、真っ二つにされていたほど、ギリギリまで微動だにせず、政宗は攻撃の瞬間を見逃さなかった。
そんな事は露とも知らず、道真は政宗の首を取ったと思った事だろう。
だが反対に、道真の長刀は弾かれ、宙に舞った。
(間合いじゃない…。脇構えにしたのは…至近距離に近付くまで、攻撃そのものを、悟られない様にするためだったんだ…)
普通に構えていたのでは、反撃に出ようとした時に道真が気付き、避けられてしまうかも知れない。
だから敢えて、政宗は無謀にも見える脇構えにしたのだ。
減った体力をギリギリまで温存したい政宗の、一か八かの賭けだっただろう。
道真は激しい音をたてて床に落ちた長刀に視線を送る。
時間にして、そんなに経ってはいなかったはずだ。
だがその道真の隙を見逃さず、政宗は次の行動を起こしていた。
道真が長刀を拾おうと、自分から長刀に意識を向けた、その一瞬。
瞬発的に道真に近付いた政宗は、全体重を掛けた突きを繰り出していた。
その攻撃への反応が遅れた道真は、避けられずに腹部に深々と突き刺さる政宗の刀に目を見開く。
柚月は怪我をし、疲労しきったはずの政宗の行動に、涙が出そうになりながら息を飲む。
政宗の全体重を掛けた攻撃は、刀身がほぼ全て、道真の身体に埋まっている、致命傷だ。
案の定、道真は懐に入った政宗を見下ろしながら、血を吐いた。
「まだ…、そんな…余力が…あったのかよ…」
「だから言ったろ?これで最後、…ってな?」
傷つけられた右目が痛まないはずはないが、まるで痛みを感じないかの様に振る舞う政宗の姿が痛々しい。
柚月は出来る事なら代わってあげたいと思いながら、両の拳を強く握った。




