立ち向かう強さ
どうやら西の離れは、普段は余り人が足を踏み入れないらしい。
古びた床板はあちこちが抜け落ち、壁も朽ちている。
柚月は外の明るさとは正反対に、暗い廊下を見回しながら、耳に神経を集中させていた。
菅原軍兵士の言っていた事は間違いではない、間違いなくこの離れの何処かに道真がいる。
問題は、一体何処にいるのかだ。
今までの様に、いきなり現れ、襲われるのは、さすがに御免被りたい。
柚月にとって、あの道真という男は悪魔や死神、または幽霊など、人外と同じなのだ。
顔を合わせる前に、心の準備がいる。
指輪をした手を胸の前で握りしめながら、政宗の後を歩いていると、政宗がふと足を止めて振り返った。
「足の痛みはどうだ?」
「…あし?…あぁ…」
そう言えば、足を挫いていた。
緊張のせいか、痛みもなくすっかり忘れていた柚月は、もう大丈夫だというように跳ねて見せる。
「平気、ほら…飛んでも痛くな…って、あぃだッ!?」
床に着地した直後、忘れていた痛みが甦り、柚月は無様に悲鳴をあげた。
政宗は呆れたように肩を竦めると、袖口を引きちぎり、柚月の足元にしゃがみ込んだ。
「足を出せ」
「なんで?」
「縛って固定しておいた方がいいだろう。幸い添え木になるもんなら、いくらでもある」
そう辺りを顎でしゃくりながら言われ、柚月は素直に座り込むと、政宗の前に足を差し出した。
「ねぇ政宗…」
「何だ」
適当に壊した床板を足に縛り付けながら返事をする政宗に、柚月は「あいつ…いるよ」と断言する。
「あぁ…、だろうな」
「怖くない?」
「はぁ?誰に言ってんだよ」
「だって…あいつ変だよ、絶対おかしいよ」
本当は「頭が」と続けたかったが、さすがに言い淀んで口を閉じると、政宗は固定した柚月の足を叩いた。
「痛みはないはずだ、…応急手当てだがな」
「……」
はぐらかされた事に、若干の不満を感じながらも、柚月は頷いて立ち上がった。
確かに痛みはない。
政宗がこの先にいる道真に、どんな感情を抱いているのか気になるが、聞き直した所で答えはしないだろう。
「行こう、政宗」
「…随分と逞しいじゃねぇか」
茶化すような政宗の物言いに、柚月は頬を膨らませると、両手を腰にあてた。
「あんな変態野郎から、逃げるのは悔しい。私は絶対立ち向かうよ」
「それでこそ…だな」
「え?」
「今のお前の目は、怯えてる色じゃねぇ。あの時…毒を盗んだと疑われて、小十郎に挑んだ…あの時の目だ」
そう言えばそんな事もあった。
あの時は、小十郎に対して敵対心と怒りしかなかったな…と、柚月は懐かしむ様に笑う。
「その強さに惹かれたのかも知れねぇな、…俺は」
「え、なに?何か言った?」
「いいや、こっちの話だ」
そう言うと、政宗は視線を廊下の奥に移動させた。
つられる様に廊下の奥に目を凝らすと、そこにはものものしく札が貼り付けられた戸があった。
しっかりと閉め切られた戸には、無数の札が所狭しと貼られており、何か恐ろしいものでも封印しているかの様に思える。
事実、中には道真がいるのだろうから、なまじこの印象は間違っていないだろう。
「なにあの御札…キッモ…」
中に入ろうとする者を牽制し、威圧感を与える札に、柚月はあからさまに眉をひそめた。
「陰陽師が使っていた部屋らしいな」
「政宗、中に入ったの?」
「お前を探している時にな。まぁ、あの時は誰もいなかったが…」
「…陰陽師も?」
「ンなもん、とっくに始末されてるだろ。菅原の野郎にはもともと、魔王に天下とらせるつもりなんぞ、無かっただろうからな」
「はぁ?何のために私は攫われたわけ…」
「芝居だろ、奴の…この時の為のな」
「…芝居?」
今回の事件の真相がある程度読めているのか、政宗は意味深な事を言って頷いた。
「奴の目的は、お前を生贄にする事でも、魔王の天下を手伝う事でもねぇ。魔王を殺す事だ、しかも…天下を目の前にして、手が届く寸前にな」
「後少しで天下…って、喜んでるところを殺したいワケか…。全く歪んでるよ、あいつ…」
政宗の言っている事が当たりなら、この炎の中、平天大聖はもう殺されているのかも知れない。
同じ事を思ったのか、政宗は表情を引き締めた。
「急ぐべきかもな」
「…うん」
政宗の言葉に深く頷くと、柚月は指輪に触れる。
たがまるで、外見だけを似せただけの偽物のように、やっぱり指輪は光る気配を見せなかった。




