失う不安
道真がいるとすれば、やはり魔王、平天大聖の元だろうか。
政宗は平天大聖の残兵と顔を合わせないように気を付けながら、一階から二階へ上がる。
建物は既に崩壊寸前で、見渡しは良い。
壁や床は殆ど燃え落ちている為、渡り廊下からは、一階の様子まで一望出来た。
ちらりと渡り廊下から庭を見ると、ちょうど菅原軍の兵が逃げ出そうとする平天大聖の兵を追い詰めている様子が見えた。
(…魔王は終わりだな)
この様子では、無事にここから脱出出来たとしても、魔王は終わりだろう。
ここに来るまでにも、何度か菅原に降る平天大聖兵を見てきた。
平天大聖の威厳も地に落ちたと言って良いだろう。
柚月も同じ事を考えていたのか、溜め息混じりに一階を見つめた。
「…牛魔王も終わりだね」
「魔王は見る目がなかったんだよ。あんな野郎を配下におくなんてな」
「…うん」
「…?」
さっきから、どうにも柚月の様子がおかしい。
話し掛ければ返事もするし、話し掛けてくる事もあるのだが、何故か心ここに在らずの様子だ。
こんな状況だ、当然と言えば当然かも知れないが、政宗は不安を感じて柚月の腕を掴んだ。
「柚月、さっきから何を考えてる」
「…え?な…何が?」
平静を装ってはいるが、一瞬だけ動揺を見せた柚月は、無意識にだろう、何かを隠すように手を後ろに隠した。
政宗はそれを見逃さず、すかさず柚月の手を取る。
その手の薬指には指輪があり、見る角度によって色が変わる不思議な石が付いていた。
以前、政宗が柚月に贈った簪にも、似た石が付いていたが、あれとは似ても似つかない、神秘的な石だ。
見た瞬間、政宗はこの指輪こそ柚月がずっと探していた指輪だと確信する。
思わず凝視すると、柚月は慌てように政宗の手を振りほどき、再び背中に隠した。
「…見付けたのか」
「…うん、あの…誰だか分からないんだけど、綺麗な女の人が返してくれたんだ」
柚月は誰だか分からないと言うが、その人物が魔王の妻である可能性は高い。
やはり指輪は魔王に献上されていたのだ。
指輪を取り戻した時が、柚月との別れの時になるのではと、ずっと思っていた漠然とした不安が甦る。
それを今すぐ柚月に問いただしたい衝動に駆られるが、政宗は息を吐いて首を振った。
(…冷静になれ、今はそれどころじゃねぇはずだ)
今やるべき事は、魔王と道真を探し、今回の落とし前をつける事。
小十郎がいたなら、優先順位を見誤るなと諫められるだろう。
「…良かったな」
「…う…ん、まぁ…」
妙に歯切れの悪い返事をする柚月をちらりと見ると、政宗は背中を向けた。
「急ぐぞ」
少し冷たかったのか、柚月の無言の視線を背中に感じる。
だが何も言ってはこず、政宗は振り返らずに歩き出した。
右も左も分からない炎の中、道真の居場所を知る事が出来たのは、偶然だった。
柚月が一緒にいる事もあり、無駄な戦いを避けようと菅原軍の兵から身を隠していたのが良かったのだ。
たまたま、菅野軍の兵が会話をしているのを盗み聞きした政宗は、道真が向かったらしい場所を聞く事が出来た。
おそらくそこに、魔王もいるだろう。
(西の離れか、…最初に見た時は、妙な祭壇しか見付けられなかったが…)
最西にある離れは、一番最初に見た場所だ。
恐らく道真の言っていた陰陽師が使っていた部屋なのだろう。
見た事もない、怪しげな装飾がされた部屋だった。
あの部屋だけ、他とは違う独特な空気を感じた気がする。
(…他に情報はねえしな、行ってみるか)
政宗は柚月を振り返ると、何かを考えている様な柚月の肩に手を置いた。
「柚月」
「大丈夫、あんな奴…顔も見たくないけど…」
「お前は俺が守る、心配しなくていい」
守ると言う言葉に、少しだけ安心したのか、柚月は小さく顎を引く。
だがその目にはやはり怯えと不安の色があり、政宗は我慢出来ずに柚月を抱きしめた。
「…俺がいる、大丈夫だ」
「…政宗…」
名前を呟きながら背中に回される柚月の腕に、強く力が込められる。
その腕と柚月の温もりに、何故か自分が安堵している事に気付き、政宗は隠れて苦笑した。
自分がこんなにも女に惹かれるなど、柚月と出会う前までは想像すらしなかった。
初めて会った時は、変わった女だくらいにしか思わなかったが、今では無くてはならない唯一無二の存在になっている。
しかしだからこそ、失う事への不安が強かった。
もし柚月が目の前から居なくなったら、自分はどうなるのだろうかと不安になる。
出会う以前の自分に戻るのだろうか、それとも…。
政宗は柚月の指にはまっていた指輪を思い出し、眉根を寄せた。
思えば柚月の口から、指輪を見つけた後の事は一度も聞いた事がない。
当初と違い、形だけとはいえ妻として迎え入れたのだから、指輪が見つかったからと、簡単に城を出る事はないと思いたい。
だが柚月から、自分がこの世界とは違う別の世界から来たのだと、はっきりと聞いた。
だとしたら、探し物が見つかれば、元の世界へ帰るのではないか…。
この火焔城で柚月と再会してから感じる、妙なよそよそしさは、それではないのか。
政宗は不安を振り捨てる様に首を振ると、柚月を腕の中から解放した。




