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栄枯衰退

天井や床、壁や家具など、全てに至るまで炎が舐め尽くし、熱さで呼吸すらままならない。


そんな業火の中に、菅原道真はいた。


この炎は、見せかけの炎ではなく、道真が謀反の為に放った本物の炎である。


だがじりじりと身体を焦がす炎など気にならない様に、道真は両手に刀を持ったまま天井を見上げている。


その口元は妖しく歪み、今にも笑い出しそうに震えていた。


目はぎらぎらと光っており、積年の欲望を発散したかの様な、狂喜の色に満ちている。


そんな道真の足元には、しかばねが一つ。


漆黒の髪をちりちりと焦がしたその屍は、両手を大の字に広げたまま仰臥ぎょうがし、ぴくりとも動かない。


道真は天井から視線を下ろすと、屍に語りかける様に口を開いた。


「愉しかったぜぇー、牛魔王様ぁ…」


そう言うと、再び燃える天井に目を移す。


「はぁ…。…どれだけ栄華を誇ろうが、どれだけ地位を得ようが、長くは続かねぇもんだよなぁー」


そう低く呟かれた言葉は、一体誰に向けられたものなのか。

自分以外に動く気配のない部屋で、まるで舞台を演じる様に道真は続ける。


「地位や名誉にゃ、なんの意味もねぇよ。人はいつか死ぬ。だったら悔いのない人生を過ごしたいじゃねーか」


地位を手に入れても、栄華を誇っても。

それは長くは続かない。


ならばその日その時を、いかに楽しむか。

道真の興味はそれに尽きる。


道真にとっての、楽しみ喜びとは、最早言わずもがなであった。


今までどんなに命を奪っても、満足などした事がなかった。

自分が欲するのは、こんなつまらない殺生ではない。


もっと身体の中から興奮と喜びが沸き上がってくる様な…、そんな命のやり取りを欲していたのだ。


だがそれは、並大抵の相手では得られない興奮だった。


つまり、自らが仕える主であり、この世の全てに恐怖を与えるはずの牛魔王の命を奪う事。


誰より強く、そして誰より大切な相手を殺してこそ、得られる喜びだ。

道真自身、自分が狂っている事は分かっている。


だが牛魔王をほふる事でこそ、得られるであろう喜びと興奮は、麻薬の様に道真を魅了した。


殺す事だけではない。

陽炎かげろうの様に不確かな命の削り合いも、道真にとってこの上ない喜びだったのだ。


だが今、そんな道真を魅了し、喜びを与えてくれる唯一無二の存在がいなくなってしまった。


道真はぼんやりと虚空を見つめる。


確かに期待していた以上の興奮は得られた。

目の前で永久の眠りについた牛魔王を見ても、後悔など微塵もない。


だからこそ、生きる目的を見失ってしまった気がするのだ。


「まだ足りねぇ…、まだまだ殺し足りねぇよ…!!」


何故死んでしまったのだ。

何故もっと長く、自分と殺し合ってくれなかったのだ。


殺したからこそ得られた喜びと、殺したからこそ二度と戻らない興奮。


もっともっと強い相手と殺し合いたい。

もっともっと強い相手を殺す喜びを感じたい。


そんな矛盾した思いで、道真は牛魔王の骸を見つめていた。












相変わらずの炎の中、政宗と柚月は、牛魔王と道真を探し、火焔城の中を走り回っていた。


崩れ落ちる壁や床を見る限り、残された時間は少ない。

だが政宗は、柚月を気遣い、ゆっくりと歩みを進めていた。


そもそも煙のせいで空気は薄く、熱さで体力を消耗した状態では、あまり急いで歩いては命取りだ。


さらに言えば、柚月は足を怪我している。

歩調が緩やかなのは仕方なかった。


何度か柚月を安全な場所まで連れて行く事も考えたが、敵地で一人きりにする訳にもいかない。


(くそ、このままじゃ、こっちが先に…)


せめて小十郎がいれば柚月を任せられるのだが、今頃どうしているのか。


早馬の話では、奥州での戦を終えた後、単身こちらに向かったそうだが、到着するにしても、まだ時間が掛かるだろう。


それに、菅原軍の足止めがないはずがない。


(小十郎の事だ、心配はいらねぇだろうが…)


気になるのは、一人で向かっていると言う事だ。


小十郎はあの見た目のせいで、文官と間違えられる事が多いが、一騎当千と言われる猛者である。


だが、たった一人で包囲を抜けて来られるだろうか。

相手はあの菅原道真の軍だ。


政宗の懸念けねんはそこだった。

道真からすれば、小十郎は最も厄介な存在である。

足止めに力を抜いているとは思えない。


(今は考えても無駄か…)


政宗は後ろを歩いている柚月を振り返ると、足を止めた。


「…どうした?」


柚月が足を止め、自分の手を見つめている。

怪我でもしたのかと近付くと、柚月は慌てた様に手を背中の後ろへ回した。


「柚月?どうかしたのか」


「な…何でもないよ」


そう言って微笑む柚月の様子は、何かを隠している様に見える。

だが何でもないと言われた以上、突っ込んで聞くのもおかしい。


政宗は柚月が背中へ隠した手をちらりと見ると、追及はせずにまた歩き出す。


そんな今の政宗には、既に魔王、平天大聖が道真の手によって殺されているなど、知る由もなかった。

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