恐慌
今、聞き逃してはならない言葉が聞こえた気がする。
(だ…伊達軍って言った…?)
燃える炎の音が激しく、はっきりとは聞こえなかったが、確かに伊達軍と聞こえた。
聞こえてくる会話に集中すると、この混乱に乗じて伊達軍が乱入してきた様だ。
(…政宗…!やっぱり来てた、来てくれてた…!)
そうと分かれば、こんな所で足止めを食らっている訳にはいかない。
急いで政宗を探し、こんな場所から逃げるのだ。
そう思い、歩き出そうとした柚月は、足場の悪さに気付かず、大きく崩れた穴に片足を突っ込んだ。
「ぁわ…ッ!?いたた…」
見ると、古くて割れたらしい床板の割れ目に、片足が埋まっている。
「そ…そんな…」
何とか抜こうと力を入れるが、中で何かに引っ掛かっているらしく、びくともしない。
「え…やだ…嘘…でしょ。…ぁ痛ッ!?」
足が入った穴を見ると、足首が妙な具合に曲がって引っ掛かっている。
伸ばせば抜けそうだが、どうやら捻って挫いたらしく動かすと激痛が走った。
「ぁく…ッ!い…痛い…信じらんない…」
足を挫いて抜けない事もさることながら、悲鳴と大きな音で、兵士にも見付かった様だ。
このままでは、捕まってしまう。
例え捕まらずに済んだとしても、この足では歩く事など出来やしない。
焦りで冷静さを失い、痛みを堪えながら、なんとか足を抜こうともがいていると、背後から兵士の声が聞こえた。
(見つかった…、嫌だ!逃げなきゃ…早く!!)
兵士達の声が近付いてくる。
だが足は痛みばかりで抜ける気配がなく、柚月は武器になる物を探して辺りを見回した。
手が届く範囲にあり、武器になりそうな物は、燭台しかない。
刀を持つ兵士相手に燭台では心許ないが、何もないよりましだ。
柚月は痛みを堪えて、燭台に手を伸ばした。
「…ッ…」
あと少しで燭台に指先が触れる。
そう思い、必死に指を伸ばすと、それを遮るように、刀が指先を掠めた。
「!!」
恐る恐る見上げると、そこには二人の兵士が立っており、面倒そうに柚月を見下ろしている。
一人は刀で柚月の指先を止め、もう一人は溜め息を吐きながら刀を回した。
その目には、面倒なものを見付けた。さっさと片付けて戻りたいという思いが色濃く出ている。
命乞いは無駄な様だ。
口を開こうとすると、刀を回していた兵士が、柚月の首筋に刀をあて、首を横に振った。
直後、首筋にあてられた刀は大きく振りかぶられ、躊躇なく柚月の頸動脈を狙って振り下ろされる。
もう駄目だ。この状態では逃げるどころか、避ける事すら出来ない。
首に向かって振り下ろされてくる刀は、まるで駒送りの様に遅く感じる。
この刀が完全に振り下ろされれば、自分は死ぬ。
人間、死ぬ時は意外とあっけないものだ。
そんな事を思いながら刀を見上げていると、その刀は柚月の首に届く直前で止まった。
がしゃん。と派手な音がして、刀が燃える床に落ちる。
「…?」
一体何が起こったのか。
状況を把握出来ずにいると、柚月を囲んでいた二人の兵士が、刀と同じように床に倒れた。
「…え?え?」
茫然と倒れている兵士を見ていると、柚月の身体が後ろに強く引かれる。
「…!!」
他にも兵士がいたのかと、心臓が止まりそうに驚く。
だが柚月の身体を引いた腕は、まるで周りの全てから柚月を守るかの様に優しく抱きしめてきた。
「…え」
この優しい温もりには覚えがある。
挫いた足の痛みも忘れ、柚月は自分を包む腕に触れた。
「政…宗?」
祈るような思いで、愛しい名前を呟くと、それに応えるように、抱きしめる腕に力が込められた。
そして、耳元に感じる吐息。
柚月は腕の中で体勢を変えると、背後を振り返った。
「政宗!!」
幻ではない。目の前に、会いたくて会いたくて仕方なかった政宗がいる。
柚月は信じられない思いで政宗の頬に手を伸ばした。
「政宗…」
「柚月…、遅くなってごめんな」
今まで会えなかった分を取り戻すかのように、強く抱きしめる政宗の背中に、柚月は震える腕を回した。




