命の限り
道真が火焔城で謀反を起こしていた頃。
奥州から火焔城へ向かう山道に、小十郎の姿があった。
脇目もふらずに無我夢中で馬を走らせていた小十郎の頭には、政宗と柚月の事しかない。
二人に危険が迫っている。
一刻も早く火焔城へ。
それだけを胸に、ひたすらに馬を走らせ続けて来たが、さすがに限界を迎えたのか、途中、何度か馬の様子がおかしくなった。
火焔城は目と鼻の先だ。
このまま休まず走り続ければ、夜半には到着するだろう。
焦ったところで仕方がないと自分に言い聞かせると、小十郎は穏やかな小川で休みをとる事にした。
少し休めば、翌朝には馬の体力も少しは回復しているだろう。
暗くなる前に焚き火を用意して一息つくと、小川のせせらぎが聞こえてくる。
喉が渇いていたのか、夢中で川の水を飲む馬を見ながら、小十郎は深い息を吐いた。
(政宗様と柚月は無事なのか…)
一番気がかりなのは、政宗が柚月と合流出来たのかどうかである。
政宗の強さは、小十郎が一番よく知っている。
だが柚月は、刀を持った事もない、ただの子供だ。
命の危険に曝された場合、柚月に自分の身を守る事は難しいだろう。
そう思った瞬間、再び焦りが甦る。
もし柚月が政宗と合流していなかったら。
もし今まさに命の危機に陥っていたら。
柚月を守りきれず、むざむざと敵の手に渡してしまったのは、他でもない自分である。
(駄目だ…、休んでいる暇は…)
馬には悪いが、もう少し気張って貰う必要がある。
一分一秒でも早く、火焔城に行かなければならない。
そう思い、焚き火を消して立ち上がった時だった。
ふと、自分以外の気配を感じ、小十郎は警戒しながら辺りを見回した。
…不審な所はない。
だが確実に、さっきとは空気が変わっており、何者かの視線を感じるのだ。
(平天大聖軍…いや、菅原か?)
いつ何が起きても、すぐに対応出来るよう、小十郎は刀の鞘に手を伸ばした。
辺りの空気が一瞬にして緊張する。
耳を澄ますと、川の流れる水音や、風に揺れる草花とは別の音が聞こえて来るのがはっきりと分かった。
囲まれている。
しかもかなりの数だ。
奥州からずっと、休まずに馬を走らせている事は、菅原軍も分かっているはず。
途中にある川で休憩をとる可能性を考え、予め兵を配置してあったのだろう。
普段なら、みすみす敵の罠に嵌まる事も、周囲の気配に気付かない事もないが、今回はさすがに焦りと疲れで冷静な判断力を失っていたのかも知れない。
刀の柄を握り、じっと辺りの気配を探ると、気配が増えている。
一瞬にして集められる数ではない。
(やはり…、私とした事が…)
自ら伏兵が潜んでいる場所へと来てしまった様だ。
ちらりと馬を見ると、さすがに辺りの不穏な気配に気付いたのか、耳を動かしている。
馬を殺されたら、火焔城へ向かう為の手段がなくなる。
先ずは馬を安全な場所へ連れて行く事が先決かと馬へ走り寄った時。
無数の矢が空から降り注いだ。
「…!!」
防ぎきれる数ではない。
小十郎は身体中に矢を受けた馬を諦め、自分に向かってくる矢を刀で叩き落とす。
だが全てを防ぐ事は出来ず、背や腕や足に打ち込まれる矢に顔を歪めた。
激痛と同時に、身体の力が抜けていく。
(これは…毒矢!!)
針ネズミの様に全身に矢を受けたまま、刀を杖代わりに、やっとの思いで倒れるのを堪える。
すると、辺りの木々の間から弓を手にした敵兵達が姿を見せた。
予想を超える数だ。
おそらく、伏兵に気付かずにいた間に、他の場所に潜んでいた伏兵達も集まったのだろう。
今さらながら、一人で来た事を悔やむ。
自分の命など微塵も惜しくはなく、今此処で命を失おうと構いやしないが、悔いは残る。
政宗や柚月の無事を確認しないまま、こんな場所で死ぬ訳にはいかない。
じりじりと、四方八方から距離を詰めてくる敵兵と、付近を囲む様に弓を構えている弓兵部隊を見ると、小十郎は深い息を吐いた。
弓兵部隊は、間違いなく魔王の子の部下だろう。
だとしたら、これは敵にとっては弔い合戦だ。
生半可な覚悟では、気圧される。
何より、ここで自分が死んだら、敵兵は火焔城へ向かうだろう。
政宗と柚月のいる火焔城へ、大軍を向かわせる訳にはいかない。
小十郎は毒のせいで、握力がなくなった手に刀を持ち直すと、片袖を引きちぎり川に濡らした。
握力のなくなった手で刀を落とさない様に、濡らした布で頑丈に巻き付ける。
「政宗様…、貴方の背は必ずや私が守ってみせましょう」
自分自身に誓うように声に出して呟くと、小十郎は刀を構えた。
「この私の首…、そう易々と奪えると思わないで頂きたいですね。私はただの軍師ではないのですよ…」
光らない指輪を手に、柚月は火焔城の中を走り回っていた。
城の外を舐める様な炎のせいで、城の中でも視界は真っ赤だが、どうやら燃えているのは外側だけの様で、城内は蒸し暑いだけで静まり返っている。
外からはパチパチと火が燃える音と、木々の崩れる音が、あちこちから聞こえてくる。
窓から外を見ると、辺りは火に飲まれており、真っ赤に燃え上がっており、まさに火炎地獄だ。
そんな中、政宗を探して走り回っていたせいか、身体中が汗でびっしょりで気持ちが悪い。
煙のせいで咳も止まらず、息苦しさもどんどん増している。
痛みや恐怖も勿論あったが、政宗がこの中にいるかも知れないと思うと我慢出来なかった。
だが城内は広く、やたらめったらと動き回っているだけでは、時間の無駄だろう。
「…ッきゃあ!!」
狭い廊下走り回っていた柚月は、疲れのせいか言う事をきかなくなった足に悲鳴をあげて、その場に尻餅をついた。
「いたた…」
こんな時、いつも助けに来てくれた男の姿が思い浮かぶ。
「…政宗」
一体どこにいるのか。
愛しい男の名前を呟いた時。
何処からか、男達の話し声が聞こえてきた。
話の内容から察するに、菅原軍の兵士の様だ。
柚月は慌てて、物陰に身体をひそめた。
会話に耳を傾けると、建物の外は謀反を起こした菅原軍と、それを阻止しようとする平天大聖軍とで乱戦状態らしい。
(…外は外で、大変みたいだな)
だが平天大聖や菅原がどうなろうと、知った事ではない。
やって来た菅原軍の兵士は、柚月ではなく平天大聖兵を探している様だ。
自分の事を探している訳ではないと分かり、安堵で息を吐くが、見つかったらさすがに見逃しては貰えないだろう。
気付かれないうちに逃げなければならない。
だが今のうちに立ち去ろうと踵を返した柚月は、聞こえてきた兵士の言葉に足を止めた。




