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煉獄の業火に

「夕焼け…なワケない、か…火事…」


空がいつにも増して真っ赤に染まって見えるのは、森の先にある建物が燃えているせいだった。


この湖へは、いつも朦朧とした状態で来ていたせいで記憶がはっきりとしないが、方角から考えて、燃えているのは柚月が閉じ込められていた建物だろう。


いつ火の手が上がったのかは分からないが、湖に来ていたおかげで助かった。


あの火の勢いでは、もしあのまま建物内にいたら間違いなく逃げ遅れていただろう。


何しろ、部屋の中に閉じ込められていたのだ。

逃げられるはずがない。


「はぁー、あの兵士達のおかげだなぁ…」


そう呟いた瞬間。

柚月は口元に手を当てる。


「…偶然…だよね?」


今思えば、身体の不調はあの木屋で目覚めた後に消えていた。


意識を失う前にあった、目新しい事と言えば、兵士に妙な液体を飲まされた事だ。


「…助けて…くれた?」


火事は予期せぬ出来事だったとしても、あの兵士達は、もしかしたら自分を助けてくれたのではないか。


だとしたら、あの兵士は何者なのか。

柚月は再び燃える建物へと目を向けた。


逃げ出すなら今だ。

この混乱に乗じれば、脱出も可能だろう。


だが無事逃げ出す事が出来たとしても、奥州へ戻る手立てがない。


しかも道真の言葉から察するに、政宗もこちらへ向かっているだろう。


「そうだ政宗…まさか火焔城にいるんじゃ…」


嫌な予感がし、火焔城があるであろう方角を見つめる。

火焔城は燃えている建物のさらに奥だ。


勢いが増したのか、炎は道の様に空へと続いている。

元々、すぐそばの火焔城が常に燃えているせいか、火事だと言うのに誰も騒いでいない。

いや寧ろ、辺りを見回しても兵の姿は見えない。


「政宗…」


あの炎の中に、政宗がいるのではないか。

一度そう想像してしまうと、不安がねっとりと絡み付いて離れない。


柚月は居ても立ってもいられずに、危険を承知で走り出した。











囚われていた建物、ひいては火焔城へ近付くにつれて暑さが増していき、本当に燃えているのだと実感する。


このままでは、周辺の森まで火の手に飲まれそうだ。


後少し目覚めるのが遅かったら、もしかするとあの湖一帯も燃えていたかも知れない。


煙も濃くなり、息苦しさを感じながら走り続け、ようやく火焔城まで辿り着いた柚月が目にしたのは、まるで地獄の業火に焼かれているかの様な城であった。


火焔城は柚月のいた建物と違い、燃えながらも崩れる事なく、ものものしい城の姿を保っている。


「すごい…、本当に燃えてる…どんな魔法なの…」


だがここは現実の世界ではない。中国の昔話に出てくる妖怪がいるくらいだ、魔法だってありだろう。

深く考える事を諦めると、柚月は辺りを見回した。


(政宗…いるの?)


本当に自分を助ける為、こんな所にまで来てくれたのか。

期待と申し訳なさが混ざった気持ちで火焔城に近づく。


彼方此方からパチパチと木々が燃える音と、背後からは建物が崩れる激しい音が聞こえてくる。

振り返ると、柚月のいた建物がとうとう崩れたようだ。


目の前に広がる真っ赤な光景に、我を忘れて立ち竦んでいると、何かが崩れる音が今度は真上から聞こえる。


「…っ」


柚月は我に返って頭上を見上げた。


すると、まるで自分を狙っているかの様に、炎に抱かれた巨木が勢いよく落ちて来る。


逃げようとしても落ちてくる巨木の勢いが想像以上に早く、柚月は呆然と、自分の真上に落ちてくる炎の塊を見つめた。










恐怖のせいなのか、それとも炎の美しさに見惚れてしまっているのか。


落ちてくる巨木から目が離せないまま、死を覚悟すると、視界の端から何者かの影が自分に向かって飛び出して来る。


その影は勢い良く突進し、柚月を助ける様に突き飛ばした。


「…ッく…?」


体勢が悪かったせいか、柚月はそのまま大地へと倒れ込み、自分を助けた人物に目を向けた。


「政宗…?!」


きっと政宗が助けてくれたのだと、飛び出して来た人物に向かって名前を呼ぼうとした柚月は、予想外の人物に言葉を止めた。


真っ赤に燃える炎に照らされ、見覚えのある人物が立っている。


見間違える事はない。

この火焔城に連れて来られる前に会った女性だ。


道真は羅刹女と呼んでいた。


「羅刹女…さん。た…助けてくれたの?」


自分を拐った、平天大聖側の人間が、何故自分を助けるのか。


状況が読めず、ただ見つめていると、羅刹女は柚月に近付いて手を差し出した。


「あ…ありがと…ございます…」


何故か最初から、この人物には嫌な感じがしなかった。


柚月は素直に差し出された手を握ると、立ち上がって膝や服についた汚れを叩き落とす。


「あの…助けてくれた…んですよね」


おずおずとそう切り出すと、羅刹女は凄い剣幕で柚月の頬を張り付けた。


「…ぁだッ!?な…何を…」


まさか殴られるとは思っておらず、張られた頬を撫でながら女を見る。


「何故逃げなかったの!!」


「…?」


何の話なのだと瞬きすると、女は両手で柚月の肩を掴む。


「せっかく見付からない様に牢から出したのに、また戻ってくるなんて…」


「え…、…あ!」


柚月の脳裏に、自分を湖へ連れ出した兵士二人の姿が甦る。


(あの兵士…この人が…)


それが分かると、湖に祈祷の為の女達がいなかった事も頷ける。


もともと、御祓の為に湖へ連れて行かれた訳ではなかったのだ。

だから女は居なかった。


だがそうなると、何故助けてくれたのかが分からない。

初めて会った時、柚月は助けを断られているのだ。


「何で…助けたんですか?」


教えてくれるかは分からないが、一応聞いてみると、羅刹女は柚月から目を逸らした。


「あの男に…借りを作ったままではいられないから」


「…借り?あの男?」


なんの事やらと首を傾げると、羅刹女は初めて柔らかく微笑んだ。


「貴女は知らなくていい…、それより早く逃げなさい。ここは危険よ」


「あ…あの!何が起きてるんですか?さっきの建物の火事も羅刹女さんが?」


今すぐにでも去ってしまいそうな女に、辺りを見回しながら矢継ぎ早に問い掛ける。

すると羅刹女は、心底口惜しそうに唇を噛んだ。

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