死闘
小十郎が一軍を率いて城を出た情報は、直ぐに平天大聖軍の羅刹女への元へ届いた。
それを聞いた羅刹女は、直ぐ様、小十郎が向かった山間へ追撃の軍を出し、頭を抱えていた。
(火焔城へ向かっているに違いないわ…、何としてでも止めなくては)
竜の懐刀に火焔城へ向かわれては、今までの苦労が水の泡だ。
山間を抜ければ、直ぐに関所もある。
小十郎が関所に到着する事は、今回の作戦の失敗を意味する。
数日前から、道真と連絡を取ろうと、何度も火焔城へ兵士を送っているが、全く沙汰がない事も不安の種だった。
(こんな時に道真と連絡がつかないなんて…、嫌な予感がする)
今だかつて、道真からの連絡が途絶えた事はなかった。
腹に一物抱えている様な、本心が読めない薄気味悪さがあり、決して好きにはなれないが、仕事だけはきっちりとこなし、期待を裏切った事などない男だ。
(何かあったのかしら…)
そうでなければ説明がつかない。
連絡が取れない様な、何か想定外の事でも起きたのかも知れないと思うと、とたんに不安になる。
押し潰されそうな不安に、強く拳を握る。
(いいえ…そんなはずない、だって火焔城には…)
自らが生み出した不安を否定する様に首を振るが、一度芽生えた不安は、なかなか振り払う事が出来ない。
「牛魔王様…」
愛しい男の名前を呟くと、手首に触れる。
そこには今は亡き息子、紅孩児と似た武器…洋弓銃が装備してあった。
違うのは、紅孩児が使っていた弓よりかなり小型であると言う事と、自分の手首に装着してあるという事だ。
大きな弓を持ち歩く必要がなく、常に自分の手首に洋弓銃がある羅刹女は、胸元に忍ばせてある短い矢をつがえて、すくに放つ事が出来る。
羅刹女は覚悟を決める様に、自分の武器を握りしめた。
兵士に命じた二隊の伏兵が出発した直後。
小十郎は自らも、精鋭で固めた軍を率いて出陣していた。
隠している伏兵に気付かれぬ様、正面から派手に出たせいか、今平天大聖軍の殆どの兵が自分に向かって来ている。
この場である程度数を減らし、苦戦しているふりをしながら山間へ向かえば、平天大聖軍は必ず後を追って来るはずだ。
そうなれば、こちらのものである。
山間に平天大聖軍を連れ込めば、合図ひとつで潜ませた伏兵が、矢を浴びせる手筈になっている。
逃げられない様に、別の隊に車輛で小路を塞ぐよう指示も出してあった。
後は自分が動くだけ、失敗は有り得ない。
どうやら平天大聖の方で何か問題が起きたのか、軍の動きがぎこちない事も、一か八かの賭けに出た理由だった。
(何が起きたのかは知らないが、隙はつかせて貰いましょう)
今を逃せば、次の機会は訪れないと考えた方が良い。
平天大聖の包囲を抜け、政宗の元へ向かうなら、今しかないのだ。
小十郎は刀を振り上げ、斬り掛かって来る平天大聖兵を一文字に斬り捨てると、素早く辺りに視線を一周させた。
伊達軍の数は少なく、明らかに多勢に無勢だが、押されるどころか、逆に押しているのは、さすがの一言である。
四方八方から聞こえてくる鬨の声も、伊達軍の方が気力がありそうだ。
だが作戦上はあまり良くない。
この戦いは、伏兵の待つ山間に、平天大聖軍を誘き寄せる為の戦いだ。
誘き寄せる為には逃げ出さなければならないが、この状況で背中を見せても、罠だと自ら敵に知らせている様なものである。
(…やれやれ、我ながら頼もしい兵達ですね。少し苦戦して見せなければならないいうのに)
味方の頼もしさに苦笑しながら、小十郎は近くにいた武将に耳打ちした。
「そろそろ山間へ誘き寄せます。苦戦している様に見せて山間へ向かい、向こうに待機してる軍に伝えなさい」
「はい!!」
やっとだ!と言いたげに笑顔を見せて返事をすると、武将は馬を駆って戦場の中を走り去って行く。
(よし、後は…)
ここまで膳立てをしたのだ。
後は平天大聖軍を誘き寄せている隊と、山間に潜ませた弓隊に任せておいても大丈夫だろう。
いずれは自分も向かうが、今はまだやらなければならない事がある。
(魔王の女…見逃して行く訳にはいかない)
魔王に絶対の忠誠を誓った女だ。
放って置けば、後の脅威に繋がる可能性がある。
不安の芽は、先に摘んでおかなければならない。
小十郎は手綱を強く引いて馬の向きを変えると、伊達と平天大聖の両軍が向かう山間とは、別の方向へ馬を走らせた。
向かうは平天大聖軍の陣営。
そして狙うのは、平天大聖軍の現指揮官であり、平天大聖の妻である羅刹女一人だ。




