決死の賭け
「火焔…城…?」
ぼんやりと道真の言葉を鸚鵡返す。
火焔城と言えば、柚月もよく知っている西遊記に出てくる、炎に囲まれた山にある城だ。
どうりで暑いわけだ…、と空を見上げる。
どうやら空が真っ赤に見えるのは、朝焼けでも夕焼けでもないらしい。
(…日本最強の怨霊、菅原道真と妖怪の本拠地にいるなんてね…)
いくらゲームとは言えめちゃくちゃだ。
だが命の危機に陥っているのだという恐怖心もさることながら、今は好奇心の方が強い。
好奇心旺盛で、危ない事やくだらない事に首を突っ込むのは、柚月の悪い癖だ。
何しろ今回は、本当に命を落とすかも知れない。
大の怖がりな上、痛い事も大嫌いだが、柚月はこんな時いつも好奇心が勝ってしまうのだ。
だからこそ、この異世界で生きて来られたのかも知れないが、少し自重しなければ…と自分で思う。
「…で、私は何でここに連れて来られたの?」
今までずっと気になっていた、自分を拐った理由を問うと、道真は柚月の喉元から長刀を遠ざけた。
「怯えてはいねぇみてーだなぁ、最初に会った時の怯えた顔の方が好きだけどな」
お前なんかに好かれても嬉しくない…と思うが、前に同じ事を言ったな、と無視を決め込む。
だが道真は、気にもせずに話を続けた。
「さて…、お前を拐った理由…か」
そう言うと、道真はどうした物かと思案する様に空を見上げる。
「…まぁいいか。どうせ知った所で、死ぬんだしな」
こ憎たらしい言い方が癪に触るが、やっと自分がこんな目にあっている理由が分かると、柚月は道真の口元を見つめた。
「お前拐ったのは、…平天大聖の命令だから…。それから、独眼竜を誘き寄せてんのは俺の為だ」
「え!?」
腹をくくったせいか、あまり驚く事のなかった柚月だが、道真が言った「独眼竜」と言う言葉に顔色が変わってしまう。
道真も柚月の動揺に気付いたのか、愉しそうに口元を歪めた。
「お…?なんだよ。どうした?顔色が変わったじゃねぇか」
「政宗が…政宗が来てるの!?」
「残念。まだ来てねーよ、だがそろそろ…だろうな」
「誘き寄せた…って、どうして政宗を…」
「自分の事より、独眼竜が気になるか?どうせ二人とも死ぬんだから気にすんなよ、な?」
「……」
「奴が来なけりゃ、俺の本当の目的が果たされねぇからいいけどな」
「本当の…目的?」
何の話なんだと声に出すと、道真はそれには答えずに嬉しそうに笑う。
まだまだ聞きたい事はあったが、道真は柚月を連れてきた兵士に目を向けた。
兵士は何が言いたいのか分かったらしく、頷くと柚月の腕を掴んで立ち上がらせる。
言っても無駄な事が分かっており、何も言わないまま道真を睨み付けると、柚月はぐい。と兵士に腕を引かれ、道真に背中を向けた。
今度は何処に連れて行かれるのか分からないが、絶対に道真の思惑通りの展開になどさせないと、柚月は逃げ出す決意を新たに固めた。
投降した兵士から、平天大聖の本当の目的を聞き出した小十郎は、籠城する事をやめ、平天大聖軍の陣営を攻めていた。
平天大聖軍の目的が城を落とす事ではなく、柚月を生贄にするまでの時間稼であったからだ。
小十郎は今まで、まんまと道真の策略にはまっていた事になる。
平天大聖軍の半数以上は、米沢城の包囲に使っているはずであり、この包囲網さえ抜ければ、道真のいる火焔城へ行く事は容易い。
問題は、今平天大聖軍を指揮している羅刹女の存在だ。
たかが女と、侮れない相手である。
しかも、平天大聖軍は防御の陣に組み替えている。
この陣を抜けるのは、いくら伊達軍であろうと困難だ。
休まず攻撃を続け、隙を見付けるしかない。
だが高台にある櫓から戦の戦況を確認していた小十郎は、全く隙のない平天大聖の陣を見下ろしながら、腕を組んだ。
「…旗色が悪い」
完璧な防御陣である。
平天大聖軍も、そう易々と抜かせるつもりはないのだろう。
かと言って、小十郎とて素直に時間稼ぎを許すつもりはない。
小十郎は後ろに控えていた兵士を振り返った。
「援軍を出します」
「はい」
「先ずは、隊を二手に分けて山間に潜ませます。一手は平天大聖軍が現れた場合にそれに向かわせ、もう一手は車輛で小路をふさぐように」
「山間に伏兵…?な…何の為に…ですか?」
「私が一軍を率いて、山間に追い込みます」
「は…、え…えぇ!?」
「このまま時間を食う訳にはいきません。平天大聖の目的は時間稼ぎです」
まさかと驚く兵士を睨むと、兵士は困り顔で口を開いた。
「しかし小十郎様…、小十郎様まで城を空け…」
「何をしてるのです!事は急を要します!」
「は…はいッ!!」
一声怒鳴ると、兵士は飛び上がる程に焦りながら走り去った。
政宗が不在の今、自分までが城を抜ける事がどれだけ危険な行為かは分かっている。
だが一か八かの賭けに出なければ、この戦況を打破する事が難しい事もまた、よく分かっていた。




