火焔城
兵糧を取りに行っていた軍が投降した捕虜、そして捕らえた平天大聖軍の将を連れて城に戻って来たのは、平天大聖軍が陣を変えてから数日後の事だった。
奇妙な動きをする平天大聖軍の情報を得ようと、平天大聖の将と話をしたが、さすがに一軍の将ともなれば口が固い。
拷問しようと情に訴えようと、将は断固として何も話さなかった。
その忠心を汲み取り、将の首を落とした小十郎は、身体を埋葬した後、首を平天大聖軍へと送り返した。
そんな小十郎の元に部下がやって来たのは、日も落ちきった夜半の事だった。
相変わらず自室に戻ることなく、執務室で休んでいたせいか、全く抜けない疲れに溜め息を吐くと、襖の外から部下の声が聞こえてきた。
返事をすると遠慮がちに襖が開き、部下が食事を手に姿を見せる。
「失礼します、小十郎様。食事を持ってきました」
気を使っているのだろうか。
部下が持って来た食事は、戦の最中にしては豪華だ。
小十郎は有り難く思いながらも、首を横に振った。
「…貴重な兵糧です、私は結構。前戦で働いている貴方達が食べなさい」
「いえ、我らは重湯で十分ですから。それより小十郎様、最近何も食べてないのでは?このままじゃ、いつか倒れ…」
「いらぬ心配ですよ、それより何です?用はそれだけではないのでしょう?」
まさかこの忙しい中、食事を運ぶだけに時間や人員を割くとは思えない。
気を使っている部下の様子から、話をせずに戻ってしまいそうで、小十郎は自分から話を向けた。
すると部下は、一瞬きょとんとした間の抜けた顔をする。
「え?あ…はい、実はですね。投降した平天大聖兵に食事を持って行ったのですが、…小十郎様に話があるとか」
何故分かったのだろうと首を傾げながら話す部下に、小十郎は眉を寄せながら目を向ける。
「私に…?」
「はい。何の話かは分かりませんが、一応お耳に入れておいた方がいいかと…。私から伝えると言っても、指揮をとってる人間以外には話したくないそうなんです」
「…ほう」
よほど重大な話なのだろうか。
罠の可能性もあるが、平天大聖の情報なら、どんな些細な事でも、喉から手が出るほど欲しい。
例え罠でも、そこから何かしらの情報は得られるはずだ。
「分かりました、連れて来て下さい」
「今ですか?食事は…」
「必要ないと言ったでしょう。それは握って見張り番の者に食べさせてあげなさい」
「は…はい」
小十郎が心配なのか。不服そうな顔をしながらも、部下は投降兵を呼びに部屋を出て行った。
(…少しでも有益な話が聞ければいいが)
部下が出て行った廊下を見ながら、小十郎は深い息を吐いた。
柚月が荷台から降りた時、辺りは夕焼けなのか朝焼けなのか、真っ赤に彩られていた。
しかも真冬だというのに、ひどく暑い。
額から流れる汗がつぅ、と首筋をたどり、気持ち悪いことこの上ない。
結局、米沢城で拐われてから今まで、逃げ出す機会がなかったのだ。
数週間も荷台に閉じ込められていたせいで、身体が固まっていたと言うのも、理由の一つだ。
必要最低限の水や食料は与えられていたものの、体力はほとんど底をついている。
そんな中、訳も分からず、言われるままに荷台から外に出ると、視界がすこぶる悪い。
「歩け」
背中を刀の柄で押され、素直に歩くと、左右に平天大聖の兵が一人ずつ付いて歩き出す。
「ここ…どこ?」
ずっと薄暗い荷台の中にいたせいで、外の光が眩しい。
目を細めながら聞くと、平天大聖の兵は黙って歩けと言わんばかりに睨んでくる。
柚月は言い返さずに顔を逸らし、隠れて舌を鳴らした。
改めて辺りを見回すと、どうやら建物である事は間違いない様だ。
(…?)
思わず立ち止まってキョロキョロしていると、隣を歩いていた兵が苛ついた様に脇腹を叩いた。
「…いっ…た!」
痛みで睨むが、兵は無視して先に進めと顎で示し、柚月は鼻を鳴らして歩き出した。
何処に連れていくつもりなのかと思っていると、向かう先に石垣があり、その奥に櫓が見える。
その前に、櫓を見上げる様にして道真が立っていた。
(…あいつ…)
いないはずはないと分かってはいたが、実際に見ると恐怖より怒りで頭が沸騰しそうだ。
今すぐ引き返したいが、逃げる場所などなく、結局柚月は兵二人と共に道真の前までやって来た。
すると、兵の一人が柚月の膝裏を蹴る。
「…ッ!!」
衝撃で大地に膝をつくと、道真が柚月に視線を向けた。
兵士は道真に頭を下げると、柚月の首筋に刀を当てる。
「道真様の前だ、頭を下げろ」
「……」
逆らわずに頭を下げると、近付いてきた道真の足元が見えた。
お前の顔なんか見たくはないと俯いたまま黙っていると、道真の爪先が顎下に入りこみ、無理矢理に顔を上げられる。
憎らしい道真の顔を間近で見る事になり、唾を吐き捨ててやりたい気持ちを抑えていると、道真は演技がかった仕草でお辞儀をした。
「ようこそ伊達のお姫さん、…火焔城へ」




