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それぞれの思惑

一人になった小十郎は、ふと頭痛を感じてこめかみを押さえた。

数日前から、胃の痛みも感じる様になっている。


だからと言って、政宗が不在である今、倒れている暇はない。


政宗が柚月を連れて帰って来るまで、城を守らなければならないのだ。


不調を感じている場合ではない。

小十郎は深く息を吐くと、地図を見た。


(間に合うか…?)


間に合って貰わなければ困る。

戦に兵糧や武具は必須だ。

無くなるならまだしも、平天大聖軍へいてんたいせいぐんに奪われたら一気に形勢けいせいが不利になってしまう。


本当なら自分が行きたいのだが、指揮官である自分が行く訳にも行かない。


兵士達を信じ、無事に戻ってくるのを待つしかないのだ。











戦火せんかにまみれたを、政宗率いる軍勢が火焔城かえんじょうへ向かい、休まず走り続けていた。


数日の全力疾走で、体力の尽きた馬もいるだろうが、平天大聖の侵略により、ほぼ全ての村が焼かれおり馬を乗り替える事も出来ない。


政宗は馬の腹に蹴りを入れ、さらに速度を上げた。

馬が倒れたら、自分の足で走ってでも行くつもりだ。


今頃柚月はどうしているのか。

無事でいるのか、怪我などしていないか。

そう考えるだけで、焦りと不安がつのる。


生贄にしようとしている以上、殺される心配はないだろうが、柚月をさらったのは他でもない菅原道真すがわらみちざねだ。

急がなければならない。


だがいくら焦ったところで、馬の速さは限界であり、向こうも動いているだろう。


今こうして走っている道を、道真や柚月はどれくらい前に通ったのかすら分からない。


(…柚月…)


政宗は日の陰り始めた空に、今日もまた一日が終わると目を細めた。











夜のとばりが落ち、辺りが闇に染まった頃。

火焔城に向かっていた平天大聖軍は歩みをとめ、夜営やえいの準備を始めていた。


道真は真っ暗になった辺りを見渡してから、たまたま通り掛かった兵士に声を掛けた。


「ここに伏兵に絶好な盆地がある。明日の朝、出発する時に百くらい兵を隠れさせておけよ」


「…は?何故です?」


「あぁ?うるせぇな。言わなきゃわかんねーのか?追撃ついげきを食い止める為だよ」


「追撃…?伊達のですか?ですが、いま伊達は羅刹女らせつじょ様が包囲してらっしゃいますが…」


「いーや、来る。必ずな」


自信たっぷりにそう言うと、道真は低く笑う。

必ず来るはずだ。

何より大切なものを取り戻す為に、自ら殺されにやって来る。


問題は、一緒にこちらに向かっているであろう兵士達の存在だ。


道真が望む最後の舞台には、政宗だけが来ればいい。他は邪魔なのだ。

ならば排除するしかない。


「部隊の指揮はお前に任せるぜー。俺にも開戦が分かる様に、出撃時には火矢ひやを上げて、太鼓と笛を鳴らせろよ」


「分かりました」


「あ、それから…独眼竜だけは傷付けずに通せ。俺の大事な獲物だからな」


「は…はい…」


今から楽しみで仕方ない。

あの自信に満ちた顔が、醜くゆがむ様子を想像するだけで胸が高鳴ってしまうのだ。


(次に会う時が最後だぜ独眼竜、ぐっちゃぐちゃにしてやる)


あと少しで、全ての舞台が整う。

待ちきれない思いを表現するかの様に、道真は興奮で乾いた唇を舐めた。











平天大聖の軍が伊達の兵糧を奪いに出陣してから、ちょうど十日目。


羅刹女は落ち着かぬまま、兵糧庫へ向かった軍からの連絡を待っていた。

向かった将軍の口振りから、今日到着していなければおかしい。


だが何故か何の報告もないのだ。

失敗したのかと不安になるが、失敗だとしても連絡は来るだろう。


誰かに様子を見に行かせるべきかと思っていると、焦った様子の兵士が駆け寄ってきた。


「羅刹女様」


「何事?」


嫌な予感を感じながら振り返ると、兵士は頭を下げて口を開いた。


「報告します、伊達の兵糧庫に向かった軍が、逆に奇襲をかけられたそうです」


「…っ」


嫌な予感が当たった。

やはり行かせるべきではなかったのだ。


「状況は?」


「はい、夜営をしている所を襲われたそうで、被害は大きい様です。不利な状況を見て、逃げ出す兵も多いと…」


(しまった…)


羅刹女はぎり…と奥歯を噛み締めた。


逃げ出した兵士が伊達に降れば、こちらの情報が漏れてしまう。


「急いで助けに向かって。それから早馬を出して、救援が到着するまで陣を守り、迂闊うかつに動かない様に指示して」


「はい」


兵士が立ち去った後、羅刹女は溜め息を吐いて頭を振った。


貴重な兵を無駄にしてしまった事を知ったら、平天大聖はどう思うだろうと考えるだけで気分が滅入ってしまう。


(…このままじゃいけない、何とかしなければ…)


当初の目的である、柚月を拐う事は成功した。

後は、陰陽師の儀式が終わるまで、伊達を奥州へ閉じ込めておけば良いのだ。


だが下手に動いて、何か一つでも失敗すれば、それが致命的になる可能性がある。


今回の事もそうだ。

平天大聖の脱走兵が伊達に情報を渡してしまったら、伊達は何をしてくるか分からない。


今のところ、伊達はまだ平天大聖との決戦のつもりで動いているだろう。


だが平天大聖の目的が奥州を奪う事ではなく、ただの時間稼ぎだと気付かれたら、包囲している意味がなくなる。


この陣は攻める為の陣であり、防御には滅法めっぽう弱い。


もし伊達がこの包囲を抜けようとしたら、おそらく押さえられないだろう。


精鋭である菅原の軍は既に火焔城へ向かってしまった。

今のこの軍編成で何とかするしかない。


だが攻めるつもりがなかった為、兵糧は通常よりもかなり少ない。


この状況で包囲ではなく、戦を始める事になったら、間違いなく押されるだろう。


万一の為に、防御型の陣に組み替えておく必要がある。

事は急ぐと、羅刹女はきびすを返した。










政宗が城を出てから、小十郎は殆ど眠っていなかった。


いつ何が起こるか分からない状況であり、政宗の不在は確かに小十郎に心労を与えているのだ。


ついさっき聞いた報告によれば、相変わらず平天大聖に動きはないらしい。

城内の見回りも一通り済んでいる。


(今のうちに、仮眠をとっておくか…)


休めるうちに少しでも休んでおかなければ、睡眠不足は思考力を低下させる。


そう思い、自室に向かおうとすると、背後から声を掛けられた。


「…?何かありましたか?」


「はい、兵糧庫に向かった軍から報告が来ました」


そう言うと、兵士は「こちらを…」と言って手紙を出した。


何か問題でも起きたかと手紙を開いた小十郎は、書かれている内容に口角を上げた。


夜襲に成功した事と、壊滅的かいめつてき打撃だげきを与えた事。

そして、状況を悟った脱走兵が次々と投降して来ている事だった。


「投降してくる者は、全て受け入れるよう伝えなさい」


「はい、あと…あの…小十郎様…」


「はい?」


おずおずと声を掛けてくる兵士を見返すと、兵士は言いにくそうに声を小さくした。


「その…柚月様は無事でしょうか。拐われてから、もうずいぶん経ちますが…」


一瞬、自分の心の中が見透かされた様で、嫌な気持ちになる。

小十郎は表情を気取られない様に背中を向けた。


「…柚月様の救出には政宗様が直々に向かっています。余計な心配はせずに持ち場に戻り、自分の仕事をなさい」


「は…はい」


余計な事を言ってしまった、と立ち去る兵士の後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた小十郎は、壁に寄り掛かって息を吐いた。



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