竜の焦り
柚月が道真によって連れ去られた後。
米沢城を囲む平天大聖の陣営に、羅刹女の姿があった。
羅刹女は櫓の上で、米沢城を見下ろしていた。
その表情は戦に勇んでいたが、目には悲しげな色が見える。
(この戦にどんな意味があるの…)
羅刹女の心に悲哀を落としているのは、道真と息子である紅孩児が捕らえた娘の姿だった。
まだ年端もいかない、子供と言っても過言ではない娘を、戦に巻き込む事が、羅刹女にとっては悲しくもあり、情けなくもあったのだ。
だが主である平天大聖の言葉には逆らえず、また逆らうつもりもない。
矛盾する気持ちの収め方が分からず、羅刹女は悲しげに目を閉じた。
(駄目、弱気になっては…牛魔王様が天下統一を果たせば、無意味な戦はなくなるのだから…)
自分自身を納得させる様に胸に手をあて、目を開ける。
眼下には、当初に築かせてあった砦がある。
今はこの砦を守り、伊達の軍を表に出さない様にする事だけを考えれば良いのだ。
いくら勇猛果敢な伊達軍といえど、こちらの軍は規模が違う。
(早く伊達を滅ぼせば、その分流れる血も少なくなる)
そんな事を考えていると、背後から声を掛けられる。
「羅刹女様」
「…?」
振り返ると、一人の武将が櫓を上がってきた所だった。
「ご報告致します。伊達に動きはなく、こちらの様子を窺っている様です」
「そう…、少しは攻めないと、罠だと気付かれそうね。城を見張っている陣営はどうなっているの?」
「はッ、ご命令あらば、いつでも動ける様、待機しております。攻めますか?」
「正面攻撃は無駄ね。地形は?」
辺りを見回しながらそう言うと、武将は頷いて懐から地図を取り出した。
「ご覧ください、この左手の山ですが、ここに小路があります。付近の農民が使う小路だそうです」
「何処へ続いているの?」
「米沢城の裏手に続いています。どうやら伊達軍の兵糧庫がある様で、出入りが頻繁です」
地図を見ると、なるほど確かに米沢城のすぐ裏手に続いている様だ。
だがそうなると、伊達がそこに気付いていないとは到底思えない。
ここは伊達領なのだ。
命綱とも言える兵糧庫は、一番厳重な守りになっているだろう。
羅刹女がそう言うと、武将は「だからこそ裏をかけるのです」と地図を叩いた。
「まさかここから真裏にある兵糧庫を攻めるとは、夢にも思わないでしょう。十日ほどで裏に回れます。私に一軍をお与え下さいませんか」
「そう、任せるわ。気付かれない様に少数の軍隊で行きなさい」
あまり気は進まないが、言っている事も一理ある。
そう言って頷くと、兵士は頭を下げた。
「有り難きお言葉、兵は八百あれば十分です。お任せください」
「こちらも陣変えをする」
「はっ…」
短く返事をし、慇懃に頭を下げて去っていった武将を見送ると、羅刹女は再び米沢城を見やった。
数里先にあるとはいえ、地形上、伊達の動きは手に取る様に分かる。
失敗はあり得ない。
ここで必ず伊達を潰すのだ。
羅刹女が部下に米沢城攻めを任せていた頃。
小十郎は執務室で政宗と睨み合っていた。
ほぼ城を包囲され、いつ攻め込まれるか分からない状況に、政宗が短気を起こしていたからだ。
「敵はこちらの動きが手に取る様に分かっている、いつ手薄の場所を襲われるか分からねぇんだぞ」
「分かっております、ですが向こうにも策がありましょう。やたらと動いては危険です」
「だったらどうするんだよ!このまま睨み合ってろとでも言うのか!!」
「政宗様、どうな冷静に。こうまで城を包囲し、それでも動かないのには理由があるはず。先ずは様子を見に行かせた斥候が戻るのを待つべきです」
「臆病風に吹かれたんじゃないだろうな、小十郎」
「心にもない事を申されますな。私の気持ちは、常に貴方と同じです。貴方にもお分かりのはず」
「だったら何故軍を出さねぇ」
「分からないからです」
「…分からない?」
「平天大聖の目的です、今の状況は限りなく平天大聖に有利、だが討って出る気配を見せないのは、何か思惑があるのでしょう。下手に軍は動かせません」
「……」
ぐうの音も出ないのか、政宗は苛ついた様に舌を鳴らして部屋を出て行った。
小十郎はそんな政宗を黙って見送り、息を吐く。
(…柚月様の事が気になっておられる様だ)
立場上、言葉には出さないが、今すぐにでも柚月を探しに行きたいのだろう。
今何処にいて、どんな状況なのか、まるで分からないのだから当然だ。
小十郎とて、こうして戦の事に頭を悩ませながらも柚月の事を気にしている。
政宗からすれば、心配で気が気ではないはずだ。
(今の政宗様に戦に集中しろと言っても無駄か…、だとすれば…)
小十郎は地図に視線を移動させると、どうしたものかと目を伏せた。




