廃坑の危機
「相変わらず、じっとしてられねぇ女だなてめえは。長生き出来ねーぞ?」
首にぴたりと当てられた刀が小さく動き、首筋に鋭い痛みが走る。
道真から目を逸らさずに首筋に手をやると、ぬるりと生暖かい血が手を濡らした。
だが意外にもその血を見ると、焦りと不安が落ち着き、柚月は息を吐いて目を閉じた。
(…冷静に冷静に…、こんな脅しなんて何回も聞けば慣れる。こいつに私は殺せない)
殺すつもりだったのなら、もう自分はとっくに死んでいるはず。
何度も命を狙われて尚、こうして生きているという事は、道真に殺す意思はないという事だ。
ただの脅しと分かっているなら、怖がる必要はない。
多少は痛い目に遭うかも知れないが、そんなものは今さらだ。
柚月は目を開けると、首筋に当てられている刀を片手で押し退けた。
すると、道真は一瞬だけ眉をひそめる。
「態度が変わったな」
怖がり、泣き叫ばない事が不満なのか、道真は落胆した様に刀をおろす。
「まぁいいや」
そう言うと、道真は柚月の腕を掴み、背中側に捻り上げた。
「…いたた…!!」
痛みに顔を歪めて道真を睨むと、一緒にいた兵士が困った様に道真と柚月の顔を見比べた。
道真はそんな兵士を一瞥すると、柚月の腕をさらに捻る。
「お前は戻って良いぞ。俺はこの餓鬼を連れて行くからな」
痛みで身体が動かせぬまま、首だけを道真に向けると、兵士は少し目を泳がせた後、頭を下げて去って行く。
「離してよ!!」
「離したら逃げんだろうが」
「当たり前じゃん!!」
兵士が向かった方向で、ある程度は出入口が想像出来る。
だが逃げるには、この男が邪魔なのだ。
「なんで大人しくしてられねぇかなぁ。自殺願望でもあんのか?」
「殺そうとしてんのはアンタでしょ!」
大嫌いなこの男を見ているだけで、既に寿命は縮んでいる気さえする。
触られている事がおぞましく、痛みを堪えて暴れると、道真は柚月を剥き出しの大地へ押し付ける様に押し倒した。
「…ッ!」
顔から押し倒されたせいで、小さな砂利が頬に刺さり、ゴリゴリと嫌な感触を感じる。
「そんなに死にてぇのか?」
「殺せないくせに!!」
冷たく脅す様な言葉に強気で答えると、道真は「へぇ?」と舌なめずりして見せた。
愉しそうなその顔にリアルに吐き気を感じ、柚月は小さく嗚咽を漏らして道真を睨む。
「殺せるもんなら殺してみせなよ」
「意外と馬鹿じゃねぇんだな」
「……ッ」
体重を掛ける様に押さえ込まれ、息苦しさに暴れるが、道真の身体はびくともしない。
頬に刺さる砂利の痛みに堪えられず、少しだけ顔をずらすと、道真は柚月の耳元に顔を寄せて来た。
「確かに殺す事は出来ねーけどよ、少ぉーし痛い目を見てみるか?このまま腕を折ったって死なねーぞ?」
「…!!」
「骨の折れる激痛…味わった事あるか?」
そう呟いた道真の声は冷たく、脅しではない事がひしひしと伝わってくる。
柚月は捻り上げられている腕に力を込めた。
「無駄だって。暴れれば痛みが増すだけだぞ?」
実際、道真の言う様に痛みは増しており、みしみしと骨の軋む音が聞こえて来そうだ。
柚月は痛みのせいで、うまく働かない頭を振った。
腕を捻る道真の力は、手加減どころか増していき、骨が悲鳴をあげ始める。
あとほんの少し、道真が柚月の腕に体重を乗せれば、骨は簡単に折れるだろう。
柚月は逃げられない事を悟り、諦めて腕に込めていた力を緩めた。
激痛に泣き叫び、許しを懇願するつもりは毛頭ない。
こんな男に命を握られているのは悔しいが、命乞いするほど恥知らずでもなかった。
やるならやれ、足でないだけましだ。
そう覚悟を決めた時、道真は何を考えたのか、柚月の腕を離した。
「?」
この男に人を思いやる気持ちがあるとは思えない、何の気紛れなのかと身体を起こすと、その身体は再び大地に押し倒された。
「…なッ?」
強引に仰臥され、その上に馬乗りに覆い被さってくる道真の顔が近付いてくる。
展開に付いていけない頭で、道真を見つめていると、道真は厭らしく唇を舐めた。
「気が強ぇな、速攻で泣き叫んで、命乞いをしてくれると思ったんだが…」
からかっているかの様な言葉に無言で答えると、道真は満足そうに頷いた。
「面白い、嫌でも泣かせてやるよ」
そう言うと、道真は柚月の着物に手を伸ばし、袷に指先を掛けた。
「…!!」
腕を折られる以上の危険を感じる。
柚月はとっさに道真の手を払おうとするが、道真は柚月の手を無視し、一気に着物を引き裂いた。
「な…ッ?何を…」
「肉体の苦痛より、精神的な屈辱の方がお好みみたいだからな」
そう言った道真に身の毛が総毛立つ。
逃げなければと思うのに、まるで蛇に睨まれた蛙の様に身体に力が入らない。
「触るな、触んなよ!!」
「下品な女だ…、もう少し色気のある事は言えねーのかよ?」
そう言って首を振ると、道真は柚月の首に指を這わせてくる。
「へぇ、綺麗な肌だな。首も細くて無性に折りたくなる…」
そう言いながら、肌の質感を楽しむ様に指先で首筋をなぞる。
(気持ち悪い…助けて政宗…)
来ない事は分かっているのに、政宗の名前を叫んでしまいそうになる。
込み上げる涙と嗚咽を堪えていると、首筋を撫でていた指先が止まり、道真は柚月の首を両手で掴んだ。
「やめ…」
首を絞められる。
暴れだそうと上半身を起こすと、道真は柚月の両腕を掴み、再び大地へ戻した。
「大人しくしてろよ、落ちる瞬間って気持ち良いんだぜ?」
「落ちるだけじゃなくて、死んだらどうすんのよ!?」
押さえられている腕を振り払おうと暴れながら怒鳴ると、道真は大袈裟に肩を竦めて見せた。
「そんなヘマしねーよ。落とすだけだ、落とすだけ」
そう、簡単な事の様に言う道真にゾッとする。
とっさに目を逸らすと、道真はニィと口角を上げた。
「それにしてもお前…生娘じゃねーんだな。いつも独眼竜がお前をどうやって可愛がってるのか、身体を見ると分かるぜ?」
「触んないでってば!!」
そう叫んだ所で、見逃して貰えるはずもなく、道真は柚月を無視して首を掴んでいる手に力を入れた。
「ぐ…ッ!!」
「そうそうその顔だよ!その屈辱に歪んだ顔!!」
「ぅ…ぐ…!!」
体重を乗せて首を絞められ、柚月は意識が朦朧とするのを感じる。
(苦しい…空気…、息が…)
目の前の道真の姿が遠のいていく。
柚月がそのまま意識を手放そうとした時、腹部に鋭い痛みを感じる。
「…ッ?」
激痛に視線を腹部へ移動させると、鳩尾に道真の拳がめり込んでおり、柚月は胃の奥から込み上げてくる吐瀉物を吐き出した。
「ぅ…ごぇ…」
胃の中には何も入っておらず、出てくるのは胃液のみである。
だが堪え切れずに何度も吐いていると、再び道真の拳が腹部に叩き込まれた。
その瞬間、視界が反転し、ぐるりと白眼をむいているのが自分で分かる。
意識を失ってはいけない、そう理解しているのに、遠くなっていく意識を保つ事が出来ず、今度こそ柚月は声もあげずに意識を失った。




