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嘲笑う死神

何処が一番崩れやすいかとあちこち触ると、ぼろぼろと腐った木の破片が床に落ちる。


(やっぱりもろい)


こんな湿った地下にずっとあったのだ、ちて当然だろう。


崩れ掛けた木板の中央を手のひらで触ると、グチュ…と指が中に入り込む。


すると、指先に得体の知れない何かが触れ、柚月は慌てて手を抜いた。


「うわ…!!虫!?キモッ!!」


どうやら木板の中は、小さな虫達の住処すみかになっている様だ。


指先には潰れた虫がこびり付いており、柚月は不快に顔をゆがめながら手を振って虫の死骸しがいを振り飛ばす。


「嫌になっちゃう…あまり中には触らない方がいいな」


簡単かと思えた作業だが、虫を避けていたせいで、思ったより時間をくってしまった。


全ての木板を外すと、ぽっかりと大きな穴の全貌ぜんぼうが見える。


上半身だけを穴の中に入れ、深さや広さを見ようとするが、意外と広いらしく、閉塞感へいそくかんを感じない。


(部屋…みたいだけど、何処に続いてるんだろ…)


逡巡しながら、背中を振り返る。


(…こんな所で待ってたって、助けなんか来るはずない)


地下牢に戻った所で、他に抜け道は見付からないだろう。


だったら、一か八かだが、この穴の中を進んだ方が道が拓けるかも知れない。

例え行き止まりでも、行動を起こさないよりマシだ。


今までだって、命の危険はあった。

それでもこうして生きているのは、行動したからこそだ。


柚月は両手で頬を叩くと、勇気を出して穴の中に身体を滑り込ませる。


相変わらず真っ暗で、よく見えないが、中は十畳ほどの広さがあるだろうか。


さっきまでいた地下牢と同じく、人の手が入っている。


四方八方しほうはっぽうの土壁は、崩れない様に固められており、ただ掘っただけの地下牢より頑丈だ。


部屋に降りてみると、腰をかがめずとも、真っ直ぐに立てる事から、高さもありそうだ。


(何の為の部屋なんだろ…)


視界が悪い分、周りの物音や気配に気を付けながら、見て回ると、塞がれていない穴が見える。


柚月は穴に近付くと、中を覗き込んだ。


(…また穴、何なんだろうここ…。それにさっきまでと違って、崩れない様に穴が補強してある。何だか穴って言うより出入口みたいな…)


穴の中は狭く、部屋ではなく通路の様だ。

地上に戻る為の階段を期待していた柚月は舌を鳴らしながら、頭を掻いた。


(人の気配はなし…、行ってみるしかないか)


誰がいつ様子を見に来るか分からない。

迷っている暇はないのだ。









夕闇迫る黄昏時たそがれどき

道真は何をする訳でもなく、赤く染まる空を見上げていた。


空も大地も人も何もかもが、血を連想させる様な赤に染まる夕暮れは、道真の好きな時間帯だ。


陣営の為、辺りから聞こえてくる兵士達の声を遮断しゃだんする様に、耳を澄ませながら目を閉じる。


思い返すのは、政宗と対峙していた時の事だ。


既に種はまいた。

後は待つだけだ。


来るかどうかは賭けに近いはずなのに、来ると確信出来るのは、それだけの根拠があるからだ。


何故なら、あの男が何より大切にしている"モノ"を、今自分が持っている。


道真は期待と興奮が抑えきれない様に高々と笑い出した。









狭かったのは、ほんの数メートルほどだった。

奥に進むほど天井が低くなり、カニの様な格好で歩き出した直後、見渡せない程に広い場所へ出た。

柚月は穴から這い出ると、辺りを見回した。


「ここ…坑道こうどう?」


もう何年も前に廃坑はいこうになっているらしく、所々朽ちてはいるが、等間隔で松明があり中は明るい。


(そっか…、廃坑に繋がってたんだ…。それに明かりがあるって事は、廃坑になった後も人の出入りがあるって事だよね)


こんな場所に出入りするとなると、平天大聖の人間だろうか。

何にせよ、鉢合わせしない様に気を付けなければならない。


「広い…何を採掘さいくつしてたんだろ」


残っているのはくわなたなど、農具関係のみで、採掘していたと思われる物は見当たらない。


何より廃坑の中はかなり広く、地上へ戻る道が全く分からないのが問題だ。


坑道の中は複雑であり、奥まで入れば、下手をすると二度と戻って来られない可能性もある。


(階段みたいなものがあれば分かりやすいのに…)


やみくもに歩き回った所で、出口など見付かるはずがない。


諦めて、一度戻ろうかと思った時。

複数の足音が聞こえて来た。


足音だけではない、何かを話す声も聞こえて来る。


(誰か来る…隠れなきゃ)


一瞬、逃げ出そうとも思ったが、近付いてくる足音は、ここから脱出する為の貴重な情報である。


例え敵だろうと、人の出入りが分かれば、出口も分かるというものだ。


足音の主達がここから出る時に、後をつければ地上に出られるかも知れない。


柚月は近くにあった通路の影に身を隠すと、足音が近付いてくるのを待った。


(さっきのお姉さんだといいんだけど…)


淡い期待を抱きながら、足音が聞こえる方向へ目を凝らす。


そんな柚月の目に飛び込んで来たのは、平天大聖の武将らしき男と、一番会いたくなかった道真の姿だった。


慌てて通路の奥へ身体を隠す。


(…よりにもよって…)


あの男とは、よほど縁があるのだろうか。


地下牢から逃げ出した事がバレて、探しに来たのかとも思ったが、どうやら違うらしく、話の内容は柚月とは関係ない事の様だ。


一言一句聞き漏らさぬ様に、耳に全神経を集中させると、断片的にだが、会話が聞こえて来た。


「…を頼むぜ?俺は先…火焔城に…」


(火焔城?火焔城って…西遊記の?)


今ここで、火焔城の名を聞くとは思わなかった。


(そうだ…道真と一緒にいた男の子…、そう言えば紅孩児って西遊記に出てくる牛魔王ぎゅうまおうの息子の名前じゃない?)


と言う事は、紅孩児が父様と呼んでいる平天大聖とは、牛魔王の事か。と柚月は合点が言ったように頷く。


(それに道真…先に火焔城にって事は、あいつはここから居なくなる?)


この場さえ何とか切り抜ければ、脱出の機会はありそうだ。

ここは一度、地下牢まで戻り、道真が居なくなるのを待つ方が無難かも知れない。


(他に何か情報は…)


この二人の会話は、自分の身の安全に直結する。

どんな小さな事でも、知っておくべきだ。


目を閉じ、聞こえて来る声だけに意識を集中させる。


「あの……は、殺され…で……、俺が居なくなった……は任せ…やるべき事は……よな?」


歩きながら話しているのか、足音が混ざって上手く聞き取る事が出来ない。


(殺されたって聞こえた気がするけど…誰の事?)


途切れ途切れだが、聞こえる内容をまとめるに、政宗や小十郎でない事は確かな様だ。


「わかってんな?片倉の奴を奥州から出すんじゃねぇぞ」


ようやく、二人は足を止めたのか、はっきりと会話が聞こえてくる。


(…小十郎さん?何で政宗じゃなくて小十郎さんの話をしてるの…)


確かに小十郎も敵だろうが、道真が狙っているのは政宗ではないのか。


柚月は話の続きを聞こうと、耳に集中する為に閉じていた目を開けた。


(…話してる相手は一般兵じゃなさそうだけど…。…ッ!)


会話相手の姿を確認しておこうと、少しだけ通路から身を乗り出した柚月は、道真までの距離が異様に近い事に気付き、素早く身を引いた。


(ヤバ…ッ!近…ッ!!)


ちょっとした衣擦きぬずれの音や、鼻息さえ聞こえてしまいそうな距離である。


(…会話に集中しすぎて気付かなかった…!!)


今思えば、だんだん会話が聞き取りやすくなっていた。

近付いているのだと、もっと早く気付くべきだった。


(この距離じゃ動けない、二人が先に出るのを待つしか…)


今回、道真が居なくなる事は分かったのだ。

焦る必要はない。

そう自分を落ち着けると、再び道真の声が聞こえて来た。


「んじゃ俺は行くぜ、急いで火焔城に行かねぇとな。…それから、そこに隠れている餓鬼がき


「!!」


心臓が止まりそうに驚く。

いつからバレていたのか、道真の口振りははったりではなく、柚月が隠れている事が、間違いなく分かっている。


(や…やばい…)


既にバレているなら、息を潜めて隠れている意味はない。

すぐに逃げなければ。


そう思い、走り出そうとした時。

今までにも何度も首筋に当てられた、道真の長刀が目の前で光る。


刀の刃先から視線をつかまで動かすと、道真の冷たい笑顔が柚月を見下ろしていた。



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