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光を求めて

小十郎が執務室で頭を抱えていた頃。

政宗は布団から抜け出し、庭に出ていた。


凄惨せいさんな夜から数日が過ぎ、太陽は何事もなかったかの様に空に浮かんでいる。


だがあの夜の傷痕きずあとはまだはっきりと、その名残なごりを残していた。

壁や床や柱に生々しく刻まれた刀傷や、あちこちに染み込んだ血。

壊れた家具や襖や障子。


今頃、兵舎の方では傷を負った兵達が、怪我をした身体に鞭打ちながら働いている事だろう。


既に誰も居なくなった離れなど、最早想像すらしたくない。

政宗はふぅ…と息を吐くと、胸に手を当てた。

胃の痛みが全く引かず、むしろ強くなっている様だ。


疲れが溜まっていたせいもあるだろうが、体力が回復する兆しがない。


(…やれやれだな、のんびりしてる暇はねえってのに)


昨夜、道真の言葉を思い返してから、政宗はずっと火焔城かえんじょうの事を考えていた。


政宗の治める国からさほど離れていない山々のさらに奥。

そこに、常に消える事のない炎に囲まれて、誰も寄せ付けない城がある。


山そのものが炎で出来ているかのように山全体が炎に包まれており、その火焔城こそが平天大聖牛魔王の住む城だと言われていた。


燃えさかる山の炎を消すには、平天大聖の妻である羅刹女らせつじょの持つ芭蕉扇ばしょうせんを使うしかないと言われているが、実際には抜け道があるだろうと思われる。


実際に道真や紅孩児が城を出入りしているが、火焔城の炎が消えた瞬間を誰一人として、見た事がないからだ。


火焔城まで行けば、必ず何処かに出入りする為の入り口があるはず。

今すぐにでも向かいたいが、平天大聖の大軍に囲まれている以上、それは難しい。


だがそれは、軍を率いて向かう事が前提であり、政宗単身なら、さほど困難ではない。


問題はこの現状で、自分の目的を優先させる事の危険性が高すぎる事だ。


一国の主が、領地や民を見捨て、戦の真っ最中である自領じりょうから、抜ける訳にはいかない。


冷静に考えれば、個人の決着よりも戦の勝利を優先させるべきである。


そう頭では分かっているのに、心が納得しないというのは、いつもの事だが、今回は状況が状況だ。


下手をすれば、負け戦になってしまう。


政宗はまだ本調子ではない身体に力を入れると、縁側に立て掛けてあった竹刀を手に取った。










薄暗い地下牢の中、柚月はぼんやりと水が滴り落ちる天井を見上げていた。


どれくらい閉じ込められているのか、時間の経過は分からないが、夜が明けただろうくらいは分かる。


あれから、羅刹女らせつじょと呼ばれた女は勿論もちろんの事、道真はおろか誰も姿を見せない。


人の気配を全く感じない事から、どうやら見張りすらいないらしい。


だが道真が立ち去った後にやって来た兵士により、唯一の出入口であった穴は頑丈に塞がれてしまっていた。


この八方塞がりの状態で柚月が出来るのは、次に誰かがやって来るのを待つ事だけだ。


(今は何時なんだろう、政宗は無事かな…)



今の自分の状況以上に、外の状況が分からない事が不安をあおっている。


政宗の事が気掛かりだが、自分が心配する様な相手ではない。


(それにしても暗い…地下じゃ仕方ないけど、せめてもう少し明るければ…)


ずっと暗闇にいたせいで、目は闇に慣れてはいたが、それでも辺りが視認しにん出来る程ではない。


少し前の自分なら、暗く不気味な場所に閉じ込められているというだけで、気が気じゃなかったかも知れないが、慣れというのは恐ろしいものだ。


この世界に来たばかりの頃の幽霊騒ぎを思い出し、柚月は溜め息を吐きながら目を閉じた。

すると、出入口とは反対の方から、何かが動く音が聞こえた。


噂をすれば影とはよく言ったもので、まさか幽霊でも現れたのかと目を開ける。


「今のは…?」


音のした方へ、つんいで近付くと、手の上を何かが通り過ぎる。


「わひゃあ!!」


すっとんきょうな悲鳴をあげて手を上げると、そこには二つの光る目。

柚月はまたたきを繰り返しながら、その目を見下ろした。


「ね…ねずみ?」


間違えようもない。

大して珍しくもないハツカネズミがそこにいた。


「…え?お前…何処から…」


さっきまでは、確実にいなかったはずだ。


だとしたら、何処か外に通じる穴か何かがあり、そこから入って来たとしか考えられない。


目を凝らし、抜け穴を探して地下牢を見回すと、ネズミはチチッと高く鳴き、無意識に避けていた木樽の方へ走り出した。


そして一瞬のうちに、木樽の裏へ姿を消す。


「…まさか」


本当なら、近付きたくもないが、鼻を摘まんで木樽に歩み寄ると、空気の流れを感じる。


「…風が吹いてる!!」


こんな糞尿が溜まった樽など、いつもならば絶対に触らないが、今は命が懸かっている。


汚いだの臭いだの、甘い事は言っていられない。

なるべく中を見ない様に気を付けながら、木樽をゆっくりと動かす。


間違えて倒そうものなら、中から汚物おぶつが溢れて来るだろう。


(…ってか重い…ッ!どんだけクソが入ってるワケ!?)


重さは元より、鼻をつく悪臭で吐き気がする。

それに、アンモニアが目にみて涙も出そうだ。


「ぅん…しょッ!!」


あまり音を立てない様に、ゆっくりと木樽を全て移動させると、そこには、出入口と同じ様な穴が空いている。


「あった…穴だ」


出入口と同じく、木板が打ち込まれているが、随分と古いらしく、湿って腐った木板は少し叩けば崩れそうだ。


(…糞尿ふんにょうを捨てる穴かな、外に繋がってるといいんだけど)


耳を近付けて、奥の様子を探るが、風の音しか聞こえない。


だがこの風の音こそ、この奥が行き止まりではない事を示している。


柚月は覚悟を決めると、慎重に木板をがし始めた。



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