疼く傷痕
結局、あれから柚月の姿はついぞ見つけられず、政宗は小十郎と顔を付き合わせていた。
目の前で柚月を拐われたという小十郎は、今にも腹を切りそうな程に自責の念に駈られていたが、政宗もそもそも柚月を一人にしたのは自分だという後悔で、小十郎を責める資格はないと唇を噛む。
「政宗様、申し訳ありません。柚月様は私の命に代えても必ず…」
「冷静になれよ小十郎、お前らしくねぇぞ」
自分に言い聞かせる様に呟くと、小十郎はこれ以上ない程に頭を下げる。
そう、今は怒り狂い冷静さを失っている場合ではない。
道真は柚月を生贄だと言っていた。
深呼吸を繰り返し、道真の言葉の一言一句を思い返す。
(生贄…、指輪の元の持ち主の命を以て、指輪の力はさらに強くなる…)
陰陽師が生贄として柚月を拐う様に示唆したとするならば、何らかの儀式に則った上で柚月を使うはずだ。
陰陽道は陰陽五行説を起源とした呪術であり、天文や占術等を使う。
道真の言っていた儀式も吉凶を占った上で、時期を決めるだろう。
だとすれば、柚月はまだ首の皮が繋がっている。
政宗の希望的な予測だが、今すぐに命を奪われる心配はないだろう。
なら今は無闇に動くより、冷静に柚月を奪い返す方法を考えるべきだ。
何より、考えなければならないのは、進軍中の平天大聖軍である。
直ぐ近くまで迫って来ている平天大聖の軍勢に対し、現在の伊達は大打撃を受けた状態だった。
優先すべきは、柚月の身を案ずる事ではなく、この状況の打開策を考える事だ。
「被害はどれくらいなんだ?」
先ずは状況を把握しなければと聞くと、小十郎は苦虫を噛み潰した様な顔で、切れ長の目を伏せた。
「城に詰めていた兵達は無事ですが、離れに詰めていた兵は全滅かと」
「……」
小十郎の返事を聞き、脳裏に「政宗様」と笑顔を向けてくる兵達の顔が甦る。
「菅原…道真」
ギリ…と軋む程に歯を噛み締める。
奴によって、理不尽に奪われた命を忘れてはならない。
この城中に充満する、血と臓物の臭いも。
目を背けたくなる地獄絵図も。
悲しみ、うちひしがれるのではなく、立ち上がる為の怒りに変えるのだ。
柚月を拐い、家族同様である兵や国の人間の命を奪った代償は、奴の命で必ず払わせる。
でなければ、死んでいった者達に合わせる顔がない。
「小十郎、…死んだ奴等を丁重に弔ってやってくれ。魂が…迷わず浄土へいける様に」
「承知致しました、…必ず」
短く返事をし、一礼して去って行った小十郎の背中を見送ると、刀を仕舞って庭に出た。
外に出ると、幾分か血の臭いが風に流されて薄くなっている。
(…柚月…何処にいる?)
明け方近いのか、朝焼けが始まった空を見上げながら柚月を思う。
出来る事なら、今すぐ探しに行きたい。
無事な姿を見なければ、不安で呼吸もままならない。
(何処へ連れて行った…、何処だ…)
そう、答えなど分かるはずもないのに、柚月の居場所に考えを巡らせた瞬間。
政宗は道真の言葉を思い出し、眉をひそめた。
(…火焔城?)
そうだ、道真は火焔城で会おうと言っていた。
(…来いって事か?)
今思えば、道真は刀を交えている間、ずっと何かを待っていた様に思える。
目的は間違いなく柚月を拐う事だろう。
最初から、道真には政宗と決着をつけるつもりはなかったのだ。
(俺は足止めされていただけか)
今更だが、自分の愚かさにヘドが出る。
足止めが目的だった道真の挑発に、自分は自ら乗ってしまったのだ。
(上等だ、この借りは必ず返す)
あの時、火焔城と言ったのが、本当に来いと言う事なら、政宗からしてみれば乗らざるを得ない。
安い挑発だが、自尊心を傷つけられたまま済ませる訳にはいかないからだ。
「火焔城…」
今度は、声に出して呟いてみる。
菅原道真という男は、純粋に人を殺す事、戦う事、命のやり取りをする事を歓びとしている。
面倒な策を労する事はしないはずだ。
道真は間違いなく、火焔城で政宗を待っている。
狂喜という名の刃を研ぎながら、この首を欲しがっている。
(いい度胸だ、行ってやろうじゃねえか)
柚月の事も気掛かりだが、道真に一矢報いてやらねばならない。
道真の言葉を思い返しながら、朝焼けに染まった空を見上げて目を閉じる。
その瞬間。
視界が暗転し、政宗はぐらりとよろめいた。
刀を杖の代わりにして片膝をつくが、上下左右が分からなくなる程の目眩と吐き気に襲われる。
「ッ…?」
思わず口元を押さえて頭を振る。
だが込み上げる嘔吐感に堪えられず、政宗はその場に吐瀉物を吐き出した。
直後、何処からか聞こえてくる小十郎の声を最後に、意識を失った。




