死ぬ覚悟
「やはり子供ですね…貴方は今まで何人殺してきましたか?自分は山ほど殺しておいて、自分は殺されないなど、本当に思っているのですか?」
あくまでも刀は紅孩児の首にあてたままそう言うと、紅孩児は不機嫌そうに唇を突き出した。
「…何だよ、僕に説教するの?」
「人の命を奪う以上、自分の命を奪われる事も受け入れる…それが覚悟というものです」
「覚悟?」
「そうです、この戦国では誰もが持つべき覚悟。特に戦に出るのなら、いつ死んでもおかしくはありません。その覚悟もなく、散々殺して来たのなら、例え子供だろうと私は貴方を許す訳にはいきません」
「な…許さないって何だよ、脅すの?」
訥々と話す小十郎の言葉に気圧されたのか、紅孩児の肩が震えるのが分かる。
小十郎は腕に力を込め、刀をさらに紅孩児の首に押し付けると、少しだけ動かした。
「…ッ!」
細い首筋からは血が滲み、紅孩児の身体が目に見えてガクガクと震え出す。
「貴方が殺してきたのは兵士ばかりではない。毎日生きる事に精一杯だった村人も殺したでしょう。その村人達に死ぬ理由があったのか、死ぬ覚悟があったのか…」
「の…農民なんか殺しても良いんだ!父様がそう言ったんだから!!」
空元気にも見えるが、あくまでも心を入れ替えるつもりはない様に見え、小十郎は諦めた様に首を振った。
「…そうですか、これ以上は何を言っても無駄のようですね」
そう言うと、自分を見る小十郎の目付きが変わった事に気付いたのか、紅孩児は顔をさらに青くすると、うっすらと涙を浮かべる。
だが自尊心までは捨てきれないのか、命乞いはせず、黙ったまま自分の手を見下ろした。
「僕は…父様…牛魔王の息子だ。命乞いなんかしない」
「…それが貴方の覚悟だと、そう受け取って良いんですね?」
刀の束を握りしめ、確認する様に聞くと、紅孩児は小十郎に顔を向けた。
その動きのせいで、蘭丸の首にあてていた刀が動き、刃がさらに深く首筋に食い込む。
「そうだよ…これが僕の覚悟だ。僕はな、絶対に命乞いなんかしないんだ!!父様に逆らう奴等は、皆殺しだ!!」
そう叫んだ表情に迷いはなく、また目に浮かんでいたはずの恐怖の色も消えている。
「…人を躊躇なく殺せる人間の目ですね、やはり貴方は地獄に落ちるべきです」
生かしておく意味も理由もない。
寧ろ生かしておけば、これからも魔王の名の元に力無き農民達の命を奪い続けるだろう。
汗ばむ手で刀の束を握り直すと、小十郎はゆっくりと刀を振り上げる。
「殺した罪無き者達に、あの世で謝罪なさい」
そう言って心を鬼にすると、強く目を閉じる紅孩児の首をめがけ、刀を振り下ろした。
刃と刃が弾き合う音が聞こえる。
月も星も隠れた真っ暗な夜空の下、政宗と道真の奮う刀が弾く、激しい火花だけが光っていた。
命の奪い合いを始めてどれくらいが経ったのか。
道真は次第に面倒そうに、政宗との距離を置く様になっていた。
心なしか、目の前の政宗よりも、夜空ばかりを気にしている。
何かを待っている様な道真の様子に、政宗は嫌な予感を感じて口を開いた。
「…さっきから何を待ってる?」
随分と甘く見られたものだと、苛つきながら問い掛けると、道真は無言のまま冷笑を浮かべた。
「…ちッ」
どうせ答えないだろうとは思っていたものの、馬鹿にした様な態度に思わず舌を鳴らすと、政宗はつられる様に夜空を見上げる。
だが特に気になるものはなく、真意の読めない道真に視線を戻すと、意外な事に道真は刀を下ろしていた。
「お前と遊ぶのが愉しくて、少し時間を掛けすぎちまったみてぇだな」
「…どういう意味だ」
「言ったろ?此処に来ているのは俺だけじゃねーってな」
忘れたのか?と肩を竦めた道真は、再び夜空を見上げる。
「さすがにそろそろ…」
目を細めながらそう呟くと、まるで道真の言葉が合図になっていたかの様に、真っ暗な夜空に一本の光が上がる。
何が起きたのかと、つい夜空に意識を向けると、道真はその一瞬の隙をついて、政宗から逃げる様に屋根の上に飛び跳ねた。
「…!?待て!!」
慌てて刀を持ち直し、屋根の上を睨むと、道真は光の上がった夜空を見上げ、残念そうに首を振った。
「時間切れみたいだな、どうもお前とはなかなか決着が着かねぇな」
「時間?そうか、今のは火矢か。…何の報せだ」
「そりゃ決まってんだろ、お前のお姫さんを手に入れた報せだよ、独眼竜」
「何!?」
まさかという思いで怒鳴る政宗に、道真は愉しそうに顔を歪ませる。
「あのくそ餓鬼が上手くやったみたいだな。…と言う事は、もう此処に用はねぇって事だ」
そう言うと、道真は刀を振り上げたまま踵を返し、首だけを政宗に向けた。
「じゃあな独眼竜、お前とまた殺し合えるのを楽しみにしてるぜ。…今度はどちらかが死ぬまでやろうな?」
柚月を拐ったと言うのは本当なのか。
やはり急ぐべきだった。
この場で道真を逃がせば、取り返しのつかない事になるかも知れない。
焦りで我を失う政宗に、道真は落ち着いた声色で笑うと、ゆっくりと背中を向けた。
「じゃあ待ってるぜ。…火焔城で」
「火焔城?」
政宗が言葉を鸚鵡返し、眉をひそめた次の瞬間、道真は両腕を広げると、笑いながら屋根の上から落ちて行く。
その姿を見た政宗は、茫然と道真の言葉を思い返していた。




