別れの覚悟
どう話したら良いのか、頭の中で纏められなかった為、話す内容は支離滅裂だったかも知れない。
だが政宗は、話に横槍を入れる訳でもなく、黙ったまま話を聞いていた。
異世界から来た事、それは魔王平天大聖に奪われてしまった指輪のせいである事。
平天大聖が自分を欲しているのは、恐らく指輪が理由だと思われる事。
自分でも上手く話せたとは思えない。
時々、話す順序が変わってしまったり、どう説明したら良いか分からずに、どもったりしながら、何とか全てを話し終えると、柚月は胸につかえていた罪悪感が消え去った様に息を吐いた。
「詳しくは私にも分からない…。でも今話したのは、全部本当の事なの」
異世界から来たなど、どんな夢物語だと笑われるか、それとも狂った奴だと思われるか。
不安な思いで顔が上げられず俯いていると、政宗はそんな柚月を鼻で笑う。
「…ったく、何を言い出すかと思えば…」
「政宗…本当なの、私…」
やはり信じて貰えないのか。
落胆を隠せずに呟くと、政宗は持っていた猪口を畳に置いて見つめてくる。
「そうじゃねぇよ、俺がお前を信じないとでも思ったのか?」
「…は?」
予想外の言葉に顔を上げると、政宗は何故か安心した様な顔をしていた。
「まったく…どんな衝撃的な秘密事かと思ったら…」
異世界から来たなど、十分過ぎる程に衝撃的な内容だと思うが、政宗は事もなさげに肩を竦めている。
「いいか柚月、よく聞け。俺は、お前が俺の元を離れると言う事以外なら、どんな事も受け入れる」
「ま…政宗」
「俺を信じろ、俺もお前を信じてる」
今のこの複雑な感情を、何と表現すれば政宗へ伝わるのか。
突拍子もない話を信じてくれた事への感謝と、政宗の自分への深い思い。
そして、結局話す事の出来なかった、指輪を取り返した後の事。
政宗は、自分から離れる事以外なら全て受け入れると言ってくれたが、それは出来ないであろう謝罪の気持ち。
色々な感情が混ざり合い、言葉にならない思いは涙となって溢れ、気が付くと柚月は政宗に抱きついていた。
「…?どうし…」
「政宗…ごめんね、ごめんなさい…」
泣きながら謝る柚月を見て、政宗は一体何を考えたのか。
何に対する謝罪なのかも分からなかっただろうが、政宗は何も言わずに柚月を強く抱きしめる。
「泣くな、…頼むから」
懇願する様な政宗の言葉は耳に入っていたが涙は止まらず、柚月は声を殺して目を閉じた。
翌朝、軍議が始まる前。
柚月と政宗は、執務室で小十郎と顔を付き合わせていた。
話の内容は言わずもがな。
昨晩政宗にした柚月の素性と指輪の事である。
一度政宗に話していたおかげで、今度は順を追って説明出来たはず。
話を終えて小十郎の様子を見ると、やはり政宗とは違って頭が固いのか、何とも言えない表情をしている。
「…にわかには信じられませんが…」
かろうじてそれだけを言うと、小十郎は柚月から政宗へ視線を移動させる。
「政宗様はお信じになられたのですか?」
「まぁな、嘘を吐いた所で、こいつに得になるとも思えねぇし」
「それは確かに、…いや…ですが…異世界から来たなど…」
そう言うと、小十郎はちらりと柚月を見つめて頭を抱える。
「…貴女が来てから、私の胃は痛みっぱなしですよ」
「あ…あはは…」
溜め息混じりに頭を抱える小十郎に、渇いた笑いを返すと、柚月は誤魔化す様に頭を掻いて見せる。
「やっぱり信じないよね…?」
「当然です。本当だと言い張るのなら、その証拠を見せて欲しいものです」
そう言った小十郎は、信じていないと言うよりも、何故こうして次から次へと問題を起こすんだ…と言う諦めに似た感情が見え隠れしている。
全く信じていない訳ではなく、信じてはいるが、理性がそれを拒否しているかの様だ。
「証拠って言われても…」
柚月の脳裏に、元の世界の事が思い浮かぶが、どれも上手く説明する自信がない。
困った様に黙っていると、政宗はくだらないと言いたげに鼻で笑う。
「んなもんどうでもいい。重要なのは、俺達が生きるこの世界だろうが」
「政宗…」
助かった…という思いで政宗を見ると、いつもの様な不敵な笑みを浮かべている。
「他の世界の事なんて、俺らには関係ねぇだろ?」
問い掛ける様に言われた小十郎は、黙ったまま苦笑している。
「えー…、全然気にならないの?こっちとは全然違うんだよ」
自分なら異世界から来た人間に出会ったら、根掘り葉掘り聞く自信がある。
そう言うと、政宗は「全然?」と肩を竦める。
「俺の世界はここだけだ、この世界で生きてこの世界で死ぬ。他の世界なんぞ、毛程の興味もねえよ。興味があるのは、俺が作る俺達の国だけだ」
そう言った政宗の目には、何事にも動揺しない強い光がある。
小十郎は、ずっと昔からその光に魅せられているのだろう、政宗の言葉に苦笑していた顔を引き締めている。
柚月もまた、政宗の持つ本当の意味での強さに惹かれたのかも知れない。
「そろそろ時間だな。小十郎、全員集めろ。軍議を始めるぞ」
「…承知いたしました」
返事をしながら立ち上がった小十郎を見送ると、政宗は柚月を振り返る。
「お前は部屋にいろ、軍議には出なくていい」
「え、いいの?」
「あぁ、魔王がお前を欲しがる理由も分かったしな。後は俺達に任せろ」
「…うん」
言い聞かせる様にそう言い、政宗は小十郎の後を追う様に部屋を出て行く。
一人きりになった柚月は、反芻する様に政宗の言葉を思い出し、目を伏せた。
「俺達の国…か…」
政宗が言った"俺達"の中には、きっと自分も入っているのだろう。
この世界で柚月と作っていく未来が、政宗の中で出来上がっているに違いない。
(…政宗…、そんなに私を思ってくれて良いの?私を思えば思うほど…きっと貴方は傷つく)
それは柚月も同じだが、ここまで来たら、お互いに思いを寄せ合う事は止められないだろう。
柚月は覚悟しておかなければならないのだ。
いつか来る別れと、そして一生に一度の、全てを賭けた恋の終わりを。




