指輪の秘密
「…で、魔王が柚月を欲しがる理由は分かったのか?」
「えぇ、ですが妙な話で…、政宗様のお耳に入れるのもどうかと思ったのですが…」
珍しく歯に衣を着せた様な言い方に、政宗が目を細めて先を促すと、小十郎は辺りを気にする様に口を開いた。
「柚月様の探している指輪を、平天大聖が所持している事は既にご承知と思いますが…、どうやら平天大聖の狙いは柚月様ではなく指輪の様です」
「ん?指輪は魔王が持っているんじゃねぇのか」
「はい、その指輪の事ですが…」
そこまで言うと、小十郎は政宗に近付き、さらに声をひそめた。
政宗に言われ、部屋に戻っていた柚月は、一人でぼんやりと火鉢を眺めていた。
火鉢の中で燃える火は温かく、柚月は火鉢に手をかざして、冷えた指先を暖めながら、道真に言われた事を思い出す。
(指輪は自分が持ってるって言ってた…あの人…、それに指輪が欲しかったら一緒に来いとも…)
行けば殺される確率が高いのは確かだが、行って指輪さえ手に入れてしまえば、こちらのものではないか?
指輪をどう使えば元の世界に帰れるのかは分からないが、それさえ分かってしまえば、現代に帰る為に危険を冒すのは仕方がないかも知れない。
ゆっくりと暖まっていく指先を眺めると、不思議な色で光る指輪を思い浮かべる。
(…指輪…)
あの指輪さえ手に入れなければ、今頃はいつもと変わらぬ日常を過ごしていただろう。
家族や友人と、他愛ない会話をし、買い物やカラオケに行き、そして、こんな胸を焦がす様な恋愛はしなかった。
指輪を買ってしまった事は今でも悔やんでいるが、政宗と出会った事は悔やみたくない。
(まぁよくよく考えれば、指輪が政宗に会わせてくれたんだよね)
今さらな疑問だが、あの指輪を売っていた露店商は何者なのか。
飄々とした笑顔の露店商の、それでも笑っていない目を思い出すと、柚月は立ち上がって窓に近付いた。
障子を開けると、冷たい空気が肌を刺す。
「一度現代に帰ったら…、二度とこの世界には来られないのかな」
だとするならば、指輪を取り返した時が、同時に政宗との永遠の別れの時になる。
(嫌だ…政宗のいない生活なんか考えられない)
愚かだと言われても良い、親不孝だと罵られても構わない。
それでも、政宗と離れたくはない。
(…指輪を取り返すより、この世界で…死ぬまで政宗と…)
いつの間にか、家族よりも政宗の方が自分の中で大きくなっている事に気づき、柚月は雪の舞い散る空を見上げて目を閉じた。
魔王、平天大聖が率いる平天大聖軍が奥州に向けて進軍している頃。
柚月は小十郎に付いて、城内の確認に回っていた。
道真と紅孩児の二人だけではあったが、兵舎まで敵に乗り込まれて来た事は事実で、あちこちの修繕や確認と、無惨にも殺された者達の遺体を回収する為だ。
特に荒らされた様子のない兵糧庫に、小十郎は安心した様に肩を撫で下ろしている。
「無事で良かったね」
「えぇ、何とか…しかし、わざわざ兵舎まで来ておいて、兵糧に火をつけるでもなく帰るとは…」
意味がわからない。そう言うと、小十郎は柚月を振り返る。
「柚月様」
不意に名前を呼ばれて振り返ると、小十郎は真面目な顔で柚月を見ている。
「明後日の夜か明明後日の日中には、魔王の軍勢が奥州へ入るでしょう」
「……?」
小十郎が柚月に戦の話をするのは珍しく、何が言いたいのか分からなかった柚月は、首を傾げつつも頷いて見せる。
「それが?」
話を促す様に返事をすると、小十郎は言いにくそうに空を見上げて息を吐く。
「…明日の夜にでも最後の軍議が開きます、柚月様も…」
そこまで言うと、小十郎は一瞬迷う様に口をつぐみ、そして開いた。
「柚月様も軍議に参加して下さい」
「…?え…?私?」
まさかという思いで聞き返すと、小十郎は一度だけ頷いた。
「あまり気は進まないのですが…、魔王の狙いが柚月様である以上、貴女も話を聞くべきかと」
魔王の狙いと聞き、柚月は再び道真の言葉を思い返す。
道真も、平天大聖が柚月に会いたがっているのだと言っていた。
だが柚月には、その理由が分からない。
何故あの牛魔王が自分に会いたがっているのか。
謙遜ではなく、自分にそんな価値があるとは思えない。
考えられるのは指輪の事だ。
指輪を手に入れていると言う事は、平天大聖は指輪の不思議な力に気付いているのかも知れない。
(だけど私だって指輪の事なんか、何にも知らない…)
指輪を売っていた露店商も、特に説明しては来なかった。
例え聞かれても、何も答えられないだろう。
「私…あの…」
不安げに呟くと、小十郎は軽く息を吐いて柚月の頭を叩いた。
「大丈夫です、政宗様と私を信じて下さい」
「小十郎さん…」
「この戦…必ず勝たなければなりません。魔王は魔王らしく地獄に送りかえして差し上げましょう」
「あ…あはは、今のって冗談?」
「さぁ、どうですか…」
不安そうな柚月を元気付ける為か、珍しく微笑むと、小十郎は膝を叩いて立ち上がった。
「そろそろ戻りましょう、陽も暮れてきました」
その言葉に空を見上げると、この先の不安を表現する様な、どんよりとした赤い夕空が広がっていた。
夕餉を終え、毎晩やって来る政宗を自室で待っていた柚月は、曇っているのか、星の見えない夜空を眺めていた。
考えているのは、指輪の事である。
平天大聖の狙いが指輪である以上、もしかしたら政宗と小十郎には、自分が異世界から来たのだと説明するべきなのかも知れない。
話して信じてもらえるかは分からないが、今回の戦に自分と指輪が関わっているのだとしたら、黙っておく事にメリットはないだろう。
(…話した所で、戦が有利になるとも思えないけどね)
だがもし異世界から来たのだと知られれば、政宗はどう思うだろう。小十郎は信じるだろうか。
「はぁー…ッ、参ったなぁ…どうしよ」
話すべきか否か。
いくら考えても答えは出ず、溜め息を吐きながら頭を抱えると、部屋の襖が開く。
振り返ると、ちょうど政宗が入ってきた所だった。
座っていた座布団から腰を上げ、政宗に譲ると、政宗は腰掛けながら柚月を見上げた。
「…で、何考えてた?」
「…え?」
まるで今まで話していた内容の続きの様に、さらりと聞かれ、柚月が不思議そうに瞬きを繰り返すと、政宗は苦笑しながら猪口を手に取った。
慌てて酌をすると、政宗は並々注がれた酒を一気に飲み干し、口元を拭う。
「考えてた…ってよりも、迷ってるって感じの顔だな。何があった」
こちらの心情を見透かした様な政宗から視線を逸らし、柚月は無言で自分の手を見つめる。
(政宗に隠し事は出来ない、話すなら…今なのかも)
不安、緊張、恐怖。
胸の中に様々な感情が複雑に入り組むが、隠し事をしている罪悪感には敵わず、柚月は生唾を飲み込んだ。
「政宗…私ね、ずっと黙っていた事があるの」
意を決し、政宗の表情を窺いながら口を開くが、政宗は驚いた様子もなく、黙って話の先を待っている。
「信じてもらえるかは分からないけど…、聞いてくれる?」
そう言うと、政宗は真っ直ぐな瞳で柚月を見つめ、そして頷いた。




