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竜の懐刀

放たれる弓矢の音と、刀と刀が鍔迫つばぜり合う音。

そして、低く攻撃を掛け合う声が聞こえる。


紅孩児こうがいじと呼ばれた少年と道真を相手に、苦戦するかと思っていた政宗は、二人を相手にしても、一歩も引く事なく刀をふるっていた。


紅孩児の放つ弓矢を簡単に払い、そのまま刀を振って今度は道真の刀を叩き落とす。


柚月はその戦いから目を逸らせず、胸元で祈る様に手を組んでいた。


何とか好戦している様に見えるが、二人同時に相手をしている以上、気は抜けず、どうしても防戦になる。


一瞬の油断が命取りであり、また体力の低下も心配だった。


そんな中、なかなか攻撃が当たらず苛ついたのか、紅孩児は構えていた弓の向きを、政宗から柚月に変えた。


「…え?」


一寸の狂いもなく狙ってくる弓先に、柚月が息を飲むと、紅孩児は迷わず弓矢を放った。


「…柚月!!」


政宗は焦った様に駆け寄ってくるが、弓矢の速さには届かず、弓矢は風を切って近付いてくる。


逃げる事も避ける事も忘れ、自分を目掛けて飛んでくる矢を見ていた柚月が、死を覚悟した時。


柚月の身体は力強く後ろに引かれ、仰向あおむけに大地に倒れ込んだ。


「…ッ!!」


そして、柚月の前に飛び出して、刀で矢を叩き落とす人物。

自分を庇う様に前に立ち塞がる、綺麗な長い銀髪がさらりと目の前を舞う、この人物の背中には覚えがあった。


「小十郎…さん…」


「小十郎ッ!!」


柚月と政宗がほぼ同時に名前を呼ぶと、小十郎は刀を構え直した。


「菅原道真と、そちらの少年は…平天大聖のご子息しそくでしょうか。いくら政宗様がお強いからと言って、二人がかりとは卑怯ですね。しかも柚月様に弓を放つなど…」


炎を表現する様な政宗の怒りとは反対に、小十郎の怒りは氷の様に冷たい。

心臓が凍りつく様な低い声だが、何故か柚月には暖かく感じ、安心した様に小十郎を見上げた。


「小十郎さん」


「遅くなり申し訳ありません、お怪我はありませんか」


「大丈夫です…」


刀を構えたまま、心配そうに問い掛けてくる小十郎に、柚月は小さく笑って首を振る。

すると小十郎は政宗に向き直った。


「政宗様、柚月様と魔王の息子は私にお任せ下さい」


「ったく、良い所を持っていくじゃねぇかよ」


そう言うと、政宗は道真へ刀の切先を突き付ける。


「さぁ、続きといこうじゃねぇか」


「伊達の懐刀ふところがたなか…ムカつく野郎だ…」


愉しい所を邪魔されたと、心底迷惑そうな顔をした道真は、紅孩児に視線を動かした。

だが紅孩児は道真の視線を無視すると、弓の狙いを柚月から小十郎へ移動させる。


「何だよお前!!せっかく父様に良い所を見せる機会だったのに!」


「おや、それは残念でしたね。ですがこの私の目が黒い内は、政宗様にも柚月様にも指一本触れさせませんよ」


悔しそうに地団駄を踏む紅孩児に冷たく言うと、小十郎は刀を構え直した。


「なるべくなら、女子供は斬りたくないのですが…仕方がありませんね。引かないならば手加減はしませんよ」


「うぅ…凄んだって怖くない!道真、こいつら早く殺…」


「やーめた」


「?」


小十郎の挑発に乗った紅孩児は道真に声を掛けるが、道真は飽きたように首を振る。


「俺は引くぜ。独眼竜とその懐刀が揃っちまった。これ以上は無駄に疲れるだけだからな」


「えーっ!何言ってんの?逃げんの?僕はやだ!!」


三十六計逃さんじゅうろっけいにげるにかず…ってね」


さすがに不利な事は理解しているのか、道真がそう言うと、紅孩児は黙って構えていた弓をおろす。


「…お帰りか?」


政宗はからかう様にそう笑うが、道真は平然と口を開いた。


「あぁ、悪ぃな。俺一人で二人を相手にするのは、ちぃと面倒だからよ」


「おい道真!どういう意味だよ!!僕は使えないって言いたいわけ?」


不本意そうに怒鳴る紅孩児を無視すると、道真は政宗を振り返った。


「愉しい時間をありがとな。また遊んでくれよ、独眼竜」


そう言って道真と紅孩児が姿を消した後、政宗は焦った様に柚月に駆け寄る。


「柚月…!!」


「政宗!怪我はない!?」


泣きそうになりながら政宗の全身を見ると、柚月は顔をぐちゃぐちゃにして泣き出してしまう。


「俺は大丈夫だ、心配すんな」


やっと危機が去り、安心感で涙は止まらず、抱きしめてくれる政宗の胸の中、柚月は感情が溢れた様に泣き出した。









道真と紅孩児との戦いの翌日。

柚月を心配した政宗は、城の中であっても必ず柚月を傍におく様になった。


さすがに城の中でまで四六時中しろくじちゅう一緒にいては仕事にならないのか、小十郎は嫌そうな顔を見せているが、政宗は気にしていない様だ。


その日の昼過ぎ、いつになく穏やかな時間を過ごしていた柚月と政宗は、陽の当たる部屋から、雪の積もる庭先を見ていた。


「…寒いはずだね、まさか雪なんて」


「おいおい、奥州じゃ雪は珍しくないだろう」


「…うん」


実際は奥州の生まれでも育ちでもないのだが、それを説明する自信がない柚月は、そう呟くと小さく身体を震わせる。


「…?寒いか?」


心配そうにそう言うと、政宗は柚月を引き寄せ、暖める様に抱きしめた。


そのまま口付け様と思ったのか、政宗は顔を近付けてくるが、襖を挟んだ廊下から小十郎の声が聞こえて舌打ちしながら振り返った。


「…入れ」


抱きしめていた柚月を離しながら声を掛けると、襖が開いて小十郎が姿を見せる。


「失礼します、…政宗様。平天大聖軍へいてんたいせいぐん間者かんじゃに行かせていた者から、気になる話が…」


ぴくりと肩で反応し、小十郎を見つめた政宗は、片手で柚月の背中を叩く。


「柚月、部屋に戻ってろ」


「…うん」


自分を見る小十郎の表情から、何か自分に関係のある話だと悟るが、ここにいる訳にもいかず、柚月は後ろ髪引かれる思いで立ち上がった。


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