魔王の子
もう駄目だ。
そう覚悟し、襲って来るであろう激痛に堪える様に目を閉じるが、刀は振り下ろされて来ない。
恐る恐る目を開けると、刀を振り上げた状態で固まっている道真の姿が目に入る。
そして、道真の首には刀の刃があてられており、柚月は刀の持ち主を見た瞬間、ずっと堪えていた涙を流した。
「…政宗…!!」
ずっと会いたかった人がそこにいる。
安心感で名前を叫ぶと、道真は忌々しそうに顔を歪めた。
「独眼竜…」
「菅原道真…俺の女に何してる」
愉しい遊びを邪魔され、不機嫌そうな道真に輪を掛けて、政宗は怒りに震えている。
「見て分かんねーかなぁ…、遊んでんだよ。お前の女で」
心底怒る政宗に対し、何でもない事の様に答えた道真の身体は、ふわりと動くと政宗の刀から簡単に抜け出す。
「せっかくの愉しみを邪魔すんなよ」
「何だと…?」
「まぁいいや、逃げるか泣くしか脳の無い柚月ちゃんより、お前と遊ぶ方が楽しそうだもんな?」
そう呟いて長刀を構えると、道真は両手の長刀を大きく回転させる。
「上等だよ…!柚月に手を出した事を後悔させてやる」
道真に負けじと刀を目線の高さで構えると、政宗はちらりと柚月を振り返った。
「そこを動くなよ柚月」
考えるまでもなく柚月が頷くと、政宗は道真に視線を戻して地を蹴った。
二人の距離が縮まるのはあっという間で、息つく暇もなく鍔迫り合いが始まる。
力は拮抗しているのか、どちらも譲らずに、自分の刃を相手の喉元へと押し合っていた。
そのうち拮抗が崩れたのか、迫り合っていた刃を離すと、政宗は道真に背中を向ける様に回転し、自分の身体に刀を隠して斬りかかる。
だがそれは読まれていたらしく、道真は背中を大きく逸らせて刃を避けた。
「その首もらったと思ったんだが…。ずいぶんと身体が柔らかいじゃねぇか」
「お褒めの言葉ありがとよ…!」
返事をしながら刀を真横に凪ぎ払い、政宗の胴を狙う道真に、柚月は悲鳴をあげる。
だが政宗は鼻歌混じりに刀で受けると、鬱陶しそうに刀を跳ね返した。
「おいおい、そんな大振りな攻撃が当たるとでも思ってんのか?」
馬鹿にした様に口元を上げながら言うと、政宗は袈裟懸けに刀を振り下ろす。
防がれてしまうが、それはあくまでも誘いであり、道真が刀に意識を集中させている隙に、政宗は懐に膝を叩き込んだ。
「…てッ!?」
さすがに蹴りは予想外だったのか、腹部に蹴りを直接受けた道真は、小さく呻く。
「へぇー、さすがにやるなぁ。やっぱ命のやり取りは愉しいぜ。なぁ独眼竜?」
「残念だが俺はちっとも楽しくはねぇよ、それにこれは真剣勝負じゃねぇ。ただの害虫駆除だ。お前はただの虫だ、虫」
「俺の片想いかよ、つれねぇなぁ…」
寂しそうな顔を作りながら言うと、道真は政宗の蹴った腹部を撫でた。
そしてまた構えようとした時、数本の矢が政宗と道真の間に突き刺さる。
「ぁ?」
「何だ!?」
ほぼ同時に二人が辺りを見回すと、弓を構えた少年の姿が離れた場所に見える。
道真は少年の姿を確認すると、息を吐いて構えを解いた。
「残念、迎えが来ちまったわ。愉しい時間は終わりだな」
「ふざけんな!逃げる気か!?」
見逃す気はないと言いたげに道真の首元に刀をあてると、政宗は走り寄ってくる少年に視線を移動させる。
「魔王の子か…」
すると傍まで来た少年は、首元に刀をあてられている道真を見て、楽しそうに笑った。
「あれー道真、負けてるの?」
「早々と勝負が着いちまったら、つまんねーだろが」
「負っけ惜しみぃー、それよりお姉ちゃん」
そう言うと、少年は笑顔で柚月を振り返る。
「え。…私?」
普通の少年の様に見えるが、弓を持ち、道真と同等に話す少年に、柚月が警戒しながら目を向けると、少年はまじまじと柚月を眺めた。
「お姉ちゃんが父様が探してる女の人?」
答える訳にもいかずに黙っていると、政宗は道真に右手で刀を突き付けたまま、少年に目を向けた。
「魔王が柚月を探してるだと…?どういう事だ」
低く脅す様に問い掛けるが、少年は気にもせずに政宗に舌を出した。
「べーっだ!お前なんかには教えないよーだ!!」
「振られてやんの、だせー。ま、お前が知る必要はねぇって事だよ。そんな訳だ独眼竜…お前の女貰ってくぜ?」
そう言うと道真は刀を。
そして少年は弓を政宗に向ける。
「政宗…」
道真一人でも苦戦する中、弓を扱う少年まで加わっては、政宗が危険である。
柚月が泣きそうになりながら名前を呼ぶと、政宗はつまらなそうに深い溜息を吐いた。
「はぁーっ…、まったく馬鹿れされたもんだよなー。数さえ揃えば、俺に勝てると思ってんのかねー」
理解出来ないと言いたげに政宗が大袈裟に首を振ると、道真は苛ついたように目を細める。
だが政宗は気にもせずに刀を構えた。
「さて…格の違いってやつを教えてやるかね」




