血染めの華
「どっこ行っくのー?」
「あ…あぁ…」
今すぐにでも首を斬り落としそうな楽しげな道真と、首筋にあてられている刀の冷たさに、柚月が声にならない声を出すと、道真は少しだけ刀を動かした。
「ひ…ッ!」
悲鳴をあげた直後、首筋に鋭い痛みが走る。
ガタガタと震えながら、涙を溜めた目で道真を見ると、柚月は斬られた首に手をあてる。
(血…、血が…)
普段なら、こんな仕打ちなど堪えられない程に気の強い柚月だったが、何故か逆らえない。
この道真という男は、自分とは全く違う、常識など一切通用しない狂気の権化。
絶対に逆らってはいけないと、身体中が危険信号を出している。
「指輪の話しようぜ」
「ゆ…ゆび…指輪…」
震えて上手く話せない状態で、道真の言葉を鸚鵡返すと、柚月は生唾を飲み込んだ。
「結果を先に教えてやろうか?…柚月ちゃんが探してる指輪は…、実は俺が持ってまーす」
(あぁ…そんな…)
政宗が懸念した通り、やはり市に指輪は出ていなかった。
だが何故この男が持っているのか。
理解出来ずに、柚月は震えながらも口を開いた。
「なんで…、あ…んたが持ってんの…?」
「平天大聖への献上品の中にあったんだよ。光る指輪がさ」
光を放つ指輪。
間違いない、柚月が露店商から買った指輪だ。
元の世界に帰るには、何としても手に入れなければならない指輪。
だが目の前にいる道真は、話して分かって貰える相手ではない。
どうしたら良いのか。柚月が必死に考えを巡らせていると、道真は刀を柚月の首から離した。
「欲しい?」
「…え?」
いきなり何の話かと虚を突かれて呆けると、道真は一歩近付いて来る。
「え?じゃねえよ、指輪だよ」
「か…返してくれるの?」
まさかと思いながらも、一抹の期待を込めて聞き返すと、道真は大袈裟な仕草で頷いた。
「勿論、…でも柚月ちゃん次第かなー」
「どういう…意味…」
「俺の頼みを聞いてくれたら返してやるよ」
「頼み…?どんな…?」
そう問い掛けると、道真は我が意を得たり。と頷いた。
「うちの大将にあってくれよ」
「大将って平天大聖…、確か牛魔王って言ってた…」
「そう、大将がお前に会いたがってんだよな」
「…なんで?」
平天大聖が自分に会いたがる理由など、柚月には覚えがない。
自分の預かり知らぬ所で、一体何が起きているというのか。
今自分に起きている事を含め、分からない事だらけだが、この男に付いて行ってはいけないと言う事だけは分かる。
指輪は取り返したいが、付いて行った所で返して貰えるとは思えない。
寧ろ殺される可能性の方が高いのではないか。
そう思いながら首を横に振ると、道真は残念そうに首を振った。
「交渉決裂…か。んじゃ、無理矢理攫ってくとするか!」
「…!!」
再び刀を構え、寄ってくる道真から逃げる為、笑う膝に喝を入れて立ち上がる。
「来ないで…行かない!」
「そう言うなよ、乱暴されたくないだろ?」
「行かないってば!!来るな!!」
二本の刀を引き擦りながら、道真は獣が獲物を捕らえるかの様に距離を縮めて来る。
(駄目…!逃げられない、誰か…!!)
救いを求めて辺りを見回すが、自分達以外には誰の姿もない。
あるのは、道真が殺した兵士達の死体だけだ。
自分もあの中に混ざるのかと思うと、恐怖に足がすくむ。
「さて、鬼ごっこか?それとも隠れんぼか?」
少しずつ、少しずつ道真が近づいてくる。
一歩近づいて来るごとに、死の匂いが濃くなって来るようだ。
「助かる機会は四回」
「…?四回…?」
「一度捕まえたら右腕を落とす」
そう言うと、さらに一歩距離を詰めてくる。
「二度目に捕まえたら、左腕」
まるで数え歌を歌っているようだ。
「三度目は右足」
まるで歌声のような声は、明らかに柚月を追い込む事を楽しんでいる。
「最後に四度目に捕まえたら左足を斬り落として、それで終了。首と胴体だけになったら、大将の所へ運ぶのも楽そうだ」
「冗談でしょ…?お断りよ…」
「だったら逃げろよ。十まで数えてやるからさぁ…さぁ、いーち…」
「ッ!!」
一矢も報えないのは悔しいが、人を殺す事に何の躊躇も罪悪感もない道真を相手に、自分に出来る事はない。
柚月は生き延びる事が先決だと、楽しそうに数を数える道真の前から、全速力で走り出した。
どれだけ走っただろうか。
体力が続く限りに走ったが、城に入る前に力尽き、柚月は兵舎からさほど離れていない場所で、転ぶ様にしゃがみ込んだ。
「はぁ…ッ…は…!」
慌てて後ろを振り返るが、道真は検討違いの方向へ探しに行ったらしく、追っては来ない。
「…はぁ…はぁッ…」
緊張と疲れと恐怖で乱れた呼吸を整えようと、深呼吸を繰り返す。
(まだ駄目、城に戻れば兵士もいるし…、早く戻らなきゃ…)
安全とは言い切れないが、誰もいない畑の中で一人で隠れるよりも、城に戻った方が助かる確率は高い。
(何で城を抜け出しちゃったかな…)
城から兵舎までは距離がある。
いくら気分転換とはいえ、こんな所まで来るべきではなかったのだ。
姿を隠す様に物陰に隠れ、呼吸を整えていた柚月は、様子を窺う様に辺りを見回す。
(誰もいない、今なら…今のうちに…!)
当然まだ体力は回復していないが、休んでいる暇はない。
そう物陰から一歩踏み出し、走り出そうとした時だった。
夕陽が暮れ泥んだ薄闇の中、長い刀を引き擦りながら近付いてくる人影が見える。
それが誰なのか、目を凝らし確認するまでもない、柚月は絶句して、状況が理解出来ない様に立ち竦んだ。
「お、見付けた…。意外と簡単だったな、さて約束通り…右腕を貰うか」
「…ッ」
「逃げても無駄だっつーの!!」
我に返って踵を返し、走り出そうとすると、道真は楽しんでいる様にそう叫ぶ。
結果はその通りで、ほとんどの体力と気力を失っていた柚月は、後ろから走り寄って来た道真に片腕を掴まれると、体勢を崩して大地に倒れ込んだ。
「捕まえた。約束通りその右腕頂くか」
「い…嫌だ…」
聞いて貰えるはずもないが、必死に道真の腕を振り外そうと腕を振る。
だが道真は強く腕を掴んだまま、刀を大きく振り上げた。




