赤い死神
襲われた村へは、休まず馬を走らせれば数日で到着する。
勿論それは、馬を駈っているのが政宗と小十郎の二人だけという前提でだ。
逸る気持ちが抑えられない為、二人だけで先に出ているが、もしもの時の為、後から一つだけ小十郎の隊を追い掛けさせている。
数日馬を休まず走らせ、かつて村であったはずの焼け野原に到着すると、政宗は言葉を失った様に辺りを見回した。
その怒りと悲しみに震える政宗の背中を見ていた小十郎は、辛そうに目を逸らす。
「魔王…、平天大聖…」
ぎり、と聞こえるくらいに強く奥歯を噛みしめ、怒りを吐き出す様に、政宗は平天大聖の名前を口にする。
その声は、あまりの怒りに震えており、小十郎は声を掛ける事を諦めて無言で辺りを見回した。
(…さすがに魔王直々に此処まで来たとは考えらない。かといって、羅刹女がこうまで残虐な真似をするとも思えない。おそらく菅原…)
過去に何度か対峙した事がある道真の姿が脳裏に浮かぶ。
狂気を瞳に宿したあの菅原道真ならば、やりかねない。
人を殺す事と痛めつける事を至上の悦びとする、狂った男だ。
いずれ決着を着けなければならないとは思っていた。
勿論、それが自分であれ政宗であれ、負けるはずはないと小十郎は自負している。
滅ぼされた村を見た事で怒りもあったが、それ以上に菅原道真と一戦を交える事に心が高揚している事に気付き、小十郎は一人苦笑する。
(戦う事を楽しみだと思うなど不謹慎か…)
これでは政宗を諌められる立場ではない…、と苦笑すると、小十郎は政宗の背中に声を掛けた。
「政宗様、近隣に村があります。様子を見て来ましょう、必要ならば避難させるべきです」
「そうだな、いつまでもこうしちゃいられねぇ。城も空けたままだ、急ぐぞ」
政宗と小十郎が城を発ってから数日後。
相変わらず城に閉じ籠っていた柚月は、覚悟が決まったのか諦めなのか、だんだんと落ち着いてきていた。
いつまでもこうして、震えている訳にはいかない。
探せば何か、自分にも出来る事があるはずだ。
何かをしていなければ落ち着かないだけなのかも知れないが、柚月は気分転換を兼ねて城の中を歩き回っていた。
だが誰も彼もが忙しそうで、なかなか声が掛けられず、結局気が付けば城を抜け出し、兵舎付近まで来ていた。
そこで、言葉では言い表せない異様な雰囲気に気付き、足を止める。
(…?何だろう、何か変な…あッ!これ…血の臭いじゃない!?)
鼻腔を刺す様な嫌な臭い。
この錆びた鉄にも似た臭いは、何度か嗅いだ事がある。
柚月が臭いの正体に気付き、焦って周りを見渡すと、兵舎にいた一人の兵が柚月に気付いて走り寄って来た。
「柚月様!?何故こちらに…城内へお戻り下さい!!」
「な…何かあったの?なんか変な臭いが…」
「申し訳ありません、不覚にも、不審者が何人か入り込ん…」
そこまで言うと、全てを言い終える前に兵の頭が首からずるりと滑り落ち、柚月は喉の奥で悲鳴をあげた。
スローモーションの様に首から離れ、鮮血を吹き出しながら落ちていく頭。
まるで映画のワンシーンを見ている様な現実感のない光景だが、辺りに立ちこめる吐きそうな程の血の臭いが茫然自失としていた柚月を現実へと引き戻した。
膝が震え始め、立っていられなくなった柚月は、崩れる様にその場に膝をつくと、転がってくる首に悲鳴をあげて目を閉じる。
すると、首を失い倒れた兵の後ろから、背筋が凍る様な目をした赤髪の男が姿を見せた。
「んー?」
柚月を見て眉をひそめた男は、舐め回すように柚月の全身を見てから口角を上げた。
「ぁ…」
男が手にした刀には、おびただしい程の血液が付着しており、その赤がさらに男の禍々しさを増長させている。
(怖い…この人…、人間じゃない…)
生き物の気配や匂いがしないとでも言うのだろうか。
青白く、血の気を感じない灰色の肌と、心臓が凍り付きそうな程に冷たい目。
そして血を頭から被ったような赤い髪。
全く感情を感じない薄く笑った口元からは、生臭い血の臭いが漂ってきそうだ。
想像を絶する恐怖に、逃げようにも、全身から力が抜け、立ち上がる事すら出来ない。
そんな柚月を楽しそうに見ていた男は、両手の刀を回す様に持ち変えると柚月に近づいて来た。
「お前が噂の竜の姫さんか?」
「……ぅ」
答え様にも、奥歯がガチガチと震えるだけで言葉にはならない。
頷く事も出来ずに男を見つめる。
「へぇー、ふーん…、ほぉー」
にやにや笑いながら、男は柚月の周りをゆっくりと歩いて回り、目の前で足を止めると顔を覗き込むように腰を屈めた。
「あの独眼竜が一人しか女を持たねーって聞いたから、どれくらい良い女なのかと思ったら、まだガキじゃん」
「た…助けて…」
舐める様に見てくる男に、やっとの思いでそれだけを言うと、男は笑ったまま目を見開いた。
「おーおー、良いよ?助けに来たんだよ、味方だよ俺は」
「み…味方…?」
信じられないような目で見上げると、男はペロリと唇を舐め、柚月の耳元に唇をを寄せると、囁くように「指輪」と口にした。
「ゆ…指輪…!」
恐怖に茫然としていた脳が、男の言った言葉に覚醒するのが分かる。
「探してんだだよな?ゆ、び、わ」
「な…何で…、知ってるの?」
柚月は正体不明の恐怖にかられ、這いずるように男から離れる。
「独眼竜が指輪を探している事も、それが惚れた女の為だって事も、みーんな調査済みだからな」
そう言うと、男はじり…。と距離を詰めて来る。
柚月は近付かれた分だけ、後退る様に離れると、立ち上がろうと膝に力を込める。
「うぅ…」
だが膝は笑ってしまい、立ち上がる事は出来ずに、再び男を見上げた。
「あなた…誰?何でここにいるの?何しに来たの?」
味方でない事は明白だが、目的が分からず、柚月は時間を稼ぐ様に矢継ぎ早に問い掛ける。
すると男は柚月を指さした。
「お前に会いに来たんだよ。柚月ちゃん?そう言えばまだ名乗ってねぇか…」
そう言って喉の奥でくつくつと笑うと、男はゾッとする笑みを柚月に向けた。
「俺の名前は菅原道真、魔王平天大聖の一番刀だ」
男が名前を名乗った瞬間、柚月は政宗と二人で湖にいた時を思い出す。
その時、政宗に会う為に馬を走らせて来た兵は、何の話をしていただろうか。
(魔王…確か魔王の軍が攻めて来たって…)
そして今目の前にいる男は、なんと名乗っていた?
(魔王平天大聖…の一番刀…)
バラバラだったパズルのピースが、全て脳内で埋まる。
これは今いるこの世界、異世界戦国恋歌を遊んだ事のない柚月は知らぬ事だが、異世界戦国恋歌は乙女ゲームでありながら、戦国と名がつくだけあり、"どのルート"を通っても必ず敵として現れるキャラクターが登場する。
それがこの菅原道真、そして平天大聖軍である。
菅原道真と平天大聖牛魔王は攻略キャラクターではなく、平天大聖軍では唯一、紅孩児と呼ばれる牛魔王の息子が攻略キャラクターであり、別名"弟ルート"と呼ばれている。
しかしそれを知らない柚月ですら、目の前の男…菅原道真という男がいかに危険な男なのか肌で感じていた。
(こいつは間違いなく敵…!)
その事に気付いた柚月が、必死の力でその場を逃げ出そうとした時。
柚月の後ろから、首筋にひやりとした刀があてられる。
「ひッ」と息を飲んで振り返ると、今にも笑い出しそうな顔で道真が見下ろしていた。




