大逆無道
斥候の報告により、平天大聖軍進撃が明らかになった後。
城では、慌ただしい時間が過ぎていた。
「大砲の数の確認は?」
「はい。大型、小型合わせて、三十門はあります。砲弾も火薬も十分です」
「厩番には、いつでも直ぐに馬を使える様に言っておいて下さい。それから鍛冶屋には、出来る限りの刀と矢を急がせるように」
「はい」
「火縄の数と兵糧の確認も忘れずにお願いします」
小十郎に指示を仰いだ兵士達は、それぞれが急いで姿を消す。
一人残された小十郎は、疲れた様に額に手を当てると、深い息を吐いた。
(予想以上に早い、この時期に攻め込んで来るとは…)
魔王、平天大聖が奥州を狙っている事は斥候から聞いていたが、まさかこの冬を狙ってくるとは、予想出来なかった。
冬場の戦では、寒さに慣れているこちらの方が有利だ。
寒さに耐性のない軍が、極寒の中で戦えるとは考えにくい。
(それとも、何か狙いがあるのか?一体何を企んでいるのか…)
平天大聖軍には、特に際立った策士はいないが、攻撃力の高さは他に類を見ない。
こちらとて、兵糧が減る冬場に猛攻撃を仕掛けられれば、兵糧が底を付くのは時間の問題だ。
そうなれば、後はじわじわと餓死を待つか、死を覚悟で特攻するより他はない。
(狙いはなんだ…、今の時期に攻めてくるのには、急ぐ理由があるはず)
今までに何か変わった事はなかっただろうか。
記憶の網を手繰り寄せてみるが、特に気になる事はない。
(今の状況では、考えても無駄か…)
何より今は、他にやらなければならない事がある。
小十郎は思考を中断させると、政宗の元へと歩き出した。
城が戦の準備で終われているまさにその頃。
城を南下した、領地の最南端にある村では、目を覆いたくなる光景が広がっていた。
村のあちこちからは火の手が上がり、村一帯が火の海と化している。
聞こえるのは阿鼻叫喚。
そして鬨の声だ。
見えるのは、炎に巻かれ、火だるまで踊る者。
崩れた建物の中で、じわじわと身体の中と外を焼かれている者。
そして聞こえるのは、逃げ回る村人を次々と斬り捨てる兵隊達の興奮した声と、殺される村人の断末魔。
さながら地獄絵図の様な光景の中、赤い髪の男が両手に長い刀身の刀を手に歩いていた。
真っ赤に燃える炎の中、同じように赤い髪の間から、何の感情も読めない真っ黒の目が見える。
男はつまらなそうに両手の刀を振り上げると、逃げ惑う村人の背中を斬り裂き、首を掻き斬った。
「つまんねーなー」
そう呟いて、まるで流れ作業のように一人、また一人と確実に儚い命を奪っていく。
動く者の気配がなくなると、男は立ち止まって辺りを見回した。
今にも燃え落ちそうな建物の陰に震えながら隠れる母娘を見付け、刀を振り上げて娘の首にあてる。
「ふーん…親子?」
「た…助けて下さい…」
まだ幼い娘の首に刀をあてられ、母親は懇願する様に男に土下座する。
だが男は娘の片腕を容赦なく斬り落とすと、心底楽しそうに笑い出した。
「助けるわけねーだろ、アホか」
ひとしきり笑った後にそう言うと、男は娘の首を斬り落とした。
目の前で娘を殺され、母親が狂った様に叫ぶと、男は嬉しそうに母親を見下ろした。
「お前も死ねよ」
そう言うと同時。
母親の首は落ち、大地を舐めていた炎が髪を燃やし始める。
肉が焦げる匂いを肺いっぱいに吸い込む様に深呼吸をすると、男は喉の奥で笑い出した。
その姿はまるで悪魔の様に、炎に飲み込まれる村の中で邪悪な笑い声を響かせる。
そんな中、場の雰囲気に似合わぬ、弓を手にした少年が男に近づき、場違いに明るく人懐こい声を出した。
「ねーねー、道真ぇー」
「…なんだよ、うるせぇな」
道真と呼ばれた赤髪の男は菅原道真。
平天大聖軍の一人である。
道真は少女にも見える容姿の少年を一瞥すると、鬱陶しそうに舌を鳴らす。
「ひどーい!可愛い紅孩児くんが話しかけてあげてるんだよ?」
「知るかよ、話しかけんなバーカ」
「相変わらず冷たいのー。何人殺したのか聞こうと思っただけなのにさ。道真よりたくさん殺せば、父様に褒めて貰えるかも知れないじゃん?」
「ただのアホどもを殺したって手柄になんねーよ、褒めて欲しけりゃ女を探せっつーの」
「分かってるよ、うるさいなぁー。珍しい格好をした女なんでしょ?僕がすぐに見つけるって」
「あっそ、せいぜい頑張れよ。紅孩児ぼっちゃん」
わざとらしく"ぼっちゃん"と呼ぶと、紅孩児は可愛らしく唇を尖らせた。
「いちいちムカつくんだよなー、道真の言い方ってさ」
紅孩児と呼ばれた少年は、子供らしく道真に舌を出すと、再び弓を構えて姿を消した。
「さーてと…、俺も探すとすっかな…。敬愛なる平天大聖"牛魔王"様の為に…な」
平天大聖軍が進撃を開始したと、城内が慌ただしくなってから数日が過ぎた頃。
柚月は城内から一歩も出る事を許されず、自室で一日を過ごしていた。
今回に限っては、戦が始まると知っていた柚月自身も、不安と恐怖で出掛ける気力を無くしていた。
今まで当然縁がなく、ニュースや新聞でしか知らなかった戦が、自分を巻き込んで始まるという事は、柚月に想像以上のストレスを与えており、何度吐いたか分からない。
この日も、柚月は胸の奥から込み上げる様な吐き気と胃痛に悩まされていた。
(戦…戦争…)
異世界に飛ばされて来てから、初めて味わう本物の恐怖である。
賊と争い、命の危機に面した事はあったが、今回は規模が違う。
戦が始まれば、奥州は何処も危険になり、逃げる場所がなくなるのだ。
何より、政宗が大切にする奥州の地が踏みにじられてしまう。
つい最近、政宗に連れて行って貰った森や湖も。
他にもあると言っていた美しい場所も。
全てが炎に飲み込まれるだろう。
(政宗…)
湖で話した時の、故郷を誇り、愛する政宗の顔を思い出すと、胸が痛む。
こんなにも愛し、守りたいと思った相手は生まれて初めてだ。
(何とかならないの…?政宗が傷付くなんて嫌だ…。あ、でも…)
ふと気付く。
この世界は元は乙女ゲームの世界だ。
乙女ゲームには詳しくないがこういう場合、敵側の人間も攻略対象だったりするのではないか。
だとしたら、敵として現れる人物も、実は良い人。という可能性も大いにある訳だ。
(そうだよ、普通乙女ゲームって攻略キャラに悪い人物なんていないんじゃない?)
楽観的にそう思う事で自分を奮い立たせた柚月だったが、やはり完全に不安は拭えず、深い溜息を吐いた。
「何だと?!」
責務室で小十郎と地図を広げていた政宗は、報告に来た兵の言葉に激昂した様に声をあげた。
「…政宗様のお耳に入れるという事は、確かな情報なんでしょうね?」
地図から目を離し、睨む様に兵を見ると、小十郎は低く問い掛ける。
「確かです、南にある村が焼かれました…」
「村の奴等はどうした?!」
「見に行った足軽の話だと、生き残った村人はいないそうです」
「くそっ!!」
苦々しく伝える兵の言葉に、政宗は怒りに堪えられない様に吐き捨てて壁を殴る。
「政宗様…、悠長にしている時間はない様です。村が襲われたという事は、平天大聖軍の先方隊は既に奥州に…」
「あぁ、…分かってる」
「一度様子を見に行った方が良いでしょうね、私が…」
「いや、俺が行く」
「政宗様…」
何を言い出すのかと小十郎が声をあげると、政宗は怒りを隠す様に静かに口を開いた。
「この目で見なきゃ気がすまねぇ…止めても無駄だぞ、小十郎」
そう言った政宗の目には、絶対に引かないという強い意志が込められている。
かなり危険だが、説得を諦めた小十郎は、小さく頷いた。
「分かりました、私もお供しましょう」
「…小十郎」
「この私の同行、それが条件です。何が起こるか分からない場所へ、政宗様お一人で行かせるくらいならば、腹を切った方がましと言うもの」
政宗同様、これだけは譲れないと言う様に真っ直ぐに見つめると、政宗は舌打ちをして溜め息を吐いた。
「分かったよ、直ぐに出るぞ」
政宗の言葉に頭を下げて頷くと、小十郎は報告に来た兵に顔を向けた。
「私は政宗様と襲われた村近辺の様子を見て来ます。貴方達は引き続き戦の準備をしているように」
「はい、了解しました」
そう言って兵が部屋を出て行くと、政宗は辛そうに眉をひそめた。




