Romantic forest
市から城に戻って以降、柚月は自室で暇を持て余す時間を過ごしていた。
毎日やる事もなく、忙しそうな女中に「何かやる事はないか」と声を掛ける度、貴女は大人しくしていられないのか?と小十郎に叱られる。
そんな他愛もない毎日を過ごすうち、柚月はいつしか兵士達の訓練場へ足を踏み入れる様になっていた。目的は馬である。
政宗と市へ行って以来、馬には縁がなかったが、たまたま厩舎を見つけた柚月は、また乗りたいと小十郎に頼み込んだのだ。
当然、女のやる事ではなく、小十郎は嫌な顔をしたが、下手に断り他の事に興味を持たれても厄介だと思ったのか、渋々馬の面倒を見させてくれる様になった。
練習を始めたばかりの頃は、心配して小十郎が付きっきりだったが、今では自由に乗り回せる様になっている。
気分良く訓練場で馬を駆っていた柚月は、ふと悪戯を思い付いた子供の様に辺りを見回した。
「訓練場は飽きちゃったな、ねぇ?王子?」
王子と言うのは、柚月に与えられた馬の名前である。命名は当然柚月。
安直に白馬だから王子、由来は言うまでもなく白馬の王子からである。
他にも色々と候補はあったが、白馬の王子というのは女の子の憧れだろう。
「少し城の外に出たいけど、やっぱ怒られるかなぁ?政宗は良いって言うかも知れないけど、小十郎さんが大激怒しそう」
この世界において、柚月が最も恐れるのは小十郎の嫌味と説教だ。
何かある度に、鬼の首をとったかの様に、ぐちぐちと嫌味が始まる。
酷い時など、正座で三時間以上も小言を聞かされた事があった。
政宗が止めに来なければ、まだまだ続いていただろう。
文句を言い足りなそうな小十郎の顔を思い出し、柚月はぶるっと身震いする。
(せっかく格好良いのに、毒舌キャラなのがたまに傷よね)
漫画やゲームなど、毒舌イケメンはよくいるが、実際に接する事になると、こんなに胃が痛くなるものなのか。
この世界に来た当初から、小十郎には目を付けられていた事もあり、互いの溝が埋まった今でも、柚月は小十郎が苦手だった。
嫌いでは勿論ないが、敢えて言うなら『鬱陶しい』だろうか。
父親の様に兄の様に、または教師の様に祖父の様に。
礼節を重んじる小十郎は、柚月に作法や口のきき方、一つ一つの所作や歩き方。
指先の手入れの仕方、振る舞い方など、事細やかに口を出して来る。
たまに仲の良い女中と廊下で笑い合っていると、笑い方にすら口を出すのだ。
酷い時など伽の決まり事や、男の人の悦ばせ方を親切丁寧に説明し始めた事もある。
(…エッチのやり方なんか、教えられたくないっつーの)
勿論、やってはいけない事はやらないつもりだ。
(人から聞いたやり方でエッチするなんて、羞恥プレイにも程があるわ)
だが政宗は特に何も言ってこない。
柚月は政宗と二人きりの時だけ、なんの決まりもない、ただの恋人同士になれていた。
形だけの結婚が決まり、市から帰って以降。
政宗は毎晩、柚月の部屋を訪れる様になっていた。
最近になり、小十郎から暗に世継ぎの話を出される様になり、それが小十郎を鬱陶しいと思う一番の原因だ。
実際、政宗には正室どころか側室す居らず、小十郎が柚月に期待するのも分かる。
だがそれは、柚月にとって残酷な事でしかないのだ。
指輪が見付かれば、柚月は現代へ帰る事になる。
政宗の子を生む訳にはいかないのだ。
それならばはっきり断れば良いのだろうが、好いた男に愛され、そして求められているのに、それを断れる程、柚月は大人ではなかった。
政宗が自分を欲する様に、柚月もまた、政宗を欲しているのだ。
こればかりは本能で、柚月にはどうしようもない。
(子供か…、私が…政宗の子供を…)
現実には出来ないが、想像するだけならば別だろう。
政宗の子を生み、一生をこの世界で暮らす夢を見る事がある。
そんな夢を見た翌朝は、何とも言えない幸せな気持ちで目覚める事が出来た。
「政宗…」
ついそう声に出して呟くと、予想外に背後から返事が聞こえ、柚月は馬から落ちそうに驚いた。
振り返ると、今日一日の仕事は終えたのか、いつの間にか政宗が馬屋の傍に立っている。
「政宗…!?」
馬上から話をする訳にもいかず、慌てて馬から下りると、柚月は服の汚れを両手で叩く。
「どうしたの?こんな所に…」
「お前が馬に夢中なのは聞いてるからな、少し遠出させてやろうと出て来た」
「遠出?」
「あぁ、慣れてきたなら、外に出てみたいだろう?」
まるで柚月の悪巧みなど、全てお見通しだと言わんばかりの言葉。
柚月は苦笑しながら頭を掻いた。
「外には行ってみたいけど…、小十郎さんに怒られ…」
「大丈夫だ。俺も付いてるし、小十郎には俺から話をつけておいた」
「ほ…本当!?」
「どうだ?この近隣に湖がある、行ってみるか?」
「もちろん行くよ!!」
嬉しさを余す事なく全身で表現すると、政宗は薄く笑って頷いた。
「なら俺が先導する、付いて来られるか?」
「頑張る!でもゆっくりね…?」
馬に慣れたとはいえ、城の外…整備されていない道に出るのは初めてだ。
期待と同時に不安もあり、そう言うと、政宗は分かったと頷いた。
どれほど馬を走らせただろうか。
城を離れてしばらく経つと、政宗は馬の速さを緩めて柚月を振り返る。
「湖はこの森を抜けた所だ、散歩がてらのんびり行くか」
「うん」
多少疲れていた事もあり、ホッとした様に頷くと、柚月は馬を政宗の馬の隣へ進める。
走っているのと違い、ゆっくりと進めていると、景色を見る余裕が生まれ、柚月は目を細めて辺りを見回した。
「綺麗な所…」
初めてこの世界へ来た時に目を覚ました不気味な森と違い、鳥の爽やかな声と、穏やかな木漏れ日が印象的な美しい森である。
「妖精がいそう、ううん…いてもおかしくないかも」
森林浴効果で、日頃のストレスも消えていく様だ。
心なしか、空気も美味しい気がする。
肺いっぱいに空気を吸い込み深呼吸すると、柚月は空を見上げた。
木々の合間から降り注ぐ木漏れ日は温かく、思わず馬を止めて目を閉じる。
「ねぇ政宗」
「おー、どうした?」
政宗も陽の光を全身に浴びる様に空を仰ぎ、大きく息を吸い込んだ。
「私さ…、なんか幸せかも」
「何だ?急に」
「政宗に会ってから、命の危機を感じる事も…まぁ、あったけど…それでも、普通に暮らしてるだけじゃ体験できない事が出来た」
「いきなり何を言い出すかと思えば…」
脈絡のない話に驚きながらも、そう言って笑うと、政宗は馬の腹に軽く蹴りを入れた。
「行くぞ、目的地はもうすぐだ」




