指輪の行方
市に出ると、嫌な予感を消し去る喧騒が響き渡っている。
アクセサリー類がありそうな小物屋を見て回っていた柚月は、指輪を探しながらも、気に入った小物を見付けては楽しそうに眺めていた。
今までは可愛らしいデザインが好きだったが、この世界に来て以来、龍を型どったデザインに目を奪われる様になっており、自ら苦笑してしまう。
「おッ、可愛いコレ」
龍のモチーフにしては珍しく、可愛らしいデザインの扇子を見付けると、思わず手を伸ばす。
広げてみると、龍が月を目指して夜空を駈けている絵が描かれていた。
(月と龍…)
描かれた月は満月であり、上弦でない事が残念だが、月と龍のモチーフは、政宗を思い浮かばせる。
柚月はこっそりとポケットを探り、政宗から貰った金を全て出し、店主に見せた。
「この扇子なんですけど、…足ります?」
手に持った扇子を見せながら聞くと、今までムスッとしていた店主は、接客向けの愛想笑いを柚月に向けた。
「毎度」
思ったよりも安かったのか、ジャラっと釣りを返され、柚月は小銭をそのままポケットに突っ込む。
キョロキョロと辺りを見回すと、政宗は茶屋で一服している様だ。
買った扇子を制服の上着の内ポケットに隠す様にしまうと、柚月は政宗に駆け寄った。
「政宗!!」
名前を呼びながら隣に座り、茶屋の奥にいる店主に茶を注文する。
「ねぇ、そっちどうだった?」
暗に自分が見て回っていた方には指輪はなかったと言うと、政宗も黙って首を振る。
「こっちも外れだ」
「…先に買われたのかな」
指輪を見付けている時は、見付からないで欲しいと心の何処かで思っていたが、いざ見付からないとなると、今度は不安が脳裏を過る。
(我が儘だな、私…)
見付かって欲しいのか否か。
正直自分でも分からないのだ。
元の世界…家族の元にも帰りたいが、政宗とも離れたくない。
家族と政宗。
どちらも大切な存在であり、どちらかを選ぶ事は、どちらかを捨てる事になる。
今はまだ、どっちを選びたいのか自分で分からないのだ。
生まれて初めて好きになった政宗と離れたくはない。
だが大事な家族に一生会えなくなると考えるだけで、今すぐ会いたくなる。
(…恋に全てをかける…どんな気持ちだろう)
ちらりと政宗を見ると、何かを考える様に遠くを見ている。
ドラマの恋愛の様に、一人の男の為に全てを捨てる覚悟は、まだ柚月にはなかった。
あれから数刻、今度は二人で目ぼしい店を回ったが、結局指輪は見付からず、柚月は疲れた様に溜め息を吐いた。
「無理だね、見付からないや」
「…もしかすると、指輪の情報自体が間違っていたのかも知れねぇな」
「どういう事?」
「俺が兵から聞いたのは、正確には市に出されるモンと言うより、盗賊が手に入れ、市に出されるかも"知れない"モンだ」
「…つまり?」
回りくどい言い方に柚月が理解出来ずに首を傾げると、政宗は何かを考える様に黙り込む。
「ねぇってば、政宗…」
今朝から、政宗は時折こんな難しい顔をする事が増えた。
それが柚月にどれほど不安を与えているのか、気付かぬ政宗ではないだろうが、それほどまでに深刻な事でも起きているのだろうか。
不安げに見つめていると、政宗はハッとした様に柚月を振り向いた。
「あー、えっとつまりだ。指輪を見付けても、市に出されない可能性もあるって事だ」
「…?金儲けの為に盗賊なんてやってるんでしょ?売らずにどうするの?」
盗賊なんて野蛮な連中が、指輪をつけているとは考えにくい。
だとすれば、指輪は何処へ行ったのか。
そんな事を考えていると、政宗も同じ懸念を抱えていたのか、深刻そうに息を吐く。
「指輪を森で見付けてない…って可能性は?指輪なんて小さいもの、見つけられてない可能性の方が高いんじゃない?」
「否定は出来ねぇな、だがあの森は盗賊の縄張りだしな…、金目の物に目がない盗賊が毎日うろついてんだ。盗賊が見付けて持ち去ったと考える方が無難だろ」
「持ち去った…って、でも何処へ…」
「問題はそこだ」
そう言うと、政宗は再び黙り込む。
表情から察するに、政宗は、指輪が何処へ行ったのか心当たりがありそうな気がする。
(聞いても教えてくれないんだろうな、どーせ…)
朝から考え事をしているのは、指輪の事なのだろうか。
指輪を探す事を、そこまで親身になってくれるのは有り難いが、柚月はふと寂しくなる。
指輪を見付ける事、それはすなわち、別れを意味するからだ。
指輪が見付かるまで城に居ろと言ったのは政宗であり、その事に気付いていないはずはない。
それでも指輪を必死に探してくれていると言うのは、自分と別れる事が辛くないと言う事だろうかと、柚月は複雑な気持ちで政宗を見つめた。
「…城に戻るか、指輪がない以上、ここに居ても意味はねぇもんな」
「ふりだしに戻る…か」
「そんな顔すんなよ、何とかする。指輪は必ず俺が見付けてやる。安心しろ」
「…うん」
不安な気持ちを隠す様に俯いて返事をすると、政宗は柚月の前髪を上げて額に口付けた。
「お前の望みは、全て俺が叶えてやる」
「政宗…」
名前を呼びながら顔を上げると、今度は抱きしめられ、唇に深く口付けられる。
柚月は考える事を止めると、政宗の背中に腕を回した。
行きと違い、帰りは寄り道をせずに馬を飛ばし、城に戻る頃には、くたくたになっていた。
湯を使う事すら諦めて布団に入ると、疲れきった様に目を閉じる。
「はぁー…、結局見付からなかったなぁ…」
残念に思いながらも、どこか安心している自分がいて、柚月は溜め息混じりに息を吐く。
(今頃、皆どうしてるかな?死んだ事にされて、お葬式とか済んでたりして)
まだ来てそう経っていないが、随分と長いことこちらで暮らしている気がする。
順応性が高いのは良い事だが、あまり高すぎるのも考えものだ。
(とりあえずは政宗に任せるしかないか…、私じゃ探せないしね)
今出来る事は、何とかすると言ってくれた政宗の言葉を信じる事だけだ。
ごろりと布団の上で寝返りをうつと、柚月は失った体力を取り戻す様に深い眠りについた。
柚月が自室で眠りについた頃。
政宗は責務室で小十郎と顔を付き合わせていた。
話の内容は主に市で見付からなかった指輪の事と、政宗不在時の事である。
「そうですか、やはり指輪は見付かりませんでしたか…」
「…あぁ、嫌な予感はしていたんだがな」
そう言って政宗が眉をひそめると、小十郎は辺りの気配を窺う様に視線を動かす。
「…平天大聖…牛魔王の事ですね」
「そうだ話が早くて助かるぜ。最近、陣地を広げて、ここへも手を伸ばそうとしている事は知ってるだろう?」
「えぇ、もちろんです」
「斥候に出していた奴等の話では、付近の盗賊は殆ど壊滅状態だそうだ」
「はい、おそらく生き残った者はいないかと」
「だろうな」
「ですが政宗様、牛魔王の仕業だと決め付けるのは早計では?」
「他に誰がいる」
「探っております」
「時間の無駄だな」
あくまで慎重な小十郎と、大胆な政宗とでは考えが合わず、こうして話が平行線になる事がある。
折れるのは大概、小十郎の方であり、今回も自分が折れる事は最初分かっていたのか、小十郎はしつこく進言せずに話題を指輪に戻した。
「おそらくですが、柚月の探してる指輪は、牛魔王への献上品の中にある可能性が高いかと」
「俺も同じ事を考えていた。指輪を手に入れた盗賊を潰したのが平天大聖軍なら当然だ」
「そうなると、指輪を取り返すのは至難でしょう」
「だから何だ?諦めろとでも?」
「…いえ」
「欲しいもんは必ず手に入れる、必ずだ」
そう言うと、政宗は脳裏に浮かぶ柚月の姿に胸が痛くなる。
欲しい物は必ず手に入れる。
口ではそう言ったが、では本当に欲しい物とは何なのか。
それはきっと、指輪でも天下でもない。
だがそれを口に出来る立場でない事は、誰よりも政宗自身が分かっていた。




