Romantic ocean
山賊と遭遇した櫓を後にして数刻。
尻の痛みに堪えながら馬の上で政宗にしがみ付いていた柚月が馬から降りたのは、昼時を少し過ぎた頃だった。
その時には、尻どころか腰まで痛くなってきており、同じ距離をまた馬に乗って帰るのかと、溜め息ばかり吐いていたが、いざ市に行ってみると、痛みなど忘れたかの様に目を輝かせた。
それもそのはず。
櫓を通り過ぎてしばらくは、無人の街道が続いていたが、港に近付くに連れて人通りが増え、港に到着する頃には、辺りはさながら祭の様な雰囲気になっていた。
イベント事が大好きな柚月は、この賑やかさに疲れと痛みを忘れて心を踊らせてしまう。
「すごい賑わってるね!」
「そりゃそうだろう、この辺りでは一番デカイ市だからな」
さすがに身動きが取れないほどの混雑ではなかったが、この世界に来て以来、初めての人混み。
耳をすませば客寄せの声。
辺りを見回せば、心踊る様な品揃えの店々が軒を連ねる。
「さて…、指輪を探しがてら、少し見て回るか?」
久し振りの市なのか、政宗は興味深そうに辺りを見回すと、魅入られた様に一つの出店に向かって行く。
そこには、色とりどりの根付けが所狭しと並んでおり、柚月はつられる様に政宗の後ろから根付けを覗き込んだ。
「…根付け?すごいね。…あ!竜の根付けだよ、政宗!」
確か政宗は独眼竜と呼ばれていたはず。
思わず手に取って眺めると、政宗は小さく口笛を吹いた。
「随分と凝った作りだな」
「だよね、迫力ある…」
他にも可愛らしい動物や花を型どった根付けもあったが、妙に竜に惹かれてしまう。
「ねぇ政宗、これ買っ…」
「竜ってがらかよ、こっちの花にしておけって」
思わずねだろうと口を開いた柚月の言葉に被せる様にそう言うと、政宗は綺麗な桜の根付けを摘まみ上げた。
「…桜?なんで桜?」
「まぁ…、何となく?」
柚月の問い掛けに、含みのある笑顔で答えると、政宗は辺りに視線を動かす。
「さすがに潮の香が強いな、海の幸…と言えば聞こえは良いが…」
港が近いせいか、通りに並ぶ店々には干物類が目立つ様に並べられ、海鮮料理が好きな柚月は、つい生唾を飲み込んでしまう。
「魚…美味しそう」
「やれやれ、そんな物欲しそうな目で見なくても、港で宿をとれば嫌って程に食える」
「確かに…」
今晩の食卓に出るであろう新鮮な海の幸を想像すると、自然と顔がにやついてしまう。
美味しい魚料理が食べられるなら、例え指輪が見付けられなくても、こんな所まで遠出して来た甲斐があると言うものだ。
そんな事を考えながら胸を踊らせていた柚月は、思い出した様に政宗の腕を掴んだ。
「そうだ政宗!せっかく此処まで来たんだし、海を見に行かない?」
「海?」
「そう!海!」
暑い時期ならばもっと良かったのだが、せっかく港まで来たのだ、浜辺で散歩するのも悪くない。
城に戻れば、次はいつ海まで来られるか分からないのだ。
「さ!ほらほらァ!」
気乗りしないのか、返事をしない政宗の腕を引くと、柚月は市の奥を指差した。
「あっちかな?さ、行こッ!」
港へ到着した時刻が遅かったせいか、浜辺へ足を踏み入れる頃には、辺りは夕闇に染まり掛けていた。
見渡せば波止場が見えるが、既に人影はない。
見えるのは夕陽に染まった静かな海面と、またその海面に沈もうとしている夕陽。
耳を澄ませば、浜辺に打ち寄せる穏やかな波の音が聞こえて来る。
「…残念、青い海が良かったのに…」
浜辺に着いた途端にそう溜め息を吐くと、政宗は苦笑しながら柚月の肩を抱き寄せた。
「まぁ良いじゃねぇか、夕暮れの砂浜ってのも情緒があるだろう?」
実際、政宗が言う様に、昼間の砂浜より夕暮れの砂浜の方が雰囲気がある。
こうして二人で暮れ泥む夕陽を眺めていると、どうにも背中がむず痒くなってしまいそうだ。
思い返してみれば、今まで本気の恋愛などした事がない。
仲の良い友人や妹に彼氏が出来てしまい、一人でいる事が増えた為、寂しさを紛らわせる為に付き合った男がいるだけだ。
正直、好きでも何でもなかった。
友人や妹の代わりに遊んでくれれば、誰でも良かったのだ。
スポーツマンの彼氏を持つ友人が羨ましくて、サッカー部のエースと付き合った事もあれば、野球部もあった。
また、別の友人から年上の彼氏と車でドライブしたと聞けば、車を持っている社会人と付き合った事もある。
その他にもバンドマンや後輩、バイト仲間など、色々なタイプと付き合ったが、好きだから付き合ったと言う男はいない。
そのせいか、長続きした事がなく、結果的にこの年まで本気で人を好きになった事がなかった。
(まさか初めての本気の恋がゲームのキャラクターなんてね…)
今後、元の世界に帰ってから恋愛が出来るだろうか。
政宗以上の男が現実にいるのだろうか。
そんな事を考えていると、隣を歩いていた政宗が柚月の顔を覗き込んだ。
「おい、どうした柚月。来たがってたわりには、心此処に在らずだな」
「…へ?あ…あぁ、海に見惚れてた」
「海を見たのは初めてか?そんなはずはねぇよな」
「まぁ初めてなわけじゃないけど…、でも好きな人と見る海は初めてだよ」
世辞を言ったつもりはなかったが、柚月がそう言って海を見ると、政宗は薄く笑って空を見上げた。
「冷えてきたな、そろそろ宿に行くか。腹も減っただろう?」
「え、指輪は?」
「馬に乗りっぱなしで疲れてるんじゃねぇのか?今夜は休め、明日探せば良いさ。それに、もう市も終わる」
さすがに柚月の体力を見抜いていたのか、政宗はそう言って柚月を抱き寄せると、額に口付けた。




