Trouble
茶屋で少しの時間、休息をとった政宗は、まだもう少しと渋る柚月を無理矢理に担ぎ上げると馬に乗せ、再び港へ向かって馬を走らせた。
小十郎や部下を連れている時とは違い、柚月一人を連れている以上、山賊に対する懸念は勿論あったが、引き返す程でもない。
何より、以前にあった盗賊事件を考えると、柚月に限っては心配する必要もないかとも思う。
何かの危機に直面した時、ただ怖がり泣くだけではなく、自らの意思と行動力で立ち向かう強さが柚月にはある。
政宗が惹かれたのも、きっとそのせいだろう。
男に守られ、背中で震えるしか出来ない女に、何の魅力があろう。
一夜を共にするだけならば話は別だが、ずっと傍に置く事を考えれば、外見の魅力よりも中身が重要だ。
外見の良い女が欲しければ、わざわざ傍に置かずとも、毎晩新しい女を望めば良い。
そんな事を考えながら、政宗は抱えている柚月の後ろ姿を見下ろした。
(…ずっと傍に…か)
そんな事が可能だろうか。
確かに出会った時に、しばらく城にいる様に勧め、形だけだが今は結婚の話も出ている。
だがその『しばらく』とは、どれくらいの事なのだろうか。
柚月が城にいるのは、探している指輪が市へ出るまでの間だけではないのか。
だとしたら、今向かっている市で探し物が見つかってしまえば、柚月が城にいる理由はなくなる。
思い返せば、自分は柚月がどの村の出身なのかも聞いていないのだ。
「…少し急ぐぞ」
考えている内に、柚月を手離したくないという独りよがりな感情が込み上げ、政宗は考えたくないとでも言う様にそう呟くと、柚月の返事を待たずに馬の腹を蹴り上げた。
再び馬を走らせてから、どれ程の時間が経ったのか。
柚月は、向かう先に物見櫓が見えた事に気付いて、背後の政宗を振り返った。
「政宗…あれじゃない?さっきのおばさんが言ってた…」
「みたいだな」
「まさか寄るとか言わないよね?」
「わざわざこっちから仕掛ける理由はねぇだろ、俺の事を何だと思ってんだ。向かって来たら蹴散らすだけだ」
そう言って、馬の速さを弱める事なく街道を進む政宗に、柚月は安心した様に胸を撫で下ろす。
だが、安心したのもつかの間。
物見櫓が近付くにつれ、野太い男達の声が響き始め、柚月は驚いた様に辺りを見回した。
すると、数えきれない程の山賊達の姿が視界に飛び込んで来る。
しかも、山賊達は既にこちらに気付いている様だ。
道を塞ぐ様に街道の中央に陣取っている。
「ま…政宗…」
「ほぉ…」
柚月に促されて目を凝らした政宗は、通行の邪魔をする様に立ち塞がる山賊に、楽しそうに笑いながら馬の速さを緩めた。
「ちょ…、急いで突っ切った方が良いよ!」
「いや、通してくれそうにないみたいだぜ。少し遊んでやるか」
「い…いやいや!状況読もうよ!多勢に無勢だよ!」
焦る柚月とは裏腹に、余裕の様子で馬を進めた政宗は、山賊達が道を塞ぐ手前まで来ると馬を止めた。
「大人しく此処で待ってろよ?」
「え…え?」
安心させる様に柚月の頭を叩くと、政宗は軽やかに馬から飛び降り、山賊達に歩み寄る。
「悪ぃな、俺達に何か用か?無いなら通してくれ、この先に用があるんだ」
平和的ではなく、小馬鹿にした様にそう言うと、山賊達は一瞬だけ驚いた様に政宗を見つめ、そして笑い始めた。
「女連れのどんな優男かと思えば、俺らを見てビビんねぇとは、面白いじゃねぇか兄ちゃん!」
「出すモン出せば通してやるって」
「金がねぇなら、馬と女でも良いぜ?不細工な餓鬼だが、若い女は売れば金になるからな」
山賊達の視線が自分に注がれた柚月は、ゾッとしながらも唇を噛み締める。
(また…!ブサイクって言われた!盗賊も山賊もムカつき!!)
多少太っている事も、整った顔立ちはしていない事も自分で認めるが、この戦国に来てから外見を貶されるのは二度目である。
柚月が悔しさと情けなさで山賊を睨むと、政宗は苛ついた様に鯉口を切り、ゆっくりと鞘を走らせた。
「おい…。死にたくなけりゃ、その口を閉じろ」
低く、だがはっきりとそう呟くと、政宗は山賊達に刀の切っ先を突き付ける。
「そいつへの侮辱は、この俺への侮辱だ。今さら詫び入れようったって遅いぜ?」
「調子に乗るなよ、兄ちゃん。何人いると思ってる」
刀を構えながら挑発する政宗に、山賊は余裕を見せながら背後を振り返る。
そこには、武器を構えた屈強な男達が数え切れない程にいたが、政宗は溜め息混じりに首を振った。
「人数で攻めりゃ勝てると思ってんのか?」
「ほざけ!!おい、お前ら!!あの優男を殺して女と馬を奪え!!」
山賊の頭領らしき男がそう言うと、背後にいた山賊達はニヤニヤ笑いながら各々の武器を構える。
「いいね、久しぶりに楽しくなってきたぜ」
「馬鹿にしやがって…、後悔させてやれ!!」
政宗が山賊達と刀を交え始めてから、柚月は目の前の状況が信じられずに、馬の上で政宗を見つめていた。
普通に考えれば、敵うはずのない人数を相手に、政宗はまるで赤子の手を捻る様に刀を奮っている。
「おいおい、どいつもこいつも話にならねぇな」
軽口を叩きながらも、政宗は前後左右から振り下ろされる多数の刃を薄皮一枚で避け、的確に相手の急所に峰を打ち込んでいる。
左右から襲い掛かられれば刀で防ぎ、前から掛かってくる相手には身を翻して膝を叩き込む。
強い脚力で飛び上がった政宗は、着地ざまに二人の山賊の顔面に蹴りを叩き込むと、羽根の様に軽やかに大地に着地した。
「…てめえら、ちぃーっと甘いんじゃねぇか?俺の首が欲しいなら、死ぬ気で来いよ。これなら小十郎一人の方がまだ手強いぜ」
「るせぇッ!!」
安い挑発だったが、頭に血が登っていた山賊は、政宗の言葉に簡単に乗せられると、大振りに刀を振り上げる。
だがその刀は政宗によって弾かれ、無様にも山賊は大地に口付ける事になったのだ。
「…ッグへ!」
顔面から大地に着地した山賊は、小さく悲鳴をあげるとそのまま気を失い、政宗はつまらなそうに山賊を見下ろした。
「…やれやれだ、ちょっとした運動にもならねぇな」
そう言って一人愚痴ると、刀を鞘に収めて柚月を振り返る。
「おい、終わったぞ」
あれだけの人数を相手にしても、少しも疲れていない様に柚月へと近寄ると、政宗はひらりと馬の背に飛び乗り、手綱を握る。
「さて行くか、つまらねぇ時間を過ごしちまった」
「政宗…強いんだね、驚いた」
「何言ってんだ」
今までどんな印象だったと言うのか、見直した様な目で見てくる柚月に舌を鳴らすと、政宗は何かを思い付いた様に口角を上げた。
「もしかして惚れ直したか?」
そう言って、からかうように後ろから顔を覗き込むと、柚月の肘が容赦なく政宗の鳩尾に叩き込まれた。
「…ッ…!」
「何言ってんの!!」
楽しそうな声色の政宗に、柚月は真っ赤な顔で叫ぶのだった。




