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市へ

結局、政宗の鶴の一声によって、柚月は小十郎を名字ではなく「小十郎さん」と名前で呼ぶ事になった。

小十郎は、最後まで食い下がっていたが、柚月本人が呼び捨てなんて無理だ。と、本気で嫌がっていた事もあり、折れる事にしたのだ。


「じゃあ…小十郎さん…って呼びますね」


言い慣れぬ呼び方で、多少の照れ臭さがあったが、仕方なくそう呼ぶと、柚月はつい小十郎から顔を逸らしてしまう。


「そう嫌そうに名前を呼ばれると傷つきますね、良いのですよ?もっと親しげに呼んで頂いても」


「別に嫌々じゃないけど…、照れる」


「政宗様の事は親しく呼び捨てされてらっしゃるのに…、つれないですね」


「だってほら…政宗は年が近いし。片く…じゃない、小十郎さんは年が離れてるじゃないですか」


そういうと、小十郎はそんなに離れていませんよ。と心外そうに息を吐く。

すると、ずっと二人のやり取りを見ていた政宗が肩を揺らして苦笑しながら口を開いた。


「お前ら見ていて飽きないぜ」


以前とは違い、強く言い返す事の出来ない小十郎にそう言うと、政宗は窓の外に視線を移動させる。


「…お前らを見ているのも良いが、そろそろ市に行ってみないか?暗くなると店じまいしちまうからな」


「あ…うん、そうだね」


つられて窓の外を見た柚月が思い出した様に立ち上がると、政宗は腰を上げて小十郎を振り返る。


「小十郎、帰りは遅くなる。留守は頼めるな」


「えぇ、お任せ下さい」


そう返事をしながら頭を下げる小十郎を見ると、政宗は満足そうに頷いた。











今回の市が行われているのは、城から数里離れた港町である。


戦を想定しているのか、城までの道は一本しかなく、城を出てから数刻経つが、別れ道は一つもない。


さらに言えば、市が行われる今の時期は山賊が増える為、人通りはほとんどなく、むし皆無かいむに近い。


だが城下と村を繋ぐさびれた街道かいどうを、みなとへ向かってひたすらに歩き続けると、途中いくつかの村を過ぎた辺りで人通りが増え、賑やかになる。


「人が増えて来たね」


背中から政宗に抱えられる形で馬に乗っていた柚月は、わくわくした様に辺りを見回して口を開いた。


「ここまで来ると、さすがに市が近いからな。皆、市に向かってるんだろう」


馬上から珍しそうに辺りを見回している柚月にそう答えると、政宗は柚月を抱えている腕に力を込める。


「おい、落ちるぞ。大人しくしてろ」


「ごめんごめん、珍しくて」


照れた様に舌を出してみせる柚月に溜め息を吐くと、政宗は向かっている方向を指差した。


「茶屋がある、少し休むか?馬に乗りっぱなしで疲れたろ?」


「うん、…実はお尻が痛い。馬に乗る人は皆こうなるの?」


「まぁ、慣れねぇ内は大体そんなもんだ」


そう言いながら笑うと、政宗は茶屋の脇に馬をつけた。

茶屋から満面の笑顔で出てきた人の良さそうな中年の女に馬を預けると、政宗は道沿いに設置された腰掛けに腰を下ろす。


「女将、こいつに善哉ぜんざいか団子でも出してやってくれ」


柚月を指差しながらそう言うと、女将と呼ばれた女は愛想良く頷いて店内に姿を消す。


「ねぇ、市まではまだ遠いの?」


最初の頃は乗馬が楽しくもあったが、車や電車と違い、いい加減に飽きてきた柚月は、政宗の隣に座りながら、自分の尻を撫でる。


「んー、そうだな…、此処まででようやく半分って所か」


「半分!?」


「この茶屋は、城と港の大体中間地点だからな。うちの城から市に行く時は大体この茶屋で一休みする。たまに帰りに団子を土産に持って来てくれる時もあるぜ」


「またあの距離を馬に乗るのか…」


うんざりした様に柚月が溜め息を吐くと、店の奥から女将が顔を見せ、眉をひそめながら柚月に善哉を手渡した。


「お客さん達…市へ向かってるの?悪い事は言わない、止めた方が良いよ」


内緒話の様に、声を低くしながら女将がそう言うと、政宗は無言のまま視線だけを女将に向ける。


「市へ向かうにはこの道一本しかないけどね、この少し先の物見櫓ものみやぐらに山賊が住み着いてるんだよ」


「山賊…」


まさかと言う思いで柚月が政宗に視線を向けると、政宗は興味無さげに柚月の手にある善哉を口にする。


「とにかく、私はおすすめしないよ。市へ行くのに命懸けなんて馬鹿らしいからねぇ」


そう言って、やれやれといった様子で首を振ると、女将は別の客へと向かって行ってしまう。


「政宗…どうする、帰る?」


困った様に柚月が政宗の顔を覗き込むと、政宗は口の回りに付いたあんこを手の甲で拭いながら柚月に白い目を向けた。


「何言ってんだ、どうして俺が山賊ごときに遠慮しなきゃならねぇ」


「…あぁ、はい。そうですよね、すみません」


聞くだけ無駄だったと後悔しながらそう言うと、柚月は諦めて善哉の残りを頬張った。

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