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新しい朝

翌朝、いつの間にか眠ってしまっていた柚月が目を覚ますと、既に隣に政宗の姿はなかった。


(…起こしてくれれば良いのに…)


布団から上半身を起こし、両腕を広げながら欠伸をすると、柚月はもぞもぞと布団から這い出す。


目を擦りながら辺りを見回すと、政宗が開けて行ったのか、開いた窓からは穏やかな陽射しが入り込んでいる。

珍しく天気が良さそうだ。


(顔洗って目を覚まさないと…)


何気なく鏡台に視線をやると、寝不足や昨夜泣いていたせいもあり、鏡には目の腫れた不細工な顔が映っている。


(酷い顔…、ったく…)


自分で自分に毒づきながら鏡に近付いた柚月は、鏡台の上に置かれた弓からの手紙を手に取ると、込み上げてきそうな涙を堪える様に首を振る。


「…ずっと落ち込んでても仕方ない!しっかりしろよ私!!」


いつまでも弓を思って泣くのはもう止めよう。

弓もそれを望んでいる。


そう心に誓うと、柚月は鏡台の引き出しに手紙をしまい、再び鏡を見上げた。

そこには、さっきまでとは違い、清々しい表情をした自分の姿が映っていた。











井戸の冷たい水で顔を洗い、腫れた顔を引き締めた柚月が政宗の部屋へ向かうと、例の如く、部屋の前には小十郎が控えていた。


「あ…片倉さん、おはようございます」


そう挨拶をすると、小十郎は長い髪を耳にかけ、柚月に恭しく頭を下げた。


「…はい?」


どういう風の吹き回しなのか。

うやうやしい態度の小十郎に柚月が目を白黒させると、小十郎はそのまま柚月にひざまづいた。


「…えッ!?な…何々!?」


何事かと慌てて小十郎に合わせてしゃがみ込む。

すると人形の様に端正な顔が柚月を見つめた。


「柚月様、今までの非礼をお許し下さい」


「何なの…怖ッ…。…って、いやいや!何かあったんですか?」


今度は何を企んでいるのだろうか。

警戒した柚月が小十郎の肩に手をかけると、小十郎ではない低い笑い声が廊下に響いた。


「…?」


今度は何だと顔を上げた柚月は、楽しそうに声を殺して笑っている政宗の姿を見つけ、困った様に立ち上がった。


「ま…政宗!片倉さんが変なの!何か悪い物でも食べたんじゃ…」


「落ち着けよ、小十郎はお前と違って拾い食いなんかしねぇから」


「…いつ私が拾い食いをしたのよ」


愉快そうに笑う政宗を不貞腐れた様に睨むと、政宗は部屋の襖を開けた。


「とにかく中に入れ。小十郎、お前もだ」










「え!!?結婚!?」


小十郎の手のひらを返した様な態度に、何かあるな…とは思っていたものの、まさか結婚と言う言葉が出てくるとは思いもしなかった柚月は、驚いた様に政宗の言葉を鸚鵡返おうむがえした。


「そうだ、まぁ形だけだけどな。何も本当に俺の嫁になれって言ってるわけじゃない」


「…って、いやいやいや…。何で?そもそも何で今さら?今まで何も言わなかったのに…」


「理由は二つ」


「聞かせて貰いましょうか?」


驚く柚月とは正反対に、落ち着いた様子で指を二本立てた政宗に答えると、柚月は白い視線を向ける。


「まず一つ…お前がこの城に来てから随分経つ、そろそろお前の身の振り様を決めなきゃならねぇ」


「どうして?」


「周りの連中が五月蝿ぇからだ」


話によれば、正妻としてめとった訳でも、側室として傍に置いている訳でもない…、更に言えば、奉公させている訳でもない女を城に置いておくのは体裁ていさいが悪いのだと言う。


(…つまり現代で言うと、恋人でも奥さんでもない相手との同棲は、世間体が悪い…みたいな感じ?)


何となくだが状況が飲み込めた柚月が、もう一つは?と聞くと、政宗はばつが悪そうに目を逸らした。


「…牽制けんせい…かな」


「は?…牽制?私と結婚する事が、何の牽制になるわけ?」


一つ目の理由と違い、理解出来なそうに首を傾げると、隣に控えていた小十郎が小さく笑う。


「片倉さん?」


何が可笑しいのかと小十郎を振り返ると、小十郎は無言で部屋の角に視線を向けた。

つられて視線を動かした柚月は、そこに大量の手紙や巻物が積まれている事に気付いて目を見張る。


「な…!何アレ!!」


それもそのはず。

そこに積まれている手紙や巻物の数は、天井に届くのではないかと思える程の量なのだ。


「な…何ですか、あれ…?」


恐る恐る小十郎に問い掛けると、小十郎はちらりと政宗に視線をやりながら口を開いた。


「もちろん政宗様への恋文や求婚…、殆どが懸想けそう文です」


(つ…つまりラブレター…?あの量はいくらなんでも…)


一体、どれ程の恋心を寄せられていると言うのか。


(ラブレターって言うより、芸能人へのファンレターね)


溜め息混じりに政宗に視線を向けた柚月は、改めて政宗の綺麗に整った顔に見惚れてしまう。

強い意思を携えた切れ長の瞳と高い鼻梁びりょう、薄いながらも形の良い唇。


(かっこいい…よね、うん)


そしてその政宗に、正妻どころか、側室の一人すらいないのだ。

無駄だと分かりつつも、我先にと返事のこない恋文を送り続ける、官僚や豪族の娘達の気持ちは良く分かる。


「それで私が牽制になるわけね…」


「まぁ、全部が全部、俺への手紙な訳じゃねぇけどな」


「というと?」


「小十郎への手紙も混ざってる。こいつもまだ独り身だからな」


そうちらりと見ながら言われた小十郎は、興味なさそうに溜息を吐く。

その様子は妖艶で、男でありながらそこらの女より色気がある。

綺麗な長い銀髪と繊細そうな長い指先。

政宗の男らしい魅力とは逆に、中性的な魅力だ。


「…お二人とも美形ですからね…」


相手は乙女ゲームの攻略キャラクターだ。

美形で当然なのだが、何だか悔しい。


「話は分かったよ」


伊達政宗ほどの男が、たった一人しか女を迎えないとなれば、余程の寵姫なのだろうと、殆どの娘達が諦めるだろう。


確かに良い牽制方法ではあったが、柚月は妙に納得がいかない様に溜め息を吐く。


(…自分から望んだ訳じゃないけど、理由が分かると少しショックだわ)


例え嘘でも、自分を好きだから傍に置きたいのだと言って欲しかった。

そんな気持ちで俯くと、政宗は不思議そうに柚月を見下ろした。


「どうした?」


「別に…?それで?片倉さんの態度が変わったのも、形だけでも私と結婚する事になったから?」


今までとは違い、妻となれば家臣である小十郎の立場は、確かに柚月より下になる。


だが、こうもあからさまに態度が変わると気味が悪くもあり、柚月は困った様に小十郎に視線を向けた。


「片倉さん…私への接し方は、今まで通りで結構ですから」


「なりません。他の者たちへの示しというものもあります。それよりも、私の事は小十郎と呼び捨てて下さって結構です」


「え、無理ですよ、片倉さんのままで良いです」


「小十郎とお呼び下さい、柚月様」


「無理です、片倉さん」


そんなやり取りを続けていた柚月と小十郎を、政宗は肩を竦めながら楽しそうに眺めていた。


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