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慚愧

「政宗…弓さんのお祖母さんを殺したって…どういう事?」


余りの衝撃に止まらなかったはずの涙も止まり、困惑しながら政宗を見つめた柚月は、政宗の目に、自分と同じ後悔の色がある事に気付く。


「政宗…?と…とにかく中へ…」


このまま廊下で話していれば寒さに凍えてしまう、柚月は政宗を部屋へ招き入れると、冷たい空気を遮断しゃだんする様に襖を閉めた。


小さな行灯を二人で囲む様に座り込み、弓の用意してくれた火鉢に火を入れると、少しだけ室内が暖かくなる。


しばらくお互いに黙り込んでいたままだったが、吐き出す息が白く染まらなくなるのを確認すると、柚月は話を促す様に政宗を見つめた。


「政宗…さっき言っていたのは…どういう意味なの?」


何とか話の続きを聞こうと問い掛けると、政宗は小さく口を開いた。


「お前が弓の手紙を持って来なければ気がつかなかっただろうが…、弓の祖母さんを殺したのは俺だ」


そこまで言うと、政宗は辛そうに目を閉じる。


「政宗…話してくれる?」


興味本意から聞きたがった訳ではない。

この城に来たばかりの頃に出会った幽霊、そしてその孫だと言う弓。


全ての始まりが、この政宗の話にあると、何故だか柚月には分かったのだ。


躊躇ちゅうちょしている様に口を閉じている政宗を見つめながら、根気よく待っていると、決心がついたのか政宗は当時の事をぽつりぽつりと語り出した。


「弓のばあさ…いや、キヨって名前だったか。キヨは…よく気の付く女だった、他の奴等が嫌がる事でも嫌な顔を見せずに働いてた」


「…弓さんみたいね」


訥々《とつとつ》と語り出した政宗の話は、難なく想像出来る話だった。

弓を見ていれば、弓の祖母、キヨがどれ程の働き者だったのか…。


そして、どれ程政宗が信頼していたのか…。


柚月が弓を信頼していた様に、政宗もまたキヨを信頼していたのだろう。


「あれは…そうだな、春先の事か。薬庫から毒薬がなくなった」


「…え?それって…」


「あぁ、今回の事と似てるよな。弓が知ってて同じ事件を起こしたのかどうかは知らねぇが」


今回の事件と違うのは、盗まれた毒薬が見つかったのは、政宗の食事の中からだったと言う。


「毒味役がいなけりゃ、死んでたかも知れねぇな」


「そ…その毒味をした人は…死んじゃったの?」


死ぬと言う恐ろしい言葉に、柚月が顔を青ざめさせると、政宗は口角を上げて首を振る。


「いや?.お前も良く知ってるじゃねぇか」


「は?えっと…、ま…まさか…片…」


「正解」


「でも…毒を飲んだのに、どうして大丈夫だったの?」


「…さぁな、思う以上に小十郎の奴が頑丈だったか…毒薬が少なかったのか…」


本当の所は分からない、と言いたげに宙を仰ぐと、政宗は小さく息を吐く。


「…それで?」


「…その食事でしくじったせいで、キヨが間者だった事が分かった」


そう言った政宗の表情は、当時を思い返しているのか、遠い目をしている。


まるで何年も前の事だとは思えない程に流暢りゅうちょうに語る政宗の話によれば、キヨは間者として政宗に仕えている内に、本当に政宗に対して忠誠心を抱く様になっていた様だ。


それは、政宗が自分の都合の良い様に語っている訳ではなく、本当の事なのだろうと、政宗の人柄を知る柚月には良く分かる。


間者と言う事を知った政宗だったが、今までの働きぶりを見てキヨを信頼しており、今後も仕えて欲しいとキヨを許した。


だが、それに対する弓のキヨの返答は、自害であったと言う。


「…よりにもよって、この俺の目の前で…盗んだ毒薬を飲みやがった」


その毒薬を飲み、命を断った場所こそが天守だったのだろう、聞かずとも分かる。


そして政宗の許しに対し、死を以てその返事としたキヨの気持ちもまた、柚月には良く分かった。


(政宗を裏切った…自分が許せなかったんだ…)


それほどまでに、殺さなければならない敵として出会ったはずの政宗に、人間として惚れ込んだのだろう。


そんな事を考えていると、政宗は天井へと視線を向ける。


「…お前が天守で見たと言った女はキヨだろうな。俺がもう少し早くキヨが毒薬を持っている事に気付いていれば…、いや…毒薬を飲もうとするキヨを止めていれば…」


「…政宗」


「あいつが毒薬を出した時、すぐに動けなかった。すぐに毒薬を奪える距離にいたのに…やらなかった。許したつもりで、裏切られた怒りと痛みが強かったんだ」


そう言って伏せた顔に長い前髪がかかる。


「気がついた時には、キヨは毒を飲み干してた。…心から許す事が出来なかった俺を恨んで…まだ天守にいるのか?」


「違うよ政宗、キヨさんは…政宗を恨んでないよ」


「…いや、キヨは気付いてたんだ。俺が本当は許していなかった事を。許すなんて口だけで、本当は…本当は…」


「違うって!政宗はキヨさんを許してた、好きだった。裏切られていた事に傷ついてただけで、許してなかった訳じゃない。キヨさんは政宗が許しても、自分で自分を許せなかったくらい政宗を思ってたの!だから自ら命を絶ったの!…なのに恨むはずない…そうでしょ?」


「柚月…」


「きっと政宗がズルズルってるから…、情けない政宗を心配して天国に逝けないんじゃない?」


「…おいおい、言ってくれるじゃねぇか」


敢えて政宗の自尊心を傷付ける様にそう言うと、政宗は鼻で笑って柚月を振り返る。


「…だが、あながち間違っちゃいないかもな…」


「政宗…キヨさんもきっと分かってる、助けようとした気持ちも…信頼も、だから…」


だからそんな悲しそうな顔をしないで。

そんな気持ちで政宗を抱きしめると、柚月は慈しむ様に政宗に頬を擦り寄せた。


「大丈夫…」


「…うん」


抱きしめる柚月の胸の中で、穏やかな顔で目を閉じた政宗は、子供のように返事をすると、今まで溜まっていた悲しみとやるせなさを吐き出す様に深い息を吐いた。


「今夜は…ずっと一緒にいてくれ、一人じゃ寝れそうにない」


柚月の胸に顔をうずめ、辛そうに呟く政宗に、いつもの強気な雰囲気は感じられない。


(きっとキヨさんを助けられなかった事を、ずっと悔やんでたんだろうな)


男の人がこんなに弱々しく見えたのは初めてだ。

柚月は返事の代わりに政宗を強く抱きしめた。

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