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それぞれの矜持

政宗の部屋で夜更かしをした翌朝、人に姿を見られない内にと、日が昇る前に自室に戻っていた柚月は、一人鏡に向かっていた。

夜通し起きていたせいか、目の下にはうっすらとくまが見える。


昨夜はずっと政宗の元で過ごしていた。

ゲームもテレビも何もないこの世界、すぐに暇になって眠くなるかと思っていたが、政宗と過ごす時間は楽しく、話をしているうちにあっという間に朝になっていた。


彼氏でもない男の部屋で一夜を過ごすなど、柚月にとっては初めてのことだ。


(彼氏…じゃない…。けど…)


抱きしめられた事が嫌ではなかった事、政宗の事を考えると高鳴る胸。

ついさっき別れたばかりだというのに、もう寂しくて会いたくなっている事。


どう考えても、政宗に惚れているようだ。

そう考えると、柚月は胸がチクリと痛くなる。


(私の馬鹿…政宗は…絶対好きになっちゃいけない人なのに…)


惹かれれば惹かれる程に、元の世界へ戻る事が辛くなる。

だがずっとこのゲームの世界にいる事は出来ない。

どんなに好きになっても政宗は乙女ゲームのキャラクターであり、ここはゲームの世界の中なのだ。


(政宗…)


だが室内に畳んである制服と、政宗に貰った簪を見比べた柚月は、元の世界に帰る事を、以前ほど望んでいない自分に気付いて溜め息を吐いた。


もしこのまま元の世界へ帰れないと分かっても、それほどショックは受けないかも知れない。

いや、むしろ政宗と離れずに済む事を喜んでしまうかも知れない。


「私は…どうしたいんだろう…」


もし元の世界へ帰らずに、ずっと傍にいたいと言ったら、政宗は何というだろう。

そもそも、政宗は自分の事をどう思っているのか。


柚月は深い溜息を吐いた。











柚月が自室に戻ってから数刻後、片付く気配のない責務に追われていた政宗は、あちこちに積まれた上奏の山を前に頭を抱えていた。


「くっそー、減りやしねぇ…」


片付けても片付けても、止まる事を知らぬ様に届けられる上奏。


そして何より、各地の豪族から文と共に送られてくる、絹や砂糖、丁子、唐木、伽羅、珊瑚、陶磁器、鹿皮などの贈り物。


その一つ一つに目を通していれば、誰であろうと気が滅入るというもの。

特に政宗は、こうした機嫌取りの様な贈り物を好まない。


毎回小十郎に送り返させているが、強引に送られて来る賄賂は後を絶たないのだ。


「…ったく、どいつもこいつも…馬鹿の一つ覚えか」


苛つきを吐き出す様に溜め息混じりにそう口に出しながら、政宗は手にしていた上奏文を乱暴に開いた。


だがその上奏の内容を見た瞬間、政宗の身体がピクンと反応する。


「…来たか」


内容を黙読で確認しながらそう呟くと、政宗は部屋の外に控えている家臣へと声を掛けた。


「おい、小十郎は何処にいる?直ぐに呼んでくれ」











天気こそ悪くはないものの、奥州の空は太陽を隠しながら、相変わらずどんよりとした灰色に染まっている。


いつもの様に朝早くから内政の為に走り回っていた小十郎は、城内の様子を一つ一つ丹念に確認しながら、小さく息を吐いた。

空を仰ぐと、今にも雨が降りだしそうな空模様を見せている。


だが苛立たしげに空を見上げていた所で、天気が変わるはずもない。


「……」


今、小十郎を悩ませ、胸中を空の様に曇らせているのは、天気の懸念だけではなく、昨夜部屋にやって来た弓のせいでもあった。


青白い顔で部屋を訪ねて来た弓は、まるで懺悔をする様に今までの事を小十郎に話してきたのだ。


それを聞いた小十郎のショックは如何程いかほどのものか、分かる者などいるだろうか。


己の頭で何を考える訳でもなく、状況証拠や感情だけで柚月を疑い、酷い態度を取って来た。


柚月から天守で弓の祖母を探しているのだと聞いた時点で、おかしいと思うべきだったのだ。


昨夜、弓から全てを聞いた小十郎は、怒りと戸惑い。

そして自分の愚かさと、弓に対する激怒で気が気ではなかった。


何より、主である政宗を謀った罪は重い。

だが小十郎は、弓に罰を与える事もせずに暇を出した。

いつもならば絶対にやらない処遇である。


理由は、弓の目に覚悟をした者が持つ“ある光”を見たからだった。

弓は死を決意している。


それは与えられる罰としての死ではなく、自らの意思で選び取った覚悟の死だ。


それを感じたからこそ、小十郎は弓に最期の忠義を全うさせてやりたかったのだ。


もちろん政宗を謀った罪は、自ら選んだ死であがなえるものではない。


勝手に自害などされていれば、墓を掘り起こしてでも、罰を受けさせるべき罪である。


弓に暇を与えた後、甘かったのではないかと後悔もしたが、それは弓よりも政宗と柚月を思えばこその処遇でもあった。


(政宗様への報告は決定事項…、だが柚月様は…)


ずいぶんと弓に心を寄せていた柚月である。

弓が死を決意しているなど知れば、今度は何をするか分からない。


(…やはり私が憎まれ役に徹するべきか)


ぽつぽつと泣き出し始めた空を溜め息混じりに見上げると、小十郎はこれ以上の仕事を諦め、雨から避難する様にその場を後にした。


城に戻り汚れた服を着替え、政宗の元へ行こうとしていた小十郎は、廊下で反対側から近付いて来ている柚月の姿に気付いて足を止めた。


「…柚月様」


顔を合わせにくくはあったが、会ってしまった以上、無視する訳にもいかず名前を呼ぶと、柚月はちらりと小十郎を見上げて頭を下げた。


「片倉さん…、…おはようございます」


「…珍しく早起きですね」


「え?いや…ちょっと眠れなくて…。それに喉も渇いたから厨房にお水を貰いに行こうと思って」


そう言って喉の乾きを表現する様に首元へ手を当てた柚月は、小さく咳き込んで見せる。


「水なら女中に運ばせます。あまり部屋から出ないで頂きたいですね」


何故部屋で大人しくしていられないんだと言いたげにそう言うと、柚月はあからさまに顔を歪めた。


「…はぁ!?軟禁は解かれたのに、まだそんな事言っ…」


「何を勘違いしているのですか?おそらく政宗様からお呼びがかかるはずです、すれ違いにならぬ様に部屋にいろと言っているのです」


「…ま…ッ…政宗?」


「?」


小十郎と顔を付き合わせた瞬間から、ずっと不機嫌そうな柚月だったが、政宗の名前を聞いた途端に動揺した様に慌て始める。


どうしたのかと柚月の顔を覗き込んだ小十郎は、柚月の顔が真っ赤に染まっているのを見て眉をひそめた。


「……」


「…?どうか?」


「…いえ、顔が赤いので酔っ払ってらっしゃるのかと」


「いやいや!普通顔が赤いのを見たら、風邪か?とか、まずは体調

を心配するでしょう!」


酒なんか飲むか!と反論する柚月に、小十郎は背中を向けた。


「…とにかく、部屋に戻って下さい。いいですね?」


「はいはい…」


「…返事は一度です」


「はーーーい!」


「…元気の良さに頭の軽さが滲み出ていて、とても良いお返事ですね」


笑顔のまま嫌味を言うが、柚月は飄々(ひょうひょう)とした様子で小十郎に背中を向ける。


「じゃあ、私は部屋に戻りますね」


そう言った後ろ姿を睨み付けると、小十郎は疲れた様に溜め息を吐いた。


(…調子が狂う)


城主である政宗に気に入られている事を鼻に掛けている訳でもなさそうだが、誰に対しても殆ど態度の変わらない柚月は、小十郎にとっては扱いにくい。


嫌味を言っても大人しくなるどころか言い返し、立場が上である政宗や自分に対しても、言いたい事ははっきりと口に出す。


「やれやれ…」


そう誰に話し掛けた訳でもなく呟いた小十郎は、柚月が立ち去って行った廊下をぼんやりと眺めていた。


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