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疑惑

「あ、ミミズ。っつーか、デカッ…!!」


小十郎に言われた通り、柚月は倉庫へ掃除に来ていた。

今まで見た事がない程に大きなミミズは、摘まむ柚月の指から逃げ出そうとするかの様に、うねうねと動いている。


「こんなに大きなミミズがいるなんて、土壌どじょうが良いんだな」


水も冷たくて美味しいし、土壌も良い。

さぞかし美味しい野菜や米が食べられるだろう。


ぽいっと摘まんでいたミミズを土に帰した柚月は、掃除をした倉庫の中を満足げに眺めた。

漫画のようにピカピカ光るとまではいかなくても、まずまずの成果だと思う。


「うん、完璧とは言えないけど、綺麗になったんじゃない?」


元の世界とは違い、洗剤があるわけでも掃除道具がある訳でもなく、倉庫の掃除は想像以上に難儀なんぎした。

改めて現代科学は凄いんだと、妙な所で感心してしまう。


そろそろ休憩にするか振り返ると、遠くに小十郎の姿が見えた。


「あれっ」


何をしているのかと見ていると、どうやら柚月に用があるらしく、小十郎はこちらへと近づいてくる。


「お疲れ様です、どうやら真面目にやっているようですね」


「当たり前じゃないですか」


また嫌味を言いに来ただけか…と白い目を向けると、小十郎は柚月に手の平に収まるサイズの包みを差し出した。


「何ですか?」


「お腹が減る頃ではないかと思いましたので、少しですが食事をお持ちしました」


「え、嬉しいです!ありがとうございます!」


ちょうど休憩にしようかと思っていたところで、素直に礼を言うと、柚月は「そう言えば…」と小十郎を向き直った。


「こないだは何で私を政宗の部屋に行かせたんですか?」


「…そんな事がありましたか?」


「ありましたよ!政宗は寝る直前っぽかったです。酷いじゃないですか!!」


襲われかけた事を思い出してつい語尾を荒げると、小十郎は面白そうに肩を揺する。


「それは失礼しました。さすがの私も、政宗様の行動を逐一ちくいち確認している訳ではないのでね」


「もぅ…、おかげであの夜は天守に行けなかっ…ぁわわ」


「?」


皆が寝静まった後、天守に行く予定が狂った事もあり、つい口に出してしまった柚月は慌てて両手で口を塞ぐ。


だが小十郎はその一言を聞き逃さず、眉を吊り上げた。


「今…なんと?」


「い…いや、あの…」


「まさかまた、夜中に出歩いているのですか?」


「で…出歩くって言っても、城を出てる訳じゃ…」


「そういう問題ではありません。何故天守にこだわるのです」


「そ…それは…」


言っても良い事なのだろうかと、口ごもってしまう。


よくよく考えれば、小十郎が知らないはずはないのだが、それを此処で言うのはどうなのか。


だが怒りを爆発させそうな小十郎を見ていると、正直に話した方が良いだろうという結論に達し、柚月はおずおずと口を開いた。


「弓…さんの…」


「…弓?」


「…弓さんのおばあちゃんの幽霊を…、その…探そうと思って…」


叱られる事を覚悟して話した柚月だったが、それを聞いた小十郎は怒る訳でもなく、眉をひそめている。


「貴女は何を言っているのです?」


まぁ、幽霊など、信じられないのが当然だろう。

怒るより呆れた様な顔をしていた小十郎は、呆れたように頭を抱えた。


「全く…何を言い出すかと思えば幽霊?正気ですか?」


「本当です!私…幽霊を探しに…」


怒られなかった事に安堵しながらも、馬鹿にした様に笑う小十郎に訴えようとすると、小十郎は信じられない言葉を柚月に突き付けた。


「弓のお祖母さんなら生きていますよ?」


「…はい?」


思わず身体が固まってしまう。


「確かに体調を崩しているそうですが、生きてるのは確かです。弓はその薬代を稼ぐ為に働いているようなものですからね」


「生きて…る?」


頭を鈍器で殴られた様な衝撃を受ける。


何故なら祖母が死んだと言うのは、弓本人から聞いた話であり、間違いなどあるはずがないからだ。


「誰から聞いたかは知りませんが…、からかわれたんですよ」


「…で…でも…!でもお婆さんの幽霊が…!私見たんです!天守の近く…いや、天守に上がって行ったお婆さんを…!!」


「…ッ!?」


「?」


嘘ではない、本当に老婆の姿を見たのだと言うと、今度は小十郎が驚く番だった。


老婆と聞いた途端、小十郎は焦った様な…戸惑った様な顔をしたのだ。


「…片倉さん?」


何か可笑しな、いや幽霊という自体で可笑しな話だが、変な事でも言ったのかと名前を呼ぶが、小十郎は何かを考え込む様に返事をしなかった。










柚月と小十郎が話をしていたその頃。

城内では、慌ただしい雰囲気が漂っていた。


城内で仕事をしている女中と兵士達が総出で、何かを探して城内を捜索して回っていたのだ。


そんな折り、柚月は小十郎と一緒に城内に戻った。

柚月が何事かと辺りを見回していると、小十郎は廊下を行き来していた女中の一人を呼び止めた。


「何を騒いでいるのです?」


「小十郎様…!お戻りですか!」


小十郎の姿を見た女中は、ホッとした様に小十郎に駆け寄ると、事の次第を説明し始めた。


話に依ると、薬庫から危険な薬が無くなっていたのだという。


それは、怪我をした際に、治癒力を高める為に塗る薬だそうだが、使い方に依っては強力な毒にもなりうる劇薬。


保管には十分気を付けていたそうだが、先ほど確認した時には無くなっていたらしい。


「何ですって…!!何をしていたのですか!!管理は徹底するように言ってあったはずでしょう!」


聞いたことのない小十郎の激昂した声に驚いてしまう。

そんなに危険な薬なのか。


「申し訳ありません!!昨夜の確認時には、確かにあったそうなのですが…」


「最後に薬庫の確認をしたのは誰です?すぐに呼びなさい!」


「は…はい!!」


これ以上ないくらいに激怒している小十郎に、驚いた様に飛び跳ねた女中は、逃げる様に去って行く。


「どんな薬なの?私も探…」


「柚月様は部屋にお戻り下さい。貴女が関わると面倒事がさらに面倒になります」


「……」


「返事が聞こえませんが…?」


そう言ってじろりと睨まれ、逃げる様に去って行った女中に負けないくらいの速さで、柚月もまた逃げる様にその場を走り出した。









言われた通り、する事もなく部屋で時間を潰していると、廊下に人の気配を感じ、柚月は何か進展があったのかと襖を開けた。


すると、何人かの兵士と女中を連れた小十郎が近付いて来ている。


「どうしたんですか?こんな所に…」


柚月の部屋がある場所は、城の中でも余り人が近付かない離れにある。

現在は柚月か、柚月に仕える弓くらいしか足を踏み入れる事はない。


だが例外としてあり得るのは、柚月に用事がある場合だ。


「もしかして私に何か?」


小十郎に付き従っている女中は、主に医療関係に携わる者達だ。

柚月も世界に来て以来、何度か世話になっている。


今までに小十郎が一人で来た事はあったが、部下を連れて来たのは初めてであり、何事なのかと訊ねると、小十郎は後ろに控える女中に何かを目で合図する。


それを見た女中は、柚月の顔と小十郎の顔を見比べると、部屋の中に入って来る。


「え…?え?片倉さん!?何なんです?」


「…薬庫の様子から、例の薬は盗まれた可能性がある事が分かりました、全部の部屋を確認しています」


「盗まれた?」


誰が、何の為に?


毒どころか、こんな危険な事に関わった事のない柚月は、毒薬と聞いた時点で震えた程だ。

それが盗まれていたなど、なんと恐ろしい事だろう。


「でも…、私の部屋なんか探しても…」


「ご無礼をお許しください、何事もなければすぐに終わります」


「はぁ…」


特に柚月を疑っている訳ではなく、全ての屋を確認しているのだろうが、さすがに毒薬を盗んだのではと室内を調べられるのは気分の良いものではない。


溜め息混じりに室内を念入りに調べて回る女中達を眺めてると、その内の一人が青い顔で小十郎を振り返る。


「…片倉様、妙な包み紙が…」


「見せて下さい」


真っ青な顔で振り返った女中の言葉に反応した小十郎は、女中の手から小さな包み紙を受け取った。


手のひらに収まる程に小さな包み紙を開くと、そこには赤黒い粉が入っていた。


「…柚月様、これは何です?」


「…さぁ」


柚月からしてみれば、粉の正体どころか、そんな包み紙があった事すら身に覚えのない話である。


「確認して下さい」


青い顔で首を傾げる柚月から女中に顔を向けると、小十郎は女中に包み紙を手渡す。


「…失礼します」


一言断りを入れてから、小指に少しだけ付けて舐めると、女中は顔を背けながら袖口に吐き出した。


「…間違いありません、無くなっていた薬です」


確信した様に呟かれた女中の言葉に、小十郎は眉をひそめながら柚月を見下ろす。


だが、柚月は自分の置かれた状況について行けないまま、女中の言葉を他人事の様に聞いていた。

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