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不穏な気配

弓が町へ出掛けて数刻後、町のとある屋敷の一室に弓の姿があった。


客間なのか、広く豪華なその部屋では、弓の他に一人の女がいる。


綺麗に自身を着飾ったその女は、目を引く程の美貌を持ちながらも、冷たく凍った様な顔を弓に向けていた。


「…それで?柚月とか言う女の側近になる事には成功したの?」


「はい、今は私が柚月様の身の回りのお世話を…」


頭を下げながら答える弓を気分が悪そうに鼻で笑うと、女はつまらなそうに目を逸らす。


「柚月様…柚月…様…ねぇ…、ふん…」


「……」


「まぁ、良いわ。とにかくその女を殺してちょうだい。やり方は任せるわ」


「…え?お嬢様…!最初におっしゃられた事と違います!追い出しさえすれば、殺さなくても良いと…」


殺せと言う言葉を聞いた瞬間、驚いた様に口を挟むと、女は弓の頬を容赦なく張り、凄い形相で睨み付けた。


「あんたは言われた事をやれば良いのよ!誰のおかげで薬が買えると思ってるの!?」


痛い所を突かれたのか、薬と聞いた弓は、何も言えなくなり、張られた頬を押さえながら俯いた。


「私が政宗様の元へ嫁ぐのに邪魔なのは、今はその女だけ。権力を持つ家で、政宗様に嫁げる年頃の娘は私だけだもの。そうでしょ弓」


「…はい、お嬢様」


「この件が終わったら約束通り、言うだけの金をくれてやるわ。薬代も馬鹿にならないでしょう?」


「……」


「縁談さえまとまれば、一族の繁栄は約束された様なもの…」


「…お嬢様…」


「一族の繁栄の為なら、人を殺す事なんか何でもないわ。例え嫌いな男に嫁ぐのだって構わない…。私が子を生んだ後、とっとと死んでくれれば尚良いのだけれどね」


そう呟いた女を見ていた弓は、戸惑った様に目を逸らすと、強く拳を握りしめた。










寒いながらも、雲一つない空の下。

昼過ぎから暇潰しにと城を歩き回っていた柚月は、小十郎を見掛けて声を掛けた。


「…?珍しいですね、貴女から話し掛けてくるなんて」


「暇なんです、城の外には出られないし。やる事もないし」


次第に慣れ始めていたのか、あっけらかんとした様子で答えると、小十郎は呆れた様に苦笑する。


「…暇つぶしで私に話しかけてくるのは、貴女ぐらいのものですよ」


「だって私に出来る事なんてほとんどありませんし…、片倉さんは何をしてるんですか?」


兵糧ひょうろうの確認をしていたところです。この時期は毎年不作で、生活に困った城下の人達に兵糧庫ひょうろうこを開放してるんですよ。この後は壊れた城壁の確認や開田かいでんなど、財務や内務が山程あります」


「忙しいフリじゃなくて、本当に忙しいんですね」


「貴女は私を何だと思っているのですか?」


心外そうに目を細めた小十郎に、柚月は参った様に頭を掻いた。


「手伝える事あったら手伝いますよ?どうせ暇、ですから」


嫌味たっぷりにそう言うと、小十郎はちらりと柚月を横目で見る。

その目はまるで、お前に何が出来るんだ。と馬鹿にしているようだ。


「そうですね…、ならば私には大変難しい、是非とも貴女にお願いしたい仕事がございます」


「えっ、大変難しいなんて…何ですか?」


小十郎ですら難しい仕事など、自分に出来るのかとおうむ返しに問い掛けると、小十郎は満面の笑顔で掃除です。と言った。


「…大変難しい…仕事…。…掃除?」


「はい、倉庫の掃除です。きっと柚月様なら私と違い、お得意なのではないかと」


(絶対やりたくない仕事を押し付けてるだけだ…)


「人がやりたがらない仕事を率先してやるなど、さすがは柚月様」


断る隙を与えず畳み掛けられる様に言われ、柚月はじろりと小十郎を睨んだ。

だが、当の小十郎はにっこりと微笑んだままだ。


「…じゃあ着替えて来ます」


「ありがとうございます、では宜しくお願いします。あ、武器庫と火薬庫には近付かないように」


「分かりました」


どうせ暇なのは事実なのだ。時間が潰せるなら、倉庫だってトイレだって掃除してやる。

柚月はこれ以上面倒な事を言われない内にと、急いで部屋に走り出した。


どんな格好なら動きやすいだろうかと思いながら部屋の襖を開けると、そこには町に出掛けていたはずの弓の姿があり、柚月はきょとんとした顔で立ち止まった。


「弓さん?」


「…ッ!?…柚月様…?」


いつの間に帰っていたのかと思いながら名前を呼ぶと、弓は驚いた様に柚月を振り返る。


その顔は、悪巧みが見つかった様にばつが悪そうで、柚月は首を傾げながら室内に足を踏み入れた。


普通なら、主の不在中に女中が勝手に部屋に入る事などあり得ない。


弓も同様で、今まで柚月の不在時や眠った後など、了解なしに部屋に入る事はしなかった。


妙な違和感を感じつつも、部屋にいたのが他でもない弓だった為、大して気にする事もなく、柚月は弓に笑顔を向けた。


「お帰りなさい」


「た…ただいま戻りました…」


「早かったんですね、もっと遅くなるのかと思ってました」


「い…いえ…、柚月様の事がやはり心配で…」


「本当に心配性ですね、あ…でも丁度よかった。片倉さん命令で倉庫の掃除をするんですけど、なにか動きやすい着物はありませんか?」


「はい、ございます。直ぐにご用意致しますね」


そう言って、逃げる様に部屋を出て行った弓だったが、数分後に柚月の私服を持って部屋にやって来たのは弓ではなかった。


「手が離せない仕事が出来てしまったので、代わりに持って行って欲しいと頼まれました」


そう言って柚月に着物を渡した見知らぬ女中は、頭を下げると、着替えを手伝う訳でもなく立ち去ってしまう。


再び一人きりになった柚月は「珍しいな…」と首を傾げたものの、考えても詮無い事だと、着替え始めた。

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