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崩れ始めた平穏

「ちょ…ちょっと政宗!」


大きな声をあげながら両手を振り回すと、政宗は鬱陶しそうに両手を掴む。


片手で簡単に両腕を頭上に固定され、下半身を両脚で挟まれた柚月は、全く身動きが取れずに泣きそうになりながら、政宗を睨みつけた。


「…ッ…」


混乱のせいか、それとも信頼を裏切られたせいか、自然と涙が溢れ出す。それでも柚月は政宗から目を逸らさず、真っ直ぐに見つめる。


合意の上ではなく、無理矢理に男に馬乗りになられ、押さえ込まれれば、仕方がないだろうが、柚月の身体は見て分かるくらいに震えている。


そんな柚月を見た政宗は、我に返った様に柚月の上から降りると着ていた襦袢を脱いで柚月の肩に掛けた。


「…悪い、やっぱり飲みすぎたみたいだ」


吐き出す様に低く言われた言葉を聞くと、柚月は政宗から距離を取る様に後退りして立ち上がる。


「…政…宗…、あの私…」


乱れた衣服を着直しながら名前を呼ぶと、政宗は苛ついた様に拳を畳に叩き込んだ。


「…何してんだよ!ヤられてぇのか?力付くで犯されたくねぇなら出てけよ!」


「……」


それを聞いた柚月は、それ以上何も言えなくなり、無言のまま部屋を飛び出した。


「クソッ…」


一人残された政宗は、悔しそうに拳を握りしめると、再び畳に拳を叩き込む。


その音は廊下に出た柚月にも聞こえており、柚月は廊下で自分の身体を抱きしめると、全身から力が抜けた様にしゃがみ込んだ。


(…政宗…)


ちらりと政宗の部屋を振り返りながら、政宗に触れられた部分に手をあてる。


そこにはまだ政宗の手の温もりが残っている様で、柚月は顔が熱くなるのを感じ、温もりを忘れ様と激しく首を振った。


(心臓が止まりそう…)


身体はまだ震えているが、それは驚きと恐怖の為であり、何故だか触れられる事自体には嫌悪を感じなかった。


寧ろこちらの意思を無視した様な、あんな強引な真似でなければ、恐怖はあるものの、あそこまで拒まなかったかも知れない。


(身体が…熱い…、政宗のアホ…)


夜の冷たい空気に触れても尚、冷える事のない身体を見下ろすと、柚月は理由の分からない溜め息を吐いた。









力の入らない身体に鞭を打ちながら、やっとの思いで部屋に戻ると、そこにはまだ弓の姿があった。


「…?弓さん?まだ休んでなかっ…」


どうしたのかと近付いた柚月は、普段と様子の違う弓に気圧された様に立ち止まる。


「柚月様」


「はい」


いつも笑顔で優しく話し掛けて来ていた弓の姿はそこにはなく、冷たく張り付いた様な顔で柚月を見ていた弓は、能面の様な笑顔で頭を下げた。


「お戻りになられて良かったです。帰りが遅かったので、何かあったのかと心配しておりました」


(待ってたの…?ずっと…?)


確かにいつも柚月を気に掛けてくれている弓だが、何故か今回に限って言葉の裏の真意に別の感情がある様で、柚月は慌てた様に首を振る。


「な…何か…って…。外に出たならまだしも、政宗の部屋に行っただけだし…」


「…そうでしたね、申し訳ありません。心配し過ぎた様です」


「……」


「では失礼致します。何かありましたら、遠慮なくお呼び下さい」


「ありがとう…ございます…」


笑顔のまま踵を返し、立ち去って行った弓の後ろ姿を見送ると、柚月は部屋に入って即座に布団に潜り込んだ。


(なに…?弓さん…いつもと雰囲気違ってた…)


理由は分からないが、機嫌でも悪かったのだろうか。


明らかに自分に向けられていた、いつもとは違う感情を認めなくなかった柚月は、ギュッと目を瞑る。


「大丈夫…明日にはいつもの弓さんに戻ってるはず…」


政宗も弓も、今夜はみんなおかしいのだ。

確信と言うよりも、祈る様な気持ちで口に出すと、柚月はそのまま眠りに落ちた。










それから数日。


昼間は政宗と顔を合わせない様に、そして夜には天守へと登る日々を過ごしていたある日、柚月の部屋に弓が訪ねて来た。


「最近夜になると何処かへお出掛けのご様子ですが、柚月様…何かありましたか?」


あの夜以降、いつもと変わらぬ様子に戻っていた弓は、柚月の着替えを手伝いながら心配そうに問い掛けて来る。


「…え?いや…、眠れなくて…。夜の…散歩?」


まさか弓の祖母の幽霊を探しに、毎夜出掛けているなど口が裂けても言えず、柚月はとっさに嘘を吐いてしまう。


「左様でございましたか、城の中ならば危険はございませんが、流行り病などもありますから…なるべくなら控えて下さいましね」


「はーい…」


何だか正体を明かせない正義の味方になった様な気分で頷くと、弓は柚月の背中に回る。


「これは昨日上納されてきた帯ですの、綺麗な色でございましょう?」


「はぁ…、あの弓さん?私のいつもの服…いや、着物は…?」


ここ最近、苦手な着物ばかりを着せられ、着なれた制服を着させて貰えていなかった柚月がおずおずと聞いてみると、弓は悲しそうに眉をひそめた。


「せっかく素敵な着物が沢山ありますのに…お気に召しませんか?」


「えッ!?いや、そうじゃなくて…」


「最近柚月様が着てらっしゃるお着物は、政宗様がお買いになられているんですのよ」


「…政宗?」


「はい、城にわざわざ呉服屋の主人を呼んで、政宗様が直接選んでいるそうですわ」


「ふーん…」


脳裏に襲われ掛けた夜の出来事が甦る。

あの夜以降は会っていないが、政宗なりに気を使っているのだろうか。


ぼんやりとそんな事を考えていると、弓が柚月の顔を覗き込んだ。


「柚月様、私はこの後少し町へ買い物へ出掛けます。代わりの者を選んでおきましたので、何かご入り用の時には、そちらへお申し付け下さいね」


「え?町へ?…良いなぁ…。ねぇ弓さん、私も一緒に行ったら駄目ですか?」


心底羨ましそうな顔で振り返ると、弓は困った様な顔をする。


「…申し訳ありません。私の一存では…」


「です…よね…」


盗賊の一件以来、城の外に出る事は、暗に禁止されている。


我が儘を言って弓を困らせる訳にもいかず、柚月はがっかりした様に溜め息を吐いた。

すると、弓は努めて笑顔を作る。


「代わりに今夜は、お台所を借りて私が柚月様のお好きな物をお作りしますわ。何がよろしいですか?」


「本当ですか!!じゃあ煮物が良いです、野菜たっぷりで!!」


現金なもので、好きなものを作ってくれると言う言葉に嬉しそうな顔をすると、弓は安心した様に頷いた。


「かしこまりました。では新鮮なお野菜をたくさん買ってきますね、腕によりを掛けて作らせて頂きますわ」


結局、野菜の煮物に負けて弓を見送った柚月は、一人きりになった部屋で手持ちぶさたの様に鏡に向かった。


(…政宗からは何も言って来ないけど、指輪はまだ市に出ないのかな)


鏡に映る着物姿の自分を見ていると、制服姿と違い妙に違和感を感じ、やはりこの世界は自分のいるべき世界ではないと寂しくなる。


この世界に来てすぐ政宗に出会ったおかげで、何不自由なく過ごせてはいるが、ふとした瞬間に都会のネオンや雑踏が恋しくなるのだ。


何より、自分が消えた現代では家族や友人が心配しているだろう。

捜索願いを出しているかも知れない。

事件に巻き込まれたのではと、警察も動いているかも知れない。


(…早く…指輪を見つけなきゃ…)


現代の事も心配だが、何よりも、長くこの世界にいると、帰りたくなくなってしまいそうな気がする。


そんな事を考えている柚月の頭には、政宗の姿が浮かんでいた。

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