貞操の危機!?謀られた初夜!
途中で見掛けた満月に見惚れ、時間を無駄にしてしまったものの、無事に誰にも見つかる事無く天守の前まで到着した柚月は、天守への階段を見上げた。
以前見た時と同じ様に、階段は漆黒の闇へ向かう入り口の様に上へと続いている。
蝋燭を高く上げて辺りを見回すが、相変わらず誰の姿も無く、何の物音もしない。
「…よし」
此処に来るまで注意深く近辺を気にしていたが、あの夜の様に誰かが後を付けて来ている様子はなかった。
念の為に蝋燭の火を吹き消した柚月は、蝋燭を置いてゆっくりと階段を登り始めた。
一歩踏み出す毎に、ミシミシと嫌な音をたてる階段を登りきると、まるで柚月を待っていたかの様に天守への戸が開け放されている。
「…?」
いつもならしっかりと閉まっている扉が開いている事で、まさか誰かが先に来ているのかと中に入る事を躊躇してしまうが、中から物音はせず、気配も無い。
(…どうしよう?誰かいるとは思えないけど、前回の事もあるし…今度片倉さんに見つかったら何を言われるか…)
幽霊がいるのだとすれば、それは弓の祖母であり、以前と違って余り恐怖を感じていなかった柚月にとっては、幽霊よりも小十郎の方が怖い。
だが祖母を思う弓を考えると、少し小十郎に叱られるくらいは我慢しなくてはと自分の頬を叩くと、柚月は天守の中へと足を踏み入れた。
(…っとに、埃っぽいな…)
埃の饐えた臭いに顔をしかめて辺りを見回すが、幽霊の姿どころか何の気配もしない。
蝋燭は置いて来てしまったものの、窓から差し込む幻想的な月明かりのおかげで室内が一望出来るが、以前に見た時の様子と何も変わらない様だ。
「…幽霊さーん…」
何とか呼びかけてみようかと思い、名前の知らない弓の祖母を失礼ながらも幽霊呼ばわりで呼んでみるが、当たり前だが反応はない。
「…困ったな、勢い込んで来てみたものの…幽霊に会うなんてどうしたら良いやら」
怖くて現れて欲しくないと思っていれば現れてくるくせに、いざ探してみれば気配すら感じさせないとは皮肉な話である。
「どうしたら…魔方陣とか?それとも紙と筆があればコックリさん?」
途方に暮れながら腕を組み考え込んでいると、風が出てきたのか雲で月が隠れ、辺りが闇に染まる。
「…ぁ…ッ…?」
気がついた時には既に遅く、何も見えない漆黒の闇の中、柚月は蝋燭を持って来なかった事を悔やみながら窓から夜空を見上げた。
「月が隠れちゃった、これじゃ何も見えないな。出直すか…」
暗闇に慣れ始めた所で天守内を振り返ってみるが、やはり何も見えず、柚月は諦めた様に溜め息を吐いた。
その後も幽霊に会える事はなく、夜々な天守へと出かける日が続いていたある日の夜。
夕餉を終えて自室で休んでいた柚月に、弓が訪ねて来た。
「柚月様、弓です。失礼させて頂いても宜しいでしょうか?」
「はーい、どうぞ」
こんな時間に何の様かと思いながら返事をすると、弓は重そうな火鉢を室内へと運び入れる。
「…それは?」
何事かと目を丸くして問い掛ける柚月に微笑むと、弓は石を擦って火鉢に火を入れた。
「今夜も随分と冷え込みましたので、寒くない様にとお持ち致しました」
「えっ!わざわざ!?」
『今年の冬は寒うございます。出過ぎた真似かとも思いましたが、柚月様は寒さに慣れていらっしゃらない様でしたので…」
「ありがとうございます!すごく助かります!!」
正直、柚月は夜のあまりの寒さに根をあげそうになりかけていた。
昼間は我慢出来なくもないが、夜になると途端に極寒になり、そのうち政宗に相談しようかと思っていたので、これ以上ないくらいの気遣いである。
手放しで喜ぶ柚月を見た弓もまた嬉しそうに微笑むと、頭を下げて立ち上がった。
「では私はこれで失礼します」
「はい、本当にありがとうございました」
立ち上がった弓に倣って立ち上がると、柚月は感謝を込めて頭を下げる。
すると、弓は一瞬だけ驚いた様な顔をし、次の瞬間上品に笑い始めた。
「…?弓さん?」
「本当に不思議な方ですね、私の様な者に気を使ったり頭を下げたり…」
「そ…そうですか?」
「はい、普通は女中に頭など下げません。私達はお世話をする為にいるのですから」
「あ…あはは…」
身の回りの事が満足に出来ないからと、女中を付けられたものの、本来ならばそんな立場ではなかった柚月は、乾いた笑いを見せると、照れ隠しに頭を掻く。
そんな柚月を見た弓は、少しだけ悲しそうに眉をひそめると、戸惑った様に口を開いた。
「あの…柚月さま。私は…その…柚月様にお仕え出来て…」
「…はい?」
「あ…いえ、何でもありません…」
何を言おうとしたのか、弓は慌てた様に首を振ると、無理矢理作った様な笑顔を柚月に向けて、部屋の外に出る。
すると、弓は廊下の奥に現れた人影に気付いて頭を下げた。
「片倉様…」
「え…?」
弓の呟いた言葉につられる様に廊下を覗き込むと、疲れた様子の小十郎が近付いて来た。
すると小十郎は柚月に気がつき、白い目を向けてくる。
「まだ起きてらっしゃったのですか?さすが…、何もしていない方は元気でいらっしゃいますね。私など毎日忙しくて大変ですよ」
「…まさか嫌味を言いに来たんですか…?」
「私がそんな暇人に見えますか?私が暇人に見えると言う事は、柚月様はよほどお忙しいのでしょうねぇ。私など今の状況で手一杯で、これ以上などとてもとても…。柚月様はさぞかし有能なのでしょう、一度ご教授願いたいものです」
「……」
笑顔で答える小十郎に、絶好調だな…と腹の中で毒づくと、柚月は廊下に出していた顔を引っ込めた。
「お忙しいなか引き止めてすみませんでした!おやすみなさい!!」
「お待ち下さい、用があって来たのですから」
「え、私にですか?」
「ええ、まだ起きていてくださって助かりました」
(だったらさっさと言えば良いのに…、嫌味を言わなきゃ死んじゃう病気なのかなこの人)
どうにも仲良くなれそうにない。
こんな歪んだ性格のキャラクター、誰が好んで攻略するというのか、この乙女ゲームを作った人の好みが分からない。
「何ですか?」
ぶっきらぼうに答えると、小十郎は少し気に障ったように片方の眉毛を動かしたが、言い返さずに咳払いをした。
「まだ寝ないのでしたら、政宗様の所へ行って下さい」
「…はい?何で…」
「政宗様は自室で執務中です。弓…、柚月に政宗様のお好きな酒を持たせて下さい」
返事を待たずに話を進められ、柚月は焦って廊下に飛び出した。
「ちょっと待ってよ、こんな時間に男の人の部屋に行くなんて嫌よ」
いくらなんでも非常識だと断ると、小十郎は大袈裟に溜息を吐いた。
「誰のおかげで此処にいられると思ってるのです?普段何もしない貴女に、政宗様の役にたつ機会をあげようと言うんです。泣いて喜ぶべきでしょう」
「ぅぐッ…」
泣いて喜ぶまではいかずとも、痛い所を突かれた柚月が渋々《しぶしぶ》頷くと、小十郎は何かを企んでいる様な表情を見せた。
(なーんか、ヤな予感…)
少し前まで、政宗の邪魔をするなと関わる事を嫌がっていた小十郎の意外な言葉に、柚月は珍しく第六感が働いた様な感じがする。
だが断る訳にもいかず、柚月は弓の用意した酒を手に政宗の部屋に向かった。
部屋の前まで来ると、真っ暗な廊下に襖の隙間から朧気な光が漏れている。
言われた通りに来てみたものの、日が暮れてから異性の部屋を訪ねるなど初めてだった柚月は、妙に緊張してしまい声を掛けられずに二の足を踏んでしまう。
すると、柚月の存在に気が付いたのか、室内の気配が動く。
「…ん?誰かいるのか?」
(あ…いるのバレてる)
気付かれてしまった以上、このまま立ち去る訳にもいかず、名前を名乗ると、襖が開いて政宗が姿を見せた。
「…柚月?どうした…こんな時間に…」
何かの間違いなのか。
政宗の姿は既に寝間着の様で、とても執務中とは思えない。
「…いや、その…。片倉さんが…政宗がまだ執務中だから、お酒でも持って労いに行けって…」
「はぁ?…謀ったな小十郎…」
「…?」
驚いた様な顔で舌打ちをすると、政宗は逡巡した様に目を逸らし、溜め息を吐いた。
「…まぁせっかく来たんだ、話でもしてくか?」
「あ…うん…お邪魔します…」
結局、追い返すのも気が引けたのか、政宗は柚月を室内へ入れると襖を閉める。
「…え!?」
室内に入り、改めて部屋の中を見回した柚月は、その室内の状況に気付いて声を上げた。
それもそのはず。室内には、半紙もなければ筆もないのだ。
寧ろ布団が敷かれた薄暗い様子から、もう寝る直前だったと思われる。
「政宗…もう寝るの?仕事…してたんじゃ…」
「いや、さっきまではな。だけどもう遅いから途中で切り上げたんだ」
そう言って、布団に片膝を立てて胡座をかいた政宗の姿は、いつもと違って色気がある様に見える。
かっちりとした服ではなく、緩く胸元の開いた寝間着の袷や袖からは、筋肉のついた胸や逞しい二の腕が見え、柚月は気恥ずかしさで政宗から目を逸らす。
(な…なにドキドキしてんの私!!)
淡く揺れる蝋燭の光に照らされた政宗の姿は、男性とは思えないほどに妖艶で、見ていられなくなった柚月は、慌てた様に政宗に背中を向けた。
「も…もぅ寝るみたいだし、わ…私はやっぱり部屋に戻るね!」
「はぁ?何しに来たんだよ、座れよ。せっかく来たんだから、酌でもして行ったらどうだ?」
「で…でも…」
「良いから座れって」
「…うぅ…」
政宗にしても小十郎にしても、何故こんなに人の話を聞かないのか。
仕方無く政宗の傍に座り込んだ柚月は、猪口を政宗に手渡した。
「…どうぞ」
緊張しながら徳利を手に取ると、政宗は無言で猪口を差し出して来る。
溢れない様に気を付けながら酒を注ぐと、その酒は一気に飲み干され、政宗は再び猪口を差し出した。
特に会話もないまま、どれくらいの時間が過ぎたのか。
柚月は酒を飲む政宗の姿から目が離せず、ぼうっと見惚れてしまう。
酒を飲むごとに艶かしく動く喉元、濡れた唇、慣れない酒の匂い。
蝋燭の微かな明かりが照らす幻の様な光景は、まるで夢でも見ているかの様だ。
「ま…政宗、ちょっと飲み過ぎじゃ…」
「…飲まずににいられるか」
「え?」
小さく呟かれた言葉を聞き返しながら首を傾げると、政宗は柚月の頬に手を伸ばして来る。
「ま…政宗ッ…!?」
酒が入ったせいか、熱い指先で頬を撫でられ、柚月は政宗の指以上に顔が熱くなるのを感じる。
「ま…政宗…あの…」
「何だよ」
話を聞こうとする様子を見せながらも、頬から唇へと指は移動して行き、政宗は柚月の口内に指を差し込む。
突然の事に驚き、柚月が目を見開くと、政宗は柚月の腕を掴んで強く抱き寄せた。
「…きゃ…!ちょ…ちょっと…!やめ…」
胸の中に閉じ込める様にきつく抱きしめた政宗は、酔っているのか柚月の耳に唇を寄せる。
「…ッ!」
熱い息づかいを耳元に感じ、柚月は思わず声を上げ、政宗の腕の中で暴れだした。
「や…やだ政宗酔ってるでしょ!!」
逃げ出そうと必死に暴れるが、政宗の腕の力には敵わず、柚月の身体は布団へと押し倒される。
「…ッ!?政…宗…?」
「何の為に此処へ来させられたか…、まさか分からない訳じゃないよな?」
「ま…まさか…」
ようやく事態を理解した柚月の顔からは、どんどん血の気が引いていく。
思えば政宗の部屋へ行けと言った小十郎の様子はおかしかった。
何故あの時に気が付かなかったのか。
小十郎の、してやったり。という顔が浮かぶようで、柚月は自分の迂闊さを呪いたくなる。
今さら後悔した所で遅いが、柚月は襦袢の袷から入り込み胸元をなぞる政宗の指に悲鳴を上げた。




