鬼の微笑
朝を知らせる鳥の声が響いている。
米沢城の一室、朝日の射し込む窓際に敷かれた布団で眠っていた柚月は、気持ちが良さそうに寝返りをうった。
「ぅ…ん…」
目を閉じていても、瞼ごしに感じる朝日の眩しさは心地好く、柚月は誰に無理矢理起こされた訳でもなく目を開ける。
まず見えたのは閉め切られた襖。
そして、横になる自分の脇に座っていた小十郎の姿だった。
「…片…倉…さん?」
小さく名前を呼ぶと、小十郎は柚月を振り返る。
「ようやくお目覚めですか」
どういう経緯で自室で眠っていたのか覚えていなかった柚月は、もぞもぞと上半身を起こすと頭を抱える。
「…えーと…」
「熱は下がった様ですが、体調はいかがです?」
「あ…、大丈夫…です」
気遣う様に背中に手を回して来た小十郎に頭を下げた柚月は、昨夜の出来事を思い返してみる。
(…確かオカマに追い掛けられて…、えっと…それから…)
段々と昨夜起きた事を思い出して来た柚月は、ハッと気付いて首筋に手をあてた。
(…あ、手当てしてある…)
思い出さなければ気が付かない程に痛みはなく、薄皮一枚が切れただけだと、ようやく安堵すると、小十郎が隣で立ち上がる。
「それならば良かったです。食欲がおありでしたら、何か運ばせますがどうしますか?」
「いえ…」
「…まぁ、病み上がりすしね」
「あの…昨日の盗賊は…、それに拐われた女の子達は無事に帰れたんですか?」
「それについては、政宗様から直々《じきじき》に話があるはずですので、今はお休み下さい」
「…はい」
そう言って話を終え、部屋を出て行こうとした小十郎は、思い出した様に足を止めると、布団にもぐろうとした柚月を振り返った。
「柚月さん」
「…はい?」
横になりかけていた身体を起こし、小十郎を見返すと、柚月は何か迷っている様な小十郎に首を傾げる。
「片倉さん?」
「…昨日の事ですが…」
「はぁ…」
何を言おうとしているのか。
なかなか用件を話そうとしないが、何となく用件が分かった柚月は、小さく首を振ると小十郎に笑顔を向けた。
「すみませんでした、…もう無茶な真似をして政宗に迷惑掛けたりしません。安心して下さい」
後先を考えずに行動し、結局政宗に迷惑を掛けた事を素直に謝ると、小十郎は一瞬きょとんとした顔をし、その直後笑い始めた。
「…ふッ…ふふふ…」
「な…何で笑うんですか!?」
「いえ、失礼。…そうですね、分かっているならかまいません。それに…」
不貞腐れた様に唇を尖らせた柚月の頭に手を置くと、小十郎は少しだけ口角を上げた。
(…えっ…?笑った…?)
自分を嫌っていたような小十郎のまさかの笑顔に、驚いた様に目を見開くと、小十郎は柚月の頭を優しく叩く。
「…!?」
「政宗様に迷惑を掛けた事は許しがたい行為です…」
「す…すみません」
「ですが…政宗様に迷惑を掛けた事をきちんと理解し、かつ反省してるなら話は別です。…村の娘達を無事に助けた事、良い働きでした」
「片倉さん…」
「政宗様の民を助けてくれた事、改めて私からも礼を言います」
「えッ…えぇー!?」
「なんですか」
「い、いえ」
驚きで悲鳴の様な声を上げた柚月を睨むと、小十郎はそれ以上は何も言わずに部屋を出て行った。
口をポカンと開けたまま小十郎を見送ると、柚月は倒れる様に布団に横になる。
(…有り得ない…、片倉さんが褒めてくれるなんて…)
褒められるどころか、小十郎からは冷たい視線を向けられるか、嫌味を言われる事しかなかった。
政宗とは違い、いつもよそよそしく柚月に接していた小十郎である。
だが何故か今日は優しく感じ、柚月は思わずにやつきながら、頭まで布団に潜り込んだ。
(認めて貰えたみたいで嬉しいな…。そう言えば、オカマは捕まえられたのかな?)
後で政宗から話があると言っていたが、小十郎に慌ただしい様子がなかった事から、事件は上手く片付いたのだろうと推測出来る。
目を閉じると、未だ疲れが抜け切っていなかったのか眠気が押し寄せ、柚月は逆らわずに眠りに落ちた。
小十郎がいなくなった後、昼過ぎまで眠っていた柚月は、遠慮がちに名前を呼ぶ女の声で目を覚ました。
「…様…」
「…ん…ぅ」
「…柚月様…起きて下さいまし」
(…私?)
寝ぼけ眼を擦りながら身体を起こし、辺りを見回すと、襖の向こうに人の気配を感じる。
「…?呼びました?」
「はい、起きて下さいまし。政宗様がお呼びでございます」
「あ、分かりました…」
そういえば後で政宗から話があるだろうと、小十郎も言っていた。
盗賊の行方や、拐われていた少女達の安否が気になっていた柚月は一気に眠気が吹き飛ぶのを感じて布団から飛び起きた。
寝相が悪かったのか、乱れた襦袢に気付くと、柚月は制服を探して辺りを見回す。
すると、まだ立ち去っていなかったのか、襖の向こうから女の声が柚月を呼んだ。
「あの…柚月様、入っても宜しいですか?」
「…へ?…あぁ、はいはい。どうぞ?」
急いでいるのに何の用なのか…とつっけんどんに答えると、襖が開いて女中が室内に入って来る。
「着ていらっしゃった着物は汚れておりましたので、洗っております。代わりのお召し物をお持ち致しました」
「そうなんですか、ありがとうございます」
女中が手にしている着替えを見ると、苦手な着物である、柚月は一瞬だけ嫌そうに顔を歪めるが、この際仕方がない。
(もうしばらくは城から出る事もないだろうし…、まぁ良いか)
部屋で大人しくしているだけなら、着物でも何とかなるだろう。
「じゃあ着物借りますね」
早く着替えて政宗の所へ行こうと女中の持っている着物に手を伸ばすと、女中は着物を畳に置いてしまう。
『……』
着物に伸ばした手は虚しく空を掴み、柚月はわきわきと指を動かす。
(何よぉ…手渡してくれたって良いのに…)
ムスッとした表情で女中を振り返ると、女中は柚月の前にしゃがみ込んで襦袢の袷を結んでいる紐に手を伸ばした。
「ちょっ…!何で脱がそうとするんですか!?」
紐をほどかれたせいで、はだけた胸元を柚月が慌てて両手で隠すと、女中は不思議そうに首を傾げた。
「お召し代えのお手伝いを…」
「えぇ!?いらないいらない!」
とっさに畳の上の着物を手に女中に背中を向けると、女中は困った様に眉をひそめる。
「宜しいのですか?」
「宜しいのですッ!!」
背中を向けたまま力一杯に答えると、女中は渋々といった様子で頭を下げ、部屋を出て行った。
「はぁー…、びっくりした…。あ、それより早く着替えなきゃ!!」
急いでいた事を改めて思い出し、着物を広げた柚月だったが、手元の着物を見るとそのまま固まってしまう。
「着物…だめじゃん…、一人で着れないし」
何で着付け教室に通わなかったのだろうと溜め息を吐くが、戦国へ飛ばされるなど想像もしなかった以前の自分を責めるのは筋違いである。
柚月は仕方なく女中が出て行った襖を開けると、左右を見回した。
すると、そこには先ほどの女中が柚月を待っていた様に立っていた。
「あの…さっきはごめんなさい…、その…私…」
追い出した事を後悔し、酷い態度を取ってしまったと、おずおずと話し掛ける柚月だったが、女中は怒った様子もなく優しく微笑む。
「一人では着られないのでこざいましょう」
「あはは…、…はい」
「そうだと思いました、柚月様が着物を着てらっしゃる姿を見た事がありませんもの」
「追い出してごめんなさい…」
「構いませんわ、さぁ着替えてしまいましょう。政宗様がお待ちですわ」
背中に手を回し、室内へと促す女中に微笑み返すと、柚月は安心した様に頷いた。




