再会
「…い…おい…」
夢と現実の間を行き来していた柚月は、遠い場所から響く様な、それでいて耳元で囁かれている様な声で、ゆっくりと目を開ける。
ぼやけた視界に映ったのは、見覚えのある上弦の月だった。
「つ…き…」
何やら一度経験した事のある様な状況に、柚月が夢現に呟くと、月は柚月の頬を軽く叩いてくる。
「おい、しっかりしろ」
「月が…叩いた…」
「寝惚けてんじゃねぇよ、起きろ柚月」
名前を呼ばれた事で少しずつ意識を取り戻してきた柚月は、数刻前に起きた出来事を思い出し、焦った様に飛び起きた。
「離して…!このオカマッ!!」
眠りに落ちてからさほど経っていないのか、暗闇の中で目の前にいる男を盗賊と勘違いした柚月は、逃げ出そうと手を振り回す。
「お……おい、よせ。いてて…やめろって!」
必死に振り回していた腕は簡単に掴まれてしまい、柚月は腕を掴んだ男の手に噛み付いた。
「い…ッ!?」
「政宗様…ッ!?」
男が小さく苦痛の声を上げると、背後から心配した様な声が聞こえ、柚月はその声が呼んだ名前に気付いて噛み付いていた顎の力を弱めた。
「…へ?政宗…?」
「…噛み付くか普通…、つーか歯形!ついてる!」
「大丈夫ですか、政宗様!柚月、なんて事を…!!」
「…片倉さん?」
やっと目を覚ました柚月は、噛み付いた手を押さえている政宗を見ると、驚いた様に立ち上がった。
「ま…政宗ッ!?何で此処に…」
「貴女を心配して探しに来られた政宗様に噛み付いたあげく、なんと無礼な…。どれだけ面の皮が厚いのか、その顔を切り刻んでみたいものです」
「よせ、小十郎」
「政宗様…なんとお優しい…」
今にも有言実行しそうな小十郎を諫めた政宗は、柚月を振り返ると優しく頭に手を置く。
「それより柚月、俺を誰と間違えたんだ?」
「…え?」
「誰かと間違えて噛み付いたんだろ?」
小十郎とは違い、怒った様子を見せない政宗に安心すると、柚月は辺りを見回した。
「えっとその…盗賊が…追い付いて来たのかと思って…」
「盗賊?どういう事だ、盗賊に会ったのか?」
「うん、…まぁ」
話せば怒られるだろうが黙っている訳にもいかず、柚月はぽつりぽつりと自分に起きた出来事を話し始めた。
「…と言う訳でして…」
話を黙って聞いていた政宗と小十郎は、柚月が話を終えると、難しい顔を見合せる。
「政宗様…今の話が本当なら、盗賊の頭領はまだ柚月を探してこの辺りにいるのではないでしょうか」
「だろうな、しかもおそらく一人だ」
二人が話している通り、盗賊の頭領は今なら一人でいるはず。
まさに千載一遇の機会だ。
何処にいるのかは分からないが、仲間を集められると厄介になる。
今の内に頭領を捕まえてしまえば、統制を失った残りはにべもなく片付くだろう。
(隠れ家の道を覚えておけば良かった…)
盗賊から逃げる為だったとは言え、闇雲に走り回っていた柚月は、後悔した様に溜め息を吐く。
だがその瞬間、急な目眩を感じて頭を抱えた。
「…?」
目の前がぼやけ始め、雲の上に立っているかの様に足場が定まらない。
「あれッ…?」
全身のバランス感覚を失い、倒れそうになった柚月は、思わず隣にいた政宗の腕にしがみ付く。
「…?どうした?」
「政…」
力を無くした柚月の身体は、とっさに抱えてくれた政宗の腕の中に倒れ込むと、それっきり動かなくなった。
「…柚月?」
心配そうに声を掛けた政宗は、胸の中にいる柚月の身体が燃える様に熱くなっている事に気付き、慌てて柚月の額に手をあてた。
「…熱があるな」
「心配はいりません。ただの流行り病かと…、こんな寒い場所で寝ていたのですから当然です。直ぐに兵を呼びましょう。柚月は兵に任せ、我らは盗賊を探さなければ」
辺りを見回しながらそう言った小十郎は刀の柄を握るが、政宗は柚月を見ながら小さく首を振った。
「いや、盗賊は俺が探しに行く。小十郎、お前が柚月を城まで送れ」
「嫌です」
「いや即答かよ」
一体何を言い出すのか。
小十郎は驚いたように断るが、政宗は意識を失った柚月を抱き上げると小十郎を振り返った。
「兵が来るまで、こいつをこのまま此処に置き去りにする訳にはいかねぇだろ?」
「ですが…お一人など危険です、せめて何人か兵を連れ…」
「おいおい、俺が盗賊ごときに負けるとでもいうのかよ」
確かに今まで傍で政宗を見てきた小十郎には、政宗が高々一介の盗賊に負ける事など、天地が引っくり返っても有り得ないと分かる。
何より、こうして言い出した政宗を止めるのは至難の技であり、結局小十郎は二の句が告げずに押し黙ると、小さく首を振る。
「…いえ、滅相もありません」
「なら柚月を城まで送れ、その後で追い付いて来い」
有無をも言わさぬ様に柚月を腕に預けられ、小十郎は仕方なさそうに頷いた。
「…分かりました、政宗様がそう仰るのなら…。ですが十分にお気を付け下さい」
「心配いらねぇって、お前が追い付いて来る頃には終わってるだろ、多分」
「ふ…、でしょうね」
「よし、じゃあ柚月を頼んだぞ」
あくまでも自分よりも柚月の心配をする政宗に、小十郎は眉をひそめて柚月を見下ろす。
「…柚月の事はご心配なく、必ず城まで送り届けます」
それを聞いた政宗は安心した様に頷くと、森の中へと姿を消した。
「まったく…、仕方がありませんね」
一人残された小十郎は、諦めた様に溜め息を吐くと柚月を肩に担ぎ上げる。
細身に見えて意外に力があるようで、柚月を担いでも全くふらつきもしない。
「ふふ…、それにしても貴女を城まで運ぶのは、これで二度目ですね。この貸しは高いですよ?私に借りを作る事がどういう事なのか、後でしっかりと教えて差し上げなければ…」
そう呟いて柚月を見る小十郎の瞳には、今までとは違い穏やかな優しさがある様だった。




