第1話「再び、桜の季節」
第2章「新たな旋律、揺れる心」より
春の柔らかな陽射しが校庭の桜を満開に染め上げていた。
風が吹くたびに、花びらがひらひらと舞い落ち、まるで時間さえも優しく揺らしているかのようだった。
私はその光景を、ただじっと見つめていた。
去年の春もここで、同じ桜を眺めていた。あの日はまだ、吹奏楽部に足を踏み入れたばかりの新入生だった。何もかもが新鮮で、緊張と期待で胸がいっぱいだった。
けれど、今の私は違う。全国大会で優勝を経験した“佐倉梨奈”として、注目と期待を一身に背負っている。
それは光栄なことだし、誇りでもある。だけど、どこかで自分の音が誰かの影に隠れてしまうのではないかと、胸の奥がざわつくのを感じていた。
部室のドアを開けると、新入生の明るい声が迎えてくれた。
「佐倉先輩!私たちも先輩みたいに強くなりたいです!」
彼女たちの瞳は希望に満ちていて、無邪気だった。
私は微笑みながら、その期待に応えたいという気持ちを新たにする。
けれど、隣に座る新入生、結城蒼真のクラリネットの音色が頭の片隅で響く。
彼の音はどこか私の心を揺さぶり、私の中の何かを刺激していた。
「佐倉先輩、よろしくお願いします」
彼の真剣な瞳に私は答えた。
「よろしくね、蒼真くん」
春の風に舞う桜の花びらが、私の胸の奥で静かに揺れていた。
今年も、新たな旋律が始まる――。