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吸血鬼

流血注意、あと微エロな気がします。

引いた足と違うもう一歩を引こうとしたところで、魔王の大きな手が私の手首を捕らえる。

赤面したことを慰めようと近づいたのが運の尽きだったのかもしれない。

まだ10歳にも満たない少女の身体では大人の男性、それも魔族の手を振り払う力などなかった。


「吸血鬼の"食事"を知っているか?」


「…人間の血、ですか?」


「正解だ」


そうして言葉を交わす間に、魔王の顔が少しずつ近づいてくる。

お兄ちゃんを助けるという目的のためには、魔王の協力は必要不可欠だ。

きっと今頃、あの女の手によって私は魔族に殺されたことにでもなっているだろう。

お兄ちゃんを勇者として奮い立たせるために、それくらいの嘘は平気で吐く女だ。


「今のメルフィはまだ幼い。だから、少しずつ私にくれないか?」


前回も今回も助けてくれた命の恩人。

けれど彼は魔族であることに変わりないから、絶対的な信頼など寄せてはいけない。

血を吸われたとして、死ぬまで吸い尽くすことはしないだろうという漠然な確信がある。

思ってしまっている時点で、私はかなり魔王を信頼しているかもしれないと思うと少し怖かった。

あの女に絆された過去と似ている。


「メルフィを死なせないと誓おう」


手首を掴んでいた手が、私の掌に添える程度になる。

逃げたいなら逃げてくれてかまわない、と言われているみたいだった。

一瞬だけ怖いと感じてしまった深紅の瞳さえもう怖いと思わない。

吸血鬼と出会えば逃げるか殺せ、と言われているくらい危険な魔族だというのに、魔王の目には慈しむような優しさが宿っている。

なんでなんだろう…。


「……分かりました。元々は私のせいですし、でも、血をあげる代わりに、お兄ちゃんを助けるため協力してください」


傲慢なお願いかも知れないけれど、魔王を見逃すことを条件に過去へと戻ってきた時点で同じこと。

どうして両親に貰えなかった愛情を、村の人達に貰えなかった優しさをこの魔族(ひと)は私に向けるのか。

私にとってお兄ちゃんしかいなかった前回…前世。

微かに魔王が微笑んで、私の首元へと顔を埋める。


「力を抜いていてくれ」


大きな体に抱えあげられ、背中に腕が回される。

前世ではあのクズ男に対する片想いしか知らず、男性と手を繋いだことすらなかった私。

見た目が子どもはいえ、精神年齢は20歳を超えている。

美形な魔王の顔とその息遣いを間近で感じて、体中が沸騰しそうなくらいに熱い。

羞恥心と訪れるだろう痛みを誤魔化すようにぎゅっと目を瞑った。


「いっーーー!!!」


首元に突き立てられた2本の牙。

痛みに歯を食いしばり、魔王にしがみつくように腕に力が籠った。

皮膚を突き破って立てられた牙が引き抜かれ、その穴から魔王にとっての甘露が溢れ出す。

耳傍で命の喰われていく音がする。


「ゔ…んん」


力を抜けと言われていたけれど上手くできない。

痛みと恐怖で滲んだ視界には、狭くて単調な部屋がぼんやりと映った。

このまま喰い尽されてしまったらどうしよう。

本物の聖女らしい私を喰い殺したら、魔王は勇者にも負けないんじゃないだろうか?

聖女のバフが無ければ倒せないとか、前世であの女が言っていた気がする。


「っ、はぁ…これくらいでやめておこう」


首元に埋められた魔王が離れた。

けれど抱き上げられたままなのでその顔は近い。

口端から一筋の血を垂らす魔王は、少しだけその頬に熱を持って艶めいている。

痛みと恥ずかしさと、血が少ないことでクラクラとしていて、頭の整理が追いつかない。


「あれほど手酷い裏切りに合えば、他人を信じることは難しいかもしれない。だが、俺は決してメルフィを裏切らない。約束を反故にしない限り、俺たちの関係は良好だ」


ぎゅっと抱きしめられる。

今度は私の顔が魔王の首元に埋まるような形だ。

先程のが逃がさないための抱擁ならば、これは一体何のための抱擁なんだろう?

抱きしめられたその腕で、魔王が私の頭を優しく撫でてくれた。

慈しむように優しく、易しく。


「血液には色々な情報が含まれていてな。呑んでいる間、ほんの少し相手の気持ちが読める…すまないな」


それは、とっても嬉しくない情報だ。

知らないよりはいいけれど、つまりさっきまで魔王に喰い殺されるかもしれないと怯えていたことがバレているということだろうか。

もう誰も信じたくない。

魔族は狡猾な生き物で、自分勝手な生き物で、人間とは相容れない存在だって姫様が言っていた。

彼女を信じていて、今でも信じたかったとそう思う。


「メルフィ?」


覗き込まれた魔王の顔が見えない。

頭が痛くて、体が暑くて、目頭が熱くて熱くてたまらなかった。

ポロポロなんて可愛いものじゃなく、私は大粒の涙を頬に垂れ流す。

今更、今更なのに、でもそっか、あれから冷静になる機会なんてあまりなかったんだ。


「うぅっ、うっ、ひぐっ……」


「ここは誰も来ないし、俺しかいない。それにしばらく誰も広間に近づくなと命じている。声を殺さなくていい、好きなだけ泣きなさい」


私は今度こそ魔王に縋りついた。

縋り付いてその胸でわんわんと大泣きする。

前世でもこんなに泣いたのはお兄ちゃんを亡くした時だけで、ここで目覚め時泣いたのはお兄ちゃんが生きているという安堵感からだった。

今のこれは、また違う涙。


「わだっ、し、あのお方のこと、しんじてた。しんじて、そんけいしてた…感謝してた!!」


涙と共に溢れ出るのは、目の前の状況に置き去りにされていた感情。


「うん」


「大切な人で、大好きな人でっ、一生を捧げるって、決めたくらい信じてたのにっ!!!」


「うん」


「どぉしてぇ…どうして、お兄ちゃんを殺したの?お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん…ぅあああああっ」


お兄ちゃんを殺されたことが悔しい。

記憶を改竄されていたことに気づけなかった自分に腹が立つ。

大好きな兄の仇に、気づけなかった無能さに怒りが湧き起こった。

だけど、なにより、そんなことよりも、裏切られて利用されていたことが悲しい。

悲しくて辛くて、死んでしまいたいくらい憎い。


「俺の事を信じなくていい。利用していい。お前の気が済むまで…」


抱きしめられる強い腕が私の壊れかけた心を繋ぎ止めてくれる。

私は泣き叫んで、泣き疲れて寝てしまうまで魔王の腕の中に居続けた。


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