帰還
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今日は長めです。
突然首を絞められたこと、朦朧とする意識の中で胸を貫かれたことは私の中で恐ろしい記憶だ。
だけどそれだけじゃない。
垣間見た兵長の記憶では、直接的にも間接的にもたくさんの犠牲者がいる。
同情する余地はなかった。
「メルフィ」
名前を呼ばれて目を開くと、大きな宝石のようなそれにヒビが入った。
少し離れたところではお兄ちゃんの魔力が最高潮になっているのも感じる。
私を見下ろす深紅の瞳が優しく細められ、繋いでいた手に力が込められた。
「行こう」
「はい」
再びラスティに抱えられて跳び去った数秒後、眩い光に包まれてドラゴンの断末魔が響き渡っていた。
地面に降り立って光が収まると、先程までの巨大なドラゴンの姿はどこにも無い。
代わりにいたのは地面に倒れるガルイムとそのすぐ脇に立っている見知らぬ青年。
一目見てその青年がドラゴンだと思った。
『やはり人間は愚かだ。正直放っておいてもそのうち滅びるだろう』
目の前の青年はチラリとこちらを見た。
その口は動いていないのに声が聞こえる。
髪の色は青にも白にも金にも銀にも見える不思議な色をしていて、瞳の色もいくつかの色が混ざっているような不思議なもの。
『この世界の生みの親はオレを見つけることが出来たのならば、世界を救って欲しかったようだがなぁ』
そう言って青年は口角を少しだけ上げて、私へと1歩近づいてくる。
ラスティが私を庇うように立ち塞がってくれたが、青年は一瞬で私の横へと移動していた。
『どうせ1度は滅んだ世界みたいだしな。お前の好きにするといい』
頬に手が添えられて青年の口付けが額に降ってきた。
驚きはしたものの不快な感じはない。
何か声をかけたかったのに私の喉は言うことを聞いてくれず、目の前の青年は花が散るように消え去った。
花弁のような欠片たちは空の彼方へと飛んでいって、遂には見えなくなる。
「メルフィ!魔王!」
なんとも不思議な体験をした気がする。
呼吸を忘れるような感覚はお兄ちゃんの声によって現実へと引き戻された。
お兄ちゃんは私たちに駆け寄ってきて、倒れているガルイムに気づいて剣を抜く。
死んではいないようだ。
「メルフィ、先程アイツに何をされた?突然体が動かなくて、振り向くことすら出来なかった」
「え、えっと、額にキスされました」
ピキっと空気が張り詰めたような気がした。
一瞬ガルイムかと思ってそちらを見るが、ガルイムは倒れままである。
私もラスティもお兄ちゃんも、随分と魔力を消費しているようだ。
ドラゴンの消えた場所は広範囲に被害が及んでいるようで、復興にどれくらいかかるのかも分からない。
「あとはアイツをどうにかすれば、この騒動はひとまず終焉を迎えるだろうな」
私の額を親指の腹でグリグリと撫でながら、忌々しそうにラスティが呟いた。
結構地味に痛いのだけど、そんなに嫌だったのかな?
魔力がだいぶ少なくなっているはずなのに、私はむしろ体の奥底から力が漲っているみたいで心地いい。
あの人、何をして行ったんだろう…。
「ゔっ…」
今度は勘違いなどではない。
ガルイムが体をゆっくりと起こして頭を押さえて、立ち上がろうとしていた。
本来なら不調な人間に斬り掛かるのはいかがかと思うけれど、ガルイムに至っては仕方が無いと思う。
お兄ちゃんが誰よりも早くガルイムへ突撃していた。
「クソッ、タレが!」
だけどやっぱり只者ではないらしい。
ガルイムの目の前に魔法陣が現れて、そこから大量の武器が突き出した。
すんでのところで後方へ蹴り戻って事なきを得たが、1歩間違えれば串刺しになるところである。
私も黒霧を展開して、ラスティも魔力を練り上げた。
「勇者に魔王に聖女!はははっ、俺も良い身分になったよなぁ!!」
本当にどうやってそんな力を手に入れたんだろう?
ガルイムが笑いながら両手を広げた次の瞬間、私たちの足元や空中の至る所に魔法陣が展開したのだ。
そこから感じ取れる魔力は火や水と言った単純なものじゃない。
これは、ダメかもしれない、と死を覚悟した。
「やっと、準備が整った」
唐突に世界が遠のいて、私の口から私の意思じゃない言葉が飛び出す。
眠っていたはずのもう1人の私が私の体を奪っていったと気づくのに、そう時間はかからなかった。
「もう貴方に何もさせませんよ。魔王、お兄ちゃん、少し失礼しますね」
もう1人の私は鋭くガルイムに言い放ち、握ったままだった魔王の手と目の前に立つお兄ちゃんの背中に手を当てて、2人から魔力を吸い上げた。
突然の暴挙に驚いた2人はその場で足から崩れ落ちたが、ガルイムの魔法が発動する前に魔法陣が黒霧に覆われる。
「っ!?何しやがったメリィ!!」
「魔法の根幹を崩しただけですよ。そんなことも分かりませんか?」
「殺してやるッ!お前ら全員!」
「もう何もさせないと、私は言いました」
ガルイムが魔法を組み上げるよりも早く、もう1人の私がそれを破壊してしまう。
必死になって魔法をいくつも使おうとするガルイムは、足元に黒霧が溜まっていることに気づかない。
私はその光景を眺めるような気持ちで見ていて、あることに気づいた。
ガルイムが扱う禍々しい魔力と、今私が使っている黒霧に込められた魔力が似ていることに。
「ガルイム様、私も貴方も間違っているのですよ。本来あるべき場所へ共に還りましょう」
それはいつか見た複雑な魔方陣。
ガルイムの足元に溜まっていた黒霧が輝き出して、ガルイムはそこから逃げようと藻掻いた。
私の意識が身体に馴染み始めて、私の中から彼女が抜け出すように目の前に人型の黒霧が集中していく。
「魔王、私に復讐する機会をくれてありがとうございます。私はもう戻れないけれど、この世界の私ならきっと大丈夫だと思えます」
「メル…お前も、メルフィだ。戻ってもそこには何も残ってなどいないんだぞ!」
魔力の枯渇で動けないラスティは、焦った様子で黒霧で作られた私を見上げる。
私は彼女を止めたくて、1歩を踏み出そうとした。
だけど私も限界らしい。
お兄ちゃんと同じく足に力が入らなかった。
「お兄ちゃん、もう一度お兄ちゃんの顔が見れてよかった、嬉しかった。大好き。守れなくて、ごめんなさい」
「メルフィ…、俺に、記憶はないけど、それでもやっぱりメルフィはメルフィで、今とか昔とか関係なんかない!俺にとってはいつまでもずっと大事な妹だから、だから…」
その言葉に彼女は嬉しそうに微笑む。
小さな塊がその曖昧な輪郭から零れ落ちてるように見えるのは、私がそう思い込んでいるだけだろうか?
彼女の願いはお兄ちゃんを救うこと。
この世界の脅威は誰よりもガルイムだった。
姫の卑劣さはずっと変わらないけれど、勇者を殺すような力は姫にはない。
「メルフィありがとう」
声を出したくても、嗚咽しか漏れない。
私は貴女のことも含めて助けたかった。
一緒に生きる選択はないの?
私の中にこれからも居続けたら、貴女はもっと笑えるようになるんじゃないのか。
「同じだけど違う存在の私のために怒ってくれて、憎んでくれて本当に嬉しかったの。だけど、完全に堕ちてしまった私はもう聖女には戻れない」
「っ、でもっ、貴女はなにも悪くない!全部あの人たちが悪いのに、なんで貴女がそこまでしなきゃいけないの、そんな目に合わなきゃいけないの!」
ようやく絞り出した声は少し掠れていた。
大好きなお兄ちゃんを殺されて、大好きだった姫様に裏切られて、好意を抱いていた男は最低で。
お兄ちゃんも私も望んで聖女や勇者に生まれたわけじゃ無いのに、ただそれだけで利用された。
「ねぇメルフィ。貴女はちゃんと聖女よ、だって周りを見て?」
霧で出来た感触のない彼女の手に頬を包まれて、涙が掬い取られた。
言われて周りに目を向ければ、そこにはディガーやリーシャ、フェリックス、シルディア、フェルの姿が見える。
他の魔族たちや人間たちもちらほら見えた。
「私の世界じゃ死んでしまった人たち。貴女が救ったんだよ」
彼女の顔が近づいてきてコツンと額を合わせた時、私の中にあった何かが完全に無くなった。
「一つだけ、最期に手伝って欲しいの」
「なんでも、言って…」
「あの男は私が持っていくから、あの人の方は貴女に任せたい。あの人はこちらでもやりすぎてるから、こちらの人たちで裁いてほしいの」
「いいの?私を、貴女を騙して利用してたのに」
「貴女だって殺されちゃったじゃない」
ふふ、と彼女は笑って私たちの元を去っていく。
振り返った彼女は少しだけ清々しい顔をしているような気がして、それだけが救いだった。
眩いばかりの輝きがガルイムと彼女を包んで、私はただ泣くことしか出来ない。
もう1つの人影が、全速力で光に入り込んだことは後から知ったのだった。
彼女の復讐は始まったばかり




