狂いだした歯車
「まずは今の状況だが、お前が死にかけたことに気づいて慌てて助けに行った。心臓を破壊されて、呼吸も止まっていたメルフィを治癒するのは、なかなか骨の折れる作業だったよ」
その状態は最早死んでいるのでは?
だが、やはり色々夢ではないらしいという確信が持てた。
あの女が既に最悪なことも、兵長に私と共に4人の兵士を殺させたことも、お兄ちゃんは連れていかれたんだろうということも全部。
あとは……それで終わりか。
「どうやってそれ、回復させたんですか」
「治癒魔法じゃ無理だと判断したのでな、ほんの数分だけ限定的に時間を戻して、そこから治癒魔法をかけたんだ」
「限定的に…」
過去の世界で私は治癒術士をしていた。
死んで間もなければギリギリ蘇生できることはあるが、かなり厳しいことを知っている。
シルディアは私よりその猶予が長く、死んでから数分くらいなら治癒できていた。
だとしてもその時間の猶予はとてもシビアで、よく助かったものだと驚くしかない。
「メルフィよ、1つ教えよう。俺は魔王ではあるが、魔王という種族は存在しないんだ」
魔王の意図が分からず私は首を傾げる。
魔王は役職であって種族名じゃないと言うのは分かるけれど、だからなんだと言うのだろうか?
今、私たちは決戦の間と呼ばれる玉座のある部屋。
その真後ろに、こじんまりと用意された部屋の中にいる。
「俺の種族は吸血鬼。赤目が特徴の魔力量の多さを誇る一族だ」
使用人が使うような小さなテーブルを挟んで向かいに座って、魔王手ずから用意された紅茶へ口をつける。
艶のある黒い髪は紫色の小さなリボンでまとめられ、過去の『魔王様』との印象の差がすごい。
今はただの好青年にしか見えないのだから。
「そう、なんですね」
確かに赤い目といえば吸血鬼というイメージがある。
同じように翡翠の目はフェンリル。
黄金の目はワータイガーだったか。
半魚人やサキュバスなんかは目の色より、見た目で分かりやすいらしい。
サキュバスは体のどこかに必ずそれらしい模様があったり、半魚人は鱗があったり。
「つまりな?俺は吸血鬼なんだが、吸血鬼には特徴的な能力がなくてな、えーと…皆バラバラで、俺個人の力は『対象に流れる時間干渉』なんだ…分かるかな」
「つまり貴方は、過去の世界で私と貴方に流れていた時間を戻した。今回は、私の止まりかけた時間を戻し、そこから治癒魔法をかけて助けてくださった。ということですね?」
時に逆らえる能力を持っているなんて、なかなかどうしようもなく強敵じゃないか。
前回の世界で私たちが損害無く倒せたのは、魔王本人が戦う意思がなかったからなのだと、改めて自覚する。
それなりに苦労はしたけれど、言われてみれば防げない魔法を放たれた覚えはないし、あんな形じゃなければお兄ちゃんが死ぬこともなかった。
「それでなんだが…、その、メルフィを助けたことに後悔はない。俺の望みを叶えるために、お前に協力してここまで戻ってきたわけだしな」
魔王は視線を逸らして言いづらそうに、言葉尻が小さくなっていく。
「その、な、魔力量を誇る吸血鬼として有るまじき事だが、世界を巻き戻した挙句、死にかけの命を巻き戻して、ご自慢の魔力が、すっからかんなんだ…」
両手で顔を覆い、恥ずかしそうに身をよじる魔王。
魔族の特徴である尖った耳の先まで赤い。
あ、え?んん?
ちょっと待って、ついていけてない。
話の途中かと思っていたら、魔力が少ないという報告で終わりだった。
飲みかけの紅茶を机に置いて、魔王に声をかける。
「あの、ちょ、そんなに恥ずかしいことなんですか?人間の私には魔力の枯渇は死活問題ではありますけど、そんな赤面するようなことじゃ…」
「恥ずかしいことでもあるし、何より魔王としての威厳がなくなる。大問題だ」
私の知ってる『魔王様』は玉座の上でどっしりとかまえ、勇者と魔法使いの攻撃を容易く避けていた強敵だった。
だというのに、目の前で椅子に座って赤面しながら縮こまった魔王を見て、今なら私ひとりで倒せそうとさえ思ってしまう。
恩人だからそんなことしないけれど。
「前回は力でねじ伏せてた荒くれ者共が、人間に対して横暴になるかもしれん」
「え!?それはダメじゃないですか!」
「だから大問題だって言っているだろう」
よく良く考えてみると前回の世界では、魔族は人間に対してそこまで大きな被害を出していなかった。
魔王を討伐することが使命で、そうすることによって世界は救われる。
半ば洗脳されていた私たちは何も疑問に思わなかったけれど、世界を滅ぼすような被害をそもそも魔族は出していなかったのだ。
その理由が目の前のコレなら納得しないこともない。
「人間に無駄に手を出してはいけない、とそれぞれの種族のリーダーに言い聞かせていた。反発するものや背いたものに対する処罰は、そのリーダーに任せて」
何故人間如きに媚びへつらうのか、と反発する者も多かっただろう。
それぞれのリーダーも不満はありつつも、王の言うことならばと飲み込んでいた。
背いたものに対する処罰をリーダーに委託したのは、リーダーを信頼しているという意思表明と、殆どの魔族が思っていることを口にした者を庇うことが出来るからだろう。
魔王の命令は絶対だが、反発する気持ちもわからなく無い。
だからこそリーダーがどんなに軽い処罰で裁いても、処罰は処罰ということでお咎めなしとしたのだろう。
「魔力が回復するのには、どれくらいかかりそうなんですか?」
魔王が魔族に侮られて人間に被害が及ぶのは、私の目的の障害になりそうなので好ましくない。
人間側に討伐する理由を与えることになるし、なによりお兄ちゃんがより一層傷つく。
「分からないが、あの者たちを黙らせるほど回復するには百年ほどかかるやもしれん。今のままならば…」
「今の、ままなら?」
魔王の深紅の瞳、その中の猫のように細い瞳孔がさらに細められた。
急な悪寒が背筋を駆けて、私は1歩後ずさる。
「あぁそうだ。今のままならば、だ」
次回 流血注意!




