裏切り者
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私はまたあの真っ暗な世界にいた。
正確には黒い世界なんだろうか?
自分の姿がはっきり見えるということは、暗い訳じゃないのだろうし。
「ごめんなさい」
私の呟きは黒い世界へ静かに吸収された。
私は目の前にいる前世の私を眺めて思う。
私は貴女の記憶を引き継いで、自分がそうなのだと疑いもしなかった。
「私も貴女もメルフィだけど、私たちは一緒じゃない。その事に気づけないなんて私も馬鹿ね」
今、目の前の彼女は深い眠りにつかされている。
右半身は暗闇に呑まれかけていて、目を覚ますかどうかも分からない。
私はこれからどうするべきなのだろう。
いずれ身体を彼女に返す日がくるのだろうか?
その時、私は素直に返せるだろうか?
……嫌だ。
「なんて、浅ましい…」
嫌だ嫌だいやだ。
私だってお兄ちゃんが大切で大好き。
でも私はお兄ちゃんだけじゃない。
フェルもシルディアもディガーも大好きだ。
リーシャとフェリックスとはもっと話たいと思うし、他の魔族たちとも仲良くなれるかもしれない。
学校の子どもたちはみんな可愛らしいし、ドワーフたちやドルシェン校長にも感謝し足りないのだ。
「どうして貴女は私を作ったの?」
お兄ちゃんを殺したあの2人への殺意だけならば、きっとこんな回りくどいことをしなかった。
もっと早く姫を殺すこともしていただろう。
5年も魔族側で下積みをすることなんてなかった。
私の中にもかつての記憶があるから、あの2人への殺意はもちろんある。
だけどそれを本当に経験した貴女には敵わない。
「私がいなければ、私の想いが一瞬でも貴女に勝たなければ、ガルイムを殺すことが出来たのに」
あの瞬間、シルディアを見捨てることが出来れば彼女はガルイムに勝てていただろう。
だけど私は見捨てられなかった。
彼女に取り返された身体を乗っ取り返して、私はシルディアを助ける選択をしてしまったのだ。
そしてこのザマである。
「…」
じわっと涙が浮かんでくる。
泣いている場合でも、泣く資格も私にはない。
それにシルディアを選んだことを後悔はしていないのだから、泣く必要もないだろう。
あの時シルディアを見殺しにしていた方が一生後悔するところだった。
「?」
突然くらっとした感覚に襲われる。
真っ黒の世界から意識が遠のいて、私は無意識に彼女に向けて手を伸ばした。
もちろんその手が届くはずもなく、視界が真っ白に染まったあと私はゆっくりと瞼を開ける。
目に飛び込んできたのは真っ白なシーツ。
上を見上げれば石の天井。
ギシッと僅かな軋みを鳴らして身体を起こせば、私は大きなベッドが1つある牢屋の中に入っていた。
「悪趣味な…」
ベッドの柔らかさから、それが高級品であることが分かる。
けれど部屋は狭く、目の前には鉄格子。
そして両手にはいくつもの石を繋げて作られたブレスレットがしてあった。
決して可愛らしい装飾などではなく、感じる魔力からそれがブレスレットの形をした手枷なのだと分かる。
「お目覚めになられたのですね」
カタンと鉄格子の向こう側で音がした。
聞こえたのは女性の声。
コツコツと足音が近づいてきて、私は目を凝らす。
どこかで聞いたことのある声だと思った。
それもとても身近に。
「ご主人様はご多忙ですので、しばらくは顔を見せられないとのことです」
「なん、で…、どうして、貴女がここにいるの、ルルフ!?」
「ご主人様のご命令です」
私が考案した給仕服、ずっと触りたいと思っていた黒い猫耳。
紛れもない彼女は私のお城の侍女長ルルフだった。
裏切ったの?
いや、ご主人様と言っている。
初めから敵側のスパイだった?
だとしても、なんで、どうして。
「混乱されているようなので簡潔に説明致しますと、私は親交世代に人間の土地で生まれた魔族なのです。ご主人様には奴隷として売られているところを助けて頂きました」
親交世代、シュミール王国の一代前の国王の時代。
エミキュール姫のお爺様が国王だった頃のことを指す言葉である。
たったの20年しか国王でいられなかった、歴史では愚王だと記されている可哀想な王様。
彼が行った政策は、暗黒の地との同盟を結ぶこと。
その時代は人間も魔族も関係なくそれぞれの国を行き来していたらしい。
「ご主人、というのは…」
「無論、ガルイム様でございます」
ペコッと頭を下げるルルフは、今までとあまりにも何も変わらない。
彼女はラスティの命令で私に仕えたはずだった。
その素性は詳しくは知らない。
ラスティが紹介してくれたから大丈夫だと思っていたのだ。
「ガルイム様より命じられたのは、まずは魔王様の信頼を得ることでした。そうして最終的には貴女の世話係になること」
「何故?」
「こうして貴女のお世話をする際に的確に動けるようにしたかったそうです。お目覚めになられたようなので、こちらをお持ちしました」
そう言って彼女は1度下がって、トレーに温かいお粥の入った器を持ってきた。
それは私の地元に伝わっている薬草の入ったお粥。
その独特の風味を苦手とする人も多い中、私はそれが大好きたった。
その話をルルフにしたこともある。
「…騙していたの?」
「黙っていただけです。いえ、聞かれても答えてはいなかったでしょうから、騙していたことになりますね」
くす、と静かに笑う彼女に僅かな怒りを覚える。
笑えるような状況じゃない。
「ルルフは、あの男に利用されているだけよ」
「はい、それで構いませんよ。ご主人様には私を助け、生きる意味を与えてもらいましたから。救って頂いた時に私はこの方のために生きて、この方のために死のうと心に決めたのです」
私はルルフの顔を見てゾッとした。
あぁ分かる。
分かってしまうのだ。
ルルフは前世の私と同じなのだ、と。
「そんなの、奴隷と、何も変わらないじゃない」
「ふふ、どうぞ。メルフィ様」
クスクスと笑ってルルフがお粥を勧めてくる。
美味しそうな匂いが鼻腔をついて、私は自分がどれだけ空腹に晒されているのかを思い知った。
「あぁ毒の心配わなされているのなら、毒味して差し上げましょうか?」
そうして1口パクリと食べて、微笑んで見せる。
新しいスプーンを持ってきてくれ、再び口元へと運ばれた。
私はスプーンとお粥を奪うようにして取り、口に含めば懐かしい味が拡がる。
ルルフがガルイムを慕っていて、私に嫉妬して毒を盛ってくれるならそれでも良かった。
それはそれでガルイムの想像通りにならずに面白い結果になっただろう。
「それだけ食欲があるのなら、明日からは普通のご飯用意してもよさそうですね」
ルルフは嫉妬なんてしない。
ガルイムの幸せこそ、ルルフの幸せなのだ。
決してガルイムの幸せの妨げにはならないだろう。
かつての私が、姫様とガルイムの結婚を知っても何もしなかったように。
「またあとで伺いますね」
食べ終わった食器を持って出ていく。
鉄格子につけられた扉は、鍵などをかけている様子はない。
自分の腕を見下ろして、鍵がなくても逃げられないのだと悟った。
鉄格子に触れるか、鉄格子を潜ればこのブレスレットに込められた魔法が発動する仕組みなんだろう。
「お兄ちゃん…」
5年ぶりだったのに会話することさえ出来なかった最悪の再会。
私はお兄ちゃんを守りきれなかった。
その結果があれだ。
グッと拳を握り、悔しさに唇を切れるほど噛み締める。
頼ってばかりでごめんなさい。
迷惑をかけてごめんなさい。
でも、ごめんなさい、助けて…。
「ラスティ…」




